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76 思わず逃げ出した

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「京平……?」

借りていた辞書を返す為、京平の教室にやってきた佐久夜は、クラス中の生徒の注目を浴び、思わず口をつぐんだ。

居心地の悪い視線を感じながら、目当ての京平のところまで行くと、後ろの席に座る轟が立ち上がり、佐久夜をひと睨みすると何も言わずに教室から出て行った。

辞書を返し、京平にお礼を伝えるが、どうも居心地の悪い視線が気になる。

「お前、何やらかしたんだ?」

遠巻きではあるが、佐久夜たちの様子をクラス全員が、伺っている。

「青春?」

絶対に違うと思った。

「魚住君、轟君とケンカしそうになったんだよ」

佐久夜たちを迷惑そうに視線を向けていた男子生徒が、眼鏡の中心を押し上げながらポツリと呟いた。

「ケンカ?」

「いや、それはだな、ケンカというか、何も手を出したりしてないぞ。委員長、大げさだぞ」

佐久夜に釈明をする京平を放置し、京平に委員長と呼ばれた生徒を見ると、うっすらと肩の当たりが黒く見えた。どちらかかというと態度も、佐久夜に対して好意的には感じられなかった。

佐久夜は、委員長の黒ずんで見える肩に、ぽんっと手を掛ける。予想通り、黒ずみは佐久夜に吸収される。佐久夜の手に、黒ずみが完全に移動すると、委員長も表情が少し柔らかくなっていった。

「別に、魚住君たちが悪いとは思ってないし、友達想いだなって感心していただけだし」

「京平をそんな風に思ってくれてありがとう」

お礼を言ってにっこり笑うと、委員長は照れ臭そうにそっぽを向いた。

「な、な、佐久夜は、良い奴だろ?」

京平が、クラス中に聞こえるように大きな声で言うと、その声が届いた生徒たちの表情が、朗らかになる。

その瞬間、教室の中を風が吹いて彼方此方に漂っていた黒いモヤを吹き飛ばした。

「木花君、意外と親しみやすい?」
「やだ、良い奴じゃん」
「男の子同士の友情って良いね」
「木花君、かわいい!」

好意的な言葉もちらほら聞こえて来て、佐久夜は、別の意味で居心地が悪くなる。

京平が、佐久夜の肩に腕を回し、嬉しそうに笑った。

「佐久夜、かわいいってさ」

一気に耳まで赤くなり、京平の頭に頭突きをかました。

「照れちゃってる」
「やん、私誤解してたかも?」

くすくすと京平と佐久夜のやりとりを温かい目で見守られていた。

「ごめん、俺、教室に戻る」

居た堪れなくなり、佐久夜は足早に教室を出る。しかし、佐久夜の左手は、先ほどより黒く変色していた。






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