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美山さんとの出会い
第9話 美山からの提案
しおりを挟む美山理事長の表情が、また変わった。
さっきまでの柔らかい微笑みが消え、ビジネスモードの顔に戻る。
「さて」
彼女は、僕が持っている袋を指差した。
「さっき買ったメイク道具を使いこなすには、練習と教えてくれる人が必要です」
「あ……」
確かに。
ファンデーション、アイシャドウ、マスカラ、リップ――。
店員さんに勧められるまま買ったが、僕には使い方が全くわからない。
「それは、どうするつもりですか?」
美山理事長は、淡々と聞いてきた。
「え、えっと……YouTubeとかで……」
「それで、できると思いますか?」
「……」
黙ってしまった。
正直、自信がない。動画を見ても、実際にやるのとでは全く違うだろう。
美山理事長は、小さく溜息をついた。
「それは当たり前のことです。初心者が独学で女子高生レベルのメイクをマスターするなど、不可能に近い」
「じゃあ……」
「そこでですが」
美山理事長は、スマホを取り出した。
「ある一人の女性、半年前まで商社で働いていた方が、私の会社に来ました」
半年前。商社。
嫌な予感がした。
「その女性にメイクを教えてもらってください」
「どんな方なんですか……?」
「とても優秀な方です。商社では海外営業をしていたそうですが、働き方に疑問を感じて転職されたとか。今は私のアパレル事業で、マーケティングを担当してもらっています」
美山理事長は、スマホの画面を見せた。
社員名簿のようなページ。
そこに、写真と名前が載っている。
「名前は確か……香山花奈です」
心臓が、止まった。
「か、香山……?」
「ええ。香山花奈さん。26歳。元商社勤務。美意識が高く、メイクやファッションにも詳しい。女子高生トレンドにも精通しているので、あなたの指導役には最適かと」
違う。
名字が違う。
花奈の旧姓は……香山だった。
俺と付き合っている時は「花奈」としか呼んでいなかったから、周りには旧姓で通していたのかもしれない。
「斎藤さん? 顔色が悪いですが」
「あ、いえ……大丈夫です」
違う人だ。きっと、同姓同名の別人だ。
そう思いたかった。
「明日、彼女に連絡しておきます。明後日の夕方、アトリエで初めてのメイクレッスンをお願いしましょう」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
思わず声を上げてしまった。
美山理事長が、不思議そうに僕を見る。
「何か問題でも?」
「その、香山さんって……どんな見た目の方なんですか?」
「見た目?」
美山理事長は、またスマホを操作した。
「ああ、これですね。社内報の写真です」
画面を見せられた。
そこに映っていたのは――
花奈だった。
俺の、元カノの。
半年前に別れた、あの花奈が。
「美人でしょう? スタイルも良くて、社内でも人気なんですよ」
美山理事長の声が、遠くに聞こえる。
「明後日、会えるのを楽しみにしていてください。きっと、良い先生になってくれますから」
俺は、何も言えなかった。
花奈。
なんで、よりによって――。
「では、今日はこれで。制服は一週間後に取りに来てください。それまでに、メイクの基礎は身につけておいてくださいね」
美山理事長は、会計を済ませて立ち上がった。
「頑張ってください、斎藤さん。応援していますから」
彼女の背中が、遠ざかっていく。
僕は、椅子に座ったまま動けなかった。
テーブルの上には、黒いカード。
スマホの画面には、花奈の笑顔。
「……なんで」
呟いた声は、カフェの雑音にかき消された。
明後日、花奈に会う。
女子高生になるための、メイクを教えてもらうために。
俺の、元カノに。
最悪のシナリオが、始まろうとしていた。
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