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54 昔日

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たった一人神社に残る神さまは、暗闇の中、床板の上で正座をしていた。

「すまぬのう……ひい」

ポツリ呟き、夜空を見上げ月を見る。名を失い、語ることを許されない神。ただ、今は皆が無事戻って来ることだけを願い祈り続けていた。


「佐久夜…大丈夫か?」

「あぁ、悪い」

(あれは、なんだったんだろう?断片的な誰かの記憶?)

佐久夜は、浅葱に貰った鏡を覗き見るも、先程のように急激に意識を持っていかれる様子はなかった。

(朧は、普通に毛繕いをしてる。だけど、あれは朧の逢魔だった時の記憶なのか?)

じっと見る佐久夜の視線に気がついた朧は、首をコテンと傾げる。

「どうしたにゃ?」

「いや、別に……」

佐久夜は、視線をもとに戻し、再び鏡を覗き込んだ。

「そんなに気に入ってもらえるなんて、嬉しい限りでございます」

「あ……いや…うん。浅葱ありがとうな」

襖がスッと開き、鴉天狗が再び部屋に入ってきた。お辞儀をして、顔を上げると佐久夜の持っている鏡に視線を移した。

「おや?お客人、それは、昔日鏡せきじつきょうですな。なかなか珍しい物をお持ちで」

「せきじつきょう?」

「はい、名前の通り、昔日。過去を覗き見る鏡ですぞ。過去を稀に見ることができる鏡ですな」

鴉天狗の目が細くなった気がした。

「へぇ、そうなんだ。あはは、恥ずかしい過去とか、思い出したくない黒歴史とか見たら嫌だなぁ」

後頭部を掻きながら、鴉天狗の言葉を濁した。

「そうですか、ならばウチで処分しておきましょう。代わりに、それよりももっと良い鏡を用意させていただきますぞ」

「いや、其れは俺が買った!?」

佐久夜は、抗議する浅葱を腕を出して制した。

「是非、お願いします」

「さ、佐久夜さま?」

佐久夜は、鴉天狗に鏡を渡した。鴉天狗は、先程の表情とは変わり、にっこりと微笑んで見せた。

「しかと。お客人が喜ぶ物を用意して見せましょう。それでは、ひいさまの準備が整いました故、案内いたしましょうぞ」

佐久夜たちは、立ち上がり鴉天狗の後に続いた。佐久夜は、浅葱の袖を引き、列最後尾に連れていった。

「浅葱、悪いな。訳はまた話す」

「佐久夜さま、判断にお任せするでございます」

浅葱も短い間ではあるが、佐久夜が無闇に好意を蔑ろにする人物ではない事をわかっていた。

「勿体無い!スセリビメちゃんの過去が見れたかもしれないのに」

京平は、残念そうに後頭部で手のひらを組んで、ボヤいた。

(それが、されたくないんだよ!鴉天狗は!!)

「ほほほ、ご冗談を」

鴉天狗は、全く笑っていない顔で、京平を睨みつけた。



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