私のバイト

あさき のぞみ

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第4章 仮面

仮面の裏側

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その頃、佐々木こと田沼は次の作戦を考えていた。手の中で泳がせながらもっと大胆にさせるには。
もっと純情なふりをしなければ。
自宅のリビング。革張りのソファに深く腰掛けて、田沼はワイングラスを傾けた。
スマホの画面には、三好かんなのプロフィールが表示されている。
年齢、21歳。大学3年。趣味、古着屋巡り。
相談窓口での記録も添付されていた。
『恋愛経験:あり。前回の交際では相手に合わせすぎて疲弊。現在は恋愛に対して消極的』
『金銭感覚:一般的。ただし、高額報酬に対する罪悪感あり』
『性格:素直、優しい。境界線を引くのが苦手』
田沼は口角を上げた。
「完璧だな」
画面をスクロールする。
今日撮った写真が数枚、アップロードされている。
白いTシャツ。透けたブラのライン。
腕を組んで必死に隠そうとする姿。
「可愛いじゃないか」
呟いて、ワインを一口含んだ。
最初は半信半疑だった。
こんなサービス、本当に成立するのかと。
でも、会社のシステムは完璧だった。
相談窓口という名の情報収集。
契約書という名の洗脳ツール。
そして、段階的な報酬設定。
最初は五万円。次は連絡先の交換。
その次は……
田沼はスマホのメモアプリを開いた。
『三好かんな攻略プラン』
というタイトルの下に、箇条書きが並んでいる。

フェーズ1:信頼関係の構築(完了)
- 穏やかで紳士的な態度
- 適度な距離感
- 相手の選択を尊重する姿勢

フェーズ2:日常への侵入(進行中)
- 連絡先の交換
- 日常的なメッセージのやり取り
- 相談相手としてのポジション確立

フェーズ3:依存関係の形成
- 金銭的依存の強化
- 感情的な繋がりの演出
- 「特別な関係」の示唆

フェーズ4:境界線の破壊
- 身体的接触の導入
- プライベートな空間への誘導
- 契約外の関係への移行

田沼は、フェーズ2の横にチェックマークを入れた。
連絡先の交換。
彼女は迷っている。
迷っているということは、断りきれないということだ。
「もう少し、押してみるか」
スマホで会社にメールを送った。
『三好さんへの次回提案:メッセージ報酬を1通1,500円に増額。ただし、返信は24時間以内という条件で』
送信。
すぐに既読がついた。
会社からの返信。
『承知しました。田沼様のご要望、三好様にお伝えします』
田沼は笑った。
この会社、本当に便利だ。
表向きは「コミュニケーションサポート」。
でも実態は、金で女を買うシステム。
もちろん、違法じゃない。
契約書がある。同意がある。報酬がある。
全部、合法だ。
ただ、倫理的にどうかというだけで。
「倫理なんて、金で買えるんだよ」
田沼は立ち上がり、窓の外を見た。
夜景が広がっている。
この街のどこかに、三好かんながいる。
今頃、悩んでいるんだろう。
連絡先を交換すべきか、断るべきか。
答えは決まっている。
彼女は交換する。
なぜなら、金が必要だから。
そして、断る理由がないから。
田沼はこれまで、五人の女性とこのサービスで関係を持った。
最初の二人は、途中で逃げた。
三人目は、最後までいった。
四人目は、今も継続中。
そして、五人目が三好かんな。
「一番、素材がいいな」
呟いて、ワイングラスを空にした。
スマホが震えた。
会社からのメール。
『三好様より、連絡先交換について相談窓口の予約が入りました。明日22時です』
「予想通り」
田沼はソファに戻り、メモを開いた。
明日の相談窓口で、彼女は何を聞かれるか。
そして、どう答えるか。
会社のマニュアルは知っている。
『クライアント様への好意の有無を確認』
『境界線を維持できるか確認』
『最終的には本人の判断に委ねる』
つまり、背中を押すということだ。
田沼は新しいメモを作った。
『三好かんなへの最初のメッセージ案』

「三好さん、連絡先を教えていただき、ありがとうございます。
無理にとは言いませんが、もし良かったら、たまに他愛ない話ができたら嬉しいです。
今日のラーメン、本当に美味しかったです。三好さんのおかげで、良い時間を過ごせました」

短く。丁寧に。感謝を込めて。
そして、プレッシャーを与えない。
これが、フェーズ2の鉄則だ。
「さて、どこまで行けるかな」
田沼は、スマホの画面を消した。
部屋の明かりを落とし、寝室へ向かう。
ベッドに横になって、天井を見た。
三好かんな。
21歳。大学生。
素直で、優しくて、境界線を引くのが苦手。
「完璧な獲物だ」
目を閉じた。
明日、彼女は連絡先を教える。
そして、次のフェーズが始まる。
田沼は、眠りについた。
その顔には、薄い笑みが浮かんでいた。


翌日、22時。
三好かんなは、パソコンの前に座っていた。
Zoomの画面に、田村さんが映る。
「こんばんは、三好さん」
「こんばんは」
「連絡先交換の件、お悩みなんですね」
「はい……」
かんなは、俯いた。
「三好さん、正直に教えてください。佐々木様のこと、どう思っていますか」
「どう……って」
「好意を持っていますか」
かんなは、しばらく黙っていた。
そして、小さく答えた。
「わかりません」
「わからない?」
「優しい人だと思います。でも、それが好意なのかは……」
田村さんは頷いた。
「では、もう一つ。連絡先を交換して、メッセージのやり取りをすることに、抵抗はありますか」
「抵抗……というより、不安です」
「何が不安ですか」
「境界線が、わからなくなりそうで」
田村さんは優しく微笑んだ。
「三好さん、大丈夫ですよ。境界線は、三好さん自身が引くものです」
「でも……」
「それに、佐々木様からの提案、素晴らしいと思いませんか。メッセージ一通1,500円。24時間以内の返信。これは、三好さんを大切にしている証拠です」
1,500円。
千円から、増えている。
「増えたんですね」
「ええ。佐々木様が、三好さんともっと繋がりたいと思っているからです」
田村さんは続けた。
「三好さん、これはチャンスですよ。月に数万円、安定して稼げるんです。学生にとって、これ以上ない条件じゃないですか」
確かに。
でも、それだけじゃない気がした。
「三好さん、最終的には三好さんが決めることです。でも、私の意見を言わせてもらえば」
田村さんは、画面越しに真剣な目でかんなを見た。
「やってみるべきです」​​​​​​​​​​​​​​​​

「そうですよね」
と私は笑った。
そしてモニターの後ろに干してあった黒いブラと黒いパンツが目に入った。
今日、透けてたやつ。
笑顔が、少し引きつった。
「三好さん?」
田村さんが首を傾げた。
「あ、大丈夫です。じゃあ、連絡先交換します」
「本当にいいんですか。無理はしないでくださいね」
「大丈夫です」
私は、もう一度笑った。
Zoomが終わって、画面を閉じた。
部屋の中、静かだ。
立ち上がって、干してある下着を見た。
黒いブラ。レースの縁取り。
佐々木さんは、気づいていたんだろうか。
白いTシャツから透けて見えていたこれを。
もし気づいていて、何も言わなかったのなら。
それは紳士的だから?
それとも……
頭を振った。
考えすぎだ。
スマホが震えた。
会社からのメールだ。
『三好様のご判断、承知しました。佐々木様に連絡先をお伝えします。なお、メッセージのやり取りは以下のルールでお願いします。
1. 24時間以内に返信すること
2. 1メッセージにつき報酬1,500円
3. 深夜0時以降の返信は不要
4. 個人情報に関わる内容は避けること
5. 不適切な要求があった場合は即座に報告すること
ご不明点があれば、いつでもご相談ください』
ルールがある。
それなら、大丈夫かもしれない。
でも、胸の奥に、もやもやしたものが残っていた。
シャワーを浴びた。
熱い湯が肌を流れていく。
目を閉じると、佐々木さんの顔が浮かんだ。
「三好さんと、もっと話したい」
その言葉。
優しい声。
真剣な目。
全部、本物なんだろうか。
それとも。
私は、頭を洗った。
シャンプーの泡で、考えを流そうとした。
でも、流れなかった。
シャワーを出て、バスタオルで体を拭く。
鏡に映った自分を見た。
濡れた髪。すっぴんの顔。
普通の21歳。
でも、時給一万円の価値がある、三好かんな。
「私、誰?」
小さく呟いた。
鏡の中の自分は、答えなかった。
パジャマを着て、ベッドに入った。
スマホを見ると、また通知が来ていた。
『本日の相談窓口利用料5,000円を振り込みました』
五千円。
そして明日から、メッセージ一通1,500円。
一日一通として、月に四万五千円。
会うのが月一回で五万円。
合わせて、月に約十万円。
普通のバイトなら、百時間働く金額だ。
私は、何時間働いてる?
二時間の食事。
一日数分のメッセージ。
週に、一時間もない。
なのに、十万円。
「おかしいよ」
呟いた。
でも、誰もいない。
スマホが、また震えた。
今度は、知らない番号からのメッセージだった。
『三好さん、佐々木です。連絡先を教えていただき、ありがとうございます。もし良かったら、たまに他愛ない話ができたら嬉しいです。今日のラーメン、本当に美味しかったです。三好さんのおかげで、良い時間を過ごせました』
佐々木さん。
もう、連絡が来た。
私は、スマホを握りしめた。
返信しなきゃ。
24時間以内。
でも、何て返せばいいんだろう。
『こちらこそ、ありがとうございました』
シンプルすぎる?
『楽しかったです。また機会があれば』
距離がある?
『佐々木さんも、喜んでくださって嬉しいです』
丁寧すぎる?
指が、震えていた。
たかがメッセージ。
なのに、こんなに悩んでる。
1,500円のために。
いや、違う。
お金のためだけじゃない。
佐々木さんに、どう思われるかが気になってる。
それが、怖かった。
結局、こう返信した。
『こちらこそ、ありがとうございました。私も楽しかったです。ラーメン、また行きたいですね』
送信。
既読がつくまで、三秒。
そして、すぐに返信が来た。
『ぜひ。次は三好さんの好きな場所に連れて行ってください』
好きな場所。
私の、好きな場所。
ベッドに横になって、天井を見た。
スマホの明かりだけが、部屋を照らしている。
干してある黒い下着が、視界の端に見えた。
私は、目を閉じた。
明日から、どうなるんだろう。
毎日、佐々木さんとメッセージをやり取りする。
それが、仕事。
でも、仕事って何?
答えは、出なかった。
ただ、一つだけわかったことがあった。
私は、もう引き返せない。
そして、それが怖くて、少しだけ、嬉しかった。​​​​​​​​​​​​​​​​
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