上 下
52 / 95

52 スセリビメの社

しおりを挟む
「ん?牛車の揺れが止まった。着いたのか?」

牛車の中は、扉が閉められ窓もない。提灯に明かりが灯されているため、車内は明るいが、閉鎖的な空間だった。

「そうかもにゃ。今、御者台から誰かが降りた音が聞こえたにゃ」

耳を前後左右に向けて、朧が答えると同時に、ガラリと牛車の扉が開けられた。

「お客人、どうぞこちらへ」

「あ、はい」

佐久夜は、朧を床に下ろした。朧は、身体をぶるぶるっと身震いさせた後、前脚と後脚を左右交互に伸びをすると、スタスタっと牛車から飛び降りた。浅葱、京平がその後に続いた。

「佐久夜兄ちゃん、行こう」

朱丸が、佐久夜の肩に乗ると、佐久夜も頷いて、牛車の中から足を踏み出した。

「うわぁ」

満開の桜、花びらがちらちらと舞い降りる。白い砂利が敷き詰められ、佐久夜たちの知る神社とは異なる朱と黒が真逆の鳥居の奥に、螺鈿が施された黒が基調の社が目の前にあった。

「佐久夜兄ちゃん、ウチのボロボロ神社と全く違うのは、『ウラ』の神社だからか?」

「いや、それは違うと思う」

朱丸は、真逆の意味から『オモテ』が、廃神社で『ウラ』が綺麗な神社と考えた。

「朱丸と朧のお陰で、ウチもだいぶ見た目良くなっただろう?」

「いや、佐久夜…風呂がない時点で、アウトだから」

京平は、行水させられた事を思い出して、笑いながら佐久夜にツッコミを入れた。

「ウホン!お客人、そろそろよろしいですか?」

腕を組みながら鴉天狗が、イラついた声で催促をしてきた。

「あ、すみません。余りにも社が美しかったもので…」

「う、美しい!!そうでしたか。そうでしょうとも!我が社は、我ら鴉天狗が、お使えしているほどの社です。お客人、お目が高い!」

鴉天狗は、すっかり機嫌を直し、饒舌に社の素晴らしさを語りながら、佐久夜たちを境内へ招き入れた。

境内の奥には、和室の客間があり、鴉天狗から、そこで待つように指示された。

「うにゃ…、異常はないにゃ」

朧は、真っ先に和室の前で、キョロキョロと四方を見回した後、警戒を解いて入室して行く。

「神の領域でございますから、大丈夫でしょ」

浅葱も遠慮なく入室して行く。朱丸、そして佐久夜と京平も和室に入ると、鴉天狗は、入り口に正座し、頭を下げた。

「ようこそ、お客人。ゆっくりお寛ぎくだされ。そこにある茶や菓子は、自由にお召し上がりくだされ」

再び頭を下げると、鴉天狗は立ち上がり、和室を退出して行った。

襖が完全に閉まると、浅葱は、急須にお湯を注ぎ、湯飲みに茶を淹れていく。佐久夜と京平は、座卓の側に置いてあった座布団に座った。

「お茶をどうぞ」

浅葱からそっと差し出された湯飲みを前に、少し体を硬直させた。

「飲んでも大丈夫にゃ。菓子も食べて大丈夫にゃ」

既に、座布団の上に座り、毛繕いを始めていた朧、朱丸を見ると座卓の上に置いてあった茶菓子を頬張っていた。

「ゴメンね、浅葱。ありがとう」

佐久夜と京平も、湯呑みを手にすると、コクリと一口。ほっと一息、そして二人見つめ合い笑った。

「お二人とも、面も外されても、問題ございませんぞ」

浅葱の言葉を聞き、朧を見ると、コクンと頷かれ、それを合図に二人は、面を外した。

この『ウラ』に来て、気を抜くことができた瞬間だった。



しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

あの日咲かせた緋色の花は

キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:2

1人の男と魔女3人

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:78pt お気に入り:1

夢から覚めない、永遠に

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

不撓不屈

現代文学 / 連載中 24h.ポイント:198pt お気に入り:1

大人しくて控えめの彼女なのに全然違った!!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:8

虹の端っこには行けないんだよ

児童書・童話 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:2

ハンドミラー&ローズヒップ・エッセイ集

エッセイ・ノンフィクション / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

クラス1凶暴なギャルが、ボクにだけ優しい。

青春 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:8

転生した魔術師令嬢、第二王子の婚約者になる

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,178pt お気に入り:2,321

不治の病で部屋から出たことがない僕は、回復術師を極めて自由に生きる

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:71pt お気に入り:3,849

処理中です...