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第5章 天気予報
予報が外れた天気予報
しおりを挟む天気は良いはずだった。佐々木さんと会って少しするとポツポツと雨が降り出したと思ったら一気に雨が強くなった。
雨をよける場所なんてなかった。佐々木さんが手を引いた。一瞬契約違反と思いながらも私は何も言えなかった。
「こっちです」
佐々木さんの声が、雨音に混じって聞こえた。
手が、温かい。
大きくて、しっかりしてる。
私の手を、強く握っている。
走った。
ワンピースの裾が、太ももに張り付く。
髪が、顔にかかる。
でも、振り払う余裕がない。
「あそこ」
佐々木さんが指差した先に、小さな東屋があった。
そこまで、まだ五十メートルくらい。
雨が、さらに強くなる。
土砂降りだ。
「急ぎましょう」
佐々木さんが、私の手を引く力を強めた。
私は、ついていくしかなかった。
東屋に着いた時には、全身びしょ濡れだった。
「大丈夫ですか」
佐々木さんが、心配そうに私を見た。
「はい……」
息が、切れている。
佐々木さんも濡れていた。
シャツが肌に張り付いて、体のラインが見える。
私は、視線を逸らした。
「すみません、手、握ってしまって」
佐々木さんが、慌てて手を離した。
その瞬間、寂しさを感じた。
「いえ、大丈夫です」
「契約で、身体的接触は禁止でしたよね」
「緊急事態ですから」
私は、笑おうとした。
でも、うまく笑えなかった。
心臓が、まだ早い。
走ったからだけじゃない。
佐々木さんに、手を握られたから。
「寒くないですか」
「少し……」
本当は、かなり寒かった。
ワンピースが濡れて、肌に張り付いている。
下着まで、濡れてる気がする。
「僕の上着、使ってください」
佐々木さんが、ジャケットを脱ごうとした。
「でも、佐々木さんも濡れてますよね」
「僕は大丈夫です」
「いえ、大丈夫です。すぐ止むかもしれないし」
でも、雨は止む気配がなかった。
むしろ、さらに強くなっている。
「これ、しばらく止まないですね」
佐々木さんが、空を見上げた。
「そうですね……」
私も空を見た。
真っ黒な雲。
当分、晴れそうにない。
「どうしましょう」
佐々木さんが、困ったように笑った。
「せっかく会えたのに」
「本当ですね」
私も笑った。
でも、内心は。
嬉しかった。
こんな状況なのに。
佐々木さんと、二人きり。
この狭い東屋で。
誰もいない。
「三好さん、本当に寒そうですね」
佐々木さんが、また心配そうに私を見た。
「震えてますよ」
「え……」
自分では気づいてなかった。
でも、確かに震えている。
「やっぱり、これ使ってください」
佐々木さんが、ジャケットを私の肩にかけた。
「でも……」
「僕は大丈夫ですから」
ジャケットが、温かい。
佐々木さんの体温が、残っている。
そして、匂い。
石鹸のような、清潔な匂い。
「ありがとうございます」
小さく言った。
佐々木さんは、微笑んだ。
そして、少し距離を置いて座った。
東屋のベンチ。
私たち二人だけ。
雨音だけが、聞こえる。
「天気予報、外れましたね」
佐々木さんが言った。
「本当に」
「でも、これはこれで」
「これはこれで?」
「悪くないかなって」
佐々木さんが、私を見た。
その目が、優しい。
「三好さんと、こうやって話せるなら」
胸が、ドキッとした。
「佐々木さん……」
「あ、ごめんなさい。変なこと言いましたね」
佐々木さんが、慌てて視線を逸らした。
「いえ……」
私も、下を向いた。
頬が、熱い。
寒いはずなのに、顔だけが熱い。
「三好さん、髪、濡れてますね」
「はい」
「風邪、引かないといいんですけど」
佐々木さんが、自分のハンカチを取り出した。
「これ、使ってください」
「でも……」
「いいんです。僕のシャツで拭くわけにもいかないですし」
佐々木さんが、笑った。
私は、ハンカチを受け取った。
髪を拭く。
でも、びしょ濡れだから、あまり意味がない。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
また、沈黙。
でも、気まずい沈黙じゃない。
心地いい。
雨音が、BGMみたいだ。
「三好さん」
「はい」
「今日、会ってくれて、ありがとうございます」
「こちらこそ」
「急に誘って、ごめんなさい」
「いえ……私も、嬉しかったです」
言ってから、しまったと思った。
嬉しかった、なんて。
仕事なのに。
でも、佐々木さんは嬉しそうに微笑んだ。
「本当ですか」
「はい」
もう、隠せなかった。
私は、佐々木さんに会えて嬉しかった。
報酬とか関係なく。
ただ、会いたかった。
「僕も、嬉しいです」
佐々木さんが、少し近づいた。
距離が、縮まる。
三十センチくらい。
近い。
でも、離れたくない。
「三好さん、まだ震えてますね」
「少し……」
「もっと近くに来ませんか。温かいほうがいいでしょう」
「でも……」
「大丈夫です。何もしませんから」
佐々木さんの目が、真剣だった。
私は、少しだけ近づいた。
二十センチ。
肩が、触れそうな距離。
「これで、少しは温かいですか」
「はい」
嘘じゃない。
確かに、温かい。
佐々木さんの体温が、伝わってくる。
心臓の音が、聞こえそうだった。
私のか、佐々木さんのか、わからない。
「三好さん」
「はい」
「僕、本当のこと言ってもいいですか」
本当のこと。
何?
「三好さんのこと、最初に会った時から、気になってました」
気になってた。
その言葉の意味。
「気になるって……」
「好きってことです」
頭が、真っ白になった。
好き。
佐々木さんが、私のことを。
「でも、これは仕事ですよね」
私の声が、震えていた。
「そうです。仕事です」
「なら……」
「でも、僕の気持ちは、本物です」
佐々木さんが、私の目をまっすぐ見た。
「三好さん、僕と……」
その時、雨が止んだ。
急に。
嘘みたいに。
私たちは、お互いを見つめたまま、動けなかった。
佐々木さんの手が、私の頬に触れそうになった。
でも、止まった。
「ごめんなさい」
佐々木さんが、手を引いた。
「契約違反でしたね」
「いえ……」
私は、何も言えなかった。
触れてほしかった。
そう思ってる自分がいた。
「雨、止みましたね」
佐々木さんが、立ち上がった。
「そうですね」
私も立ち上がる。
ジャケットを返そうとしたけど、佐々木さんが首を振った。
「そのまま着ててください。家まで送ります」
「でも……」
「お願いです」
佐々木さんの目が、真剣だった。
私は、頷いた。
公園を出て、駅へ向かった。
並んで歩く。
手は、握らない。
でも、肩が時々触れた。
その度に、ドキッとした。
駅に着いた。
「ここで」
私が言った。
「家まで送りますよ」
「大丈夫です。ここから近いので」
嘘だった。
まだ、三十分くらいかかる。
でも、これ以上一緒にいたら。
私、どうにかなってしまいそうだった。
「そうですか」
佐々木さんは、残念そうに笑った。
「じゃあ、気をつけて」
「はい。ジャケット、洗って返します」
「いいですよ。取っておいてください」
「でも……」
「三好さんに、持っててほしいんです」
その言葉に、胸が締め付けられた。
「わかりました」
「また、連絡します」
「はい」
佐々木さんが、改札に入っていった。
振り返って、手を振った。
私も、手を振り返した。
そして、佐々木さんの姿が見えなくなった。
私は、その場に立ち尽くした。
ジャケットが、まだ温かい。
佐々木さんの匂いが、する。
私は、袖に顔を埋めた。
涙が、出そうになった。
なんで?
嬉しいはずなのに。
好きだって、言われたのに。
なんで、泣きそうなんだろう。
答えは、わかっていた。
これは、仕事だから。
佐々木さんの「好き」は、本物かもしれない。
でも、私たちの関係は、偽物だから。
スマホが震えた。
佐々木さんからのメッセージだった。
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五万円。
私は、笑った。
乾いた笑い。
好きって言われて。
五万円もらう。
これが、私の関係。
スマホを握りしめて、家へ向かった。
ジャケットを着たまま。
佐々木さんの匂いに、包まれながら。
そして気づいた。
私も、佐々木さんのことが。
好きになってる。
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