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「兄さま、兄さま、妾は、ずっと兄さまのことをお慕いしております」

まだ、幼さが残る女の子が、頬を染めて兄と呼ぶ男性の後ろをついて行く。

兄は、そっと手を後ろに差し出すと、女の子は嬉しそうにその手を握りしめた。

兄の側には、真っ黒な毛並みで長い二本の尾を揺らす猫が、二人を優しく見守っていた。

女の子は、時を追うごとに美しく成長して行く。そして、同時に兄への恋心が育っていった。

時は巡る。兄と妹は、男と女へ関係が変わる。

兄の胸元へ美しく成長した妹は、飛び込み、兄もまた妹をその腕で抱き締めた。

「逢魔…我らは、夫婦の契りを交わした。父は、スセリビメを自身の嫁にと考えていたようじゃ。故に、我との諍いが始まる」

「オイラが、二人が無事『オモテ』に出られるまで、ここを守るにゃ」

また、時が巡る。逢魔は、血を流し、軍神の前に立ち塞がる。軍神は、人形を散らし、幾千もの兵を逢魔へ差し向ける。

「スサノオ!オイラは、絶対にここを守るにゃ!」

「小童が、舐めるな!」

逢魔は、どんなに不利になっても諦めなかった。●●●との約束を守るため、戦い続けた。

再び時が巡る。戦い続けた逢魔は、意識が無くなっても、立ち上がって行く。スサノオが大きく棍棒を振りかぶり、逢魔を叩きつけるが、ムクリと立ち上がった。

「父上!もうやめて!」

逢魔に覆い被さり、スセリビメがスサノオの殴打を浴びた。

ぐちゃりと一撃で肉塊となったスセリビメ。●●●が泣き叫び、肉塊を抱きしめた。その姿を見て、逢魔は涙を流し、その場に倒れた。


白洲に白装束を着て、正座する●●●。
スサノオは、息子である●●●へ沙汰を言い渡す。

「我の名前と引き換えに、スセリビメは復活できると申すか?……ならば、我は受け入れるしかあるまい」

兄は、名を失った。スサノオは、懐から、招き猫のような面を差し出すと、兄は、黙ってその面を被った。その面は、佐久夜がよく知る面であった。

「父上、最後に頼みがある。逢魔も我に踊らされただけじゃ、ご慈悲を……」

名を剥奪された兄は、ゆっくりと首を垂れ、スサノオに慈悲をこう。

スサノオは、頷くと膝に手をかけ、立ち上がった。側に置いていた大きな鉈を持ち、横たわる逢魔の傍へ立った。

むずりと尻尾を掴むと鉈を振りかぶる。そして、もう一本の尻尾も掴み、鉈を振りかぶった。

「名を剥奪されても、後はお前の力で助けられるはずだ。ただし、逢魔も名を無とさせてもらうぞ」

「わかった」

面をつけた兄は、逢魔へ覆い被さり、己の力を注いでいく。逢魔の傷が癒えていくのと同じように、兄の体が小さくなっていった。荒い呼吸が、ゆっくりと胸を上下するようになっていく。

逢魔は、名を消されて、記憶を封じられた。そして、兄は大きな岩に封印され『ウラ』から追放された。

スサノオは、肉塊となったスセリビメに力を注いでいく。スサノオの力によって、スセリビメの組織が修復していき、元の姿に戻った。

スサノオは、喜び、娘を抱きしめた。

「父上……妾は、何かありましたか?逢魔?逢魔は、どこ?」

「ひいよ、何もない。ワシと共に暮らすが良いぞ」

スセリビメは、父の胸に顔を埋め、瞳から涙を流した。

スサノオは、切断した逢魔の尻尾で腕輪を作り、スセリビメの両腕に嵌めた。





「……や、……くや、佐久夜!!」

「………京平?あれは……夢か?」

佐久夜は、頭を振りながら眠気を飛ばす。手には、浅葱から貰った鏡を握っていた。長い、長い、断片的な記憶のような夢。

「もう、脅かすなよ。その鏡をじっと見ていたら、突然倒れるんだもんな。ほら、お茶でも飲みなよ」

湯呑みを受け取った佐久夜は、じっと考え込む。そして、朧をじっと見つめた。





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