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花奈との再会
第18話 名刺
しおりを挟む花奈は、俺を――いや、私を年下だと思っているようだった。
「初めまして」
そう言って、名刺を差し出してきた。
丁寧な仕草。社会人としての振る舞い。
半年前に見た、あの花奈のままだった。
名刺を受け取る。
『Atelier Miyama
マーケティング部
香山 花奈』
香山。
旧姓だ。
やっぱり、花奈だった。
「あの……」
花奈が、優しく微笑む。
「お名前、聞いてもいい?」
心臓が、跳ねた。
名前。
本名は言えない。
「斎藤みゆき」なんて言ったら、一発でバレる。
咄嗟に――
「みゆきです」
口が勝手に動いた。
「佐伯みゆきです。今日はお願いします」
佐伯。
大学時代の友人の名字だ。
なぜか、それが出てきた。
「佐伯みゆきちゃんね。よろしくね」
花奈は、少し首を傾げた。
「みゆき……」
え?
まずい。
気づいた?
花奈は、ちょっと考えたような顔をした。
数秒の沈黙。
俺の心臓は、バクバクと鳴り続ける。
でも――
花奈は、仕事モードの顔になった。
そして、優しく微笑んだ。
「可愛い名前ね。それじゃあ、みゆきちゃん、座ってください」
「は、はい……」
椅子に座る。
目の前には大きな鏡。
そこに、花奈と私が並んで映っている。
元カレと元カノ。
でも、花奈は何も気づいていない。
「えっとね、今日は基本的なメイクを教えるから。学校につけていけるような、ナチュラルメイクね」
「はい……」
花奈が、私の顔を覗き込む。
近い。
顔が、近い。
半年ぶりに、こんなに近くで花奈を見る。
彼女の香水の匂い。
変わってない。
「きれいな肌だね」
花奈が、私の頬に触れた。
「さすが高校生。うらやましい」
高校生。
ああ、そうか。
花奈は、私のことを現役の女子高生だと思っている。
「あ、ありがとうございます……」
「肌トラブルもないし、メイクのノリが良さそう。じゃあ、早速やっていくね」
花奈は、メイク道具を並べ始めた。
「まず、化粧水と乳液で肌を整えて……」
優しく、丁寧に。
彼女の指が、私の顔に触れる。
「次は下地。これをムラなく塗っていくの」
スポンジで、トントンと叩くように。
「ファンデーションは、薄く薄く。厚塗りすると老けて見えちゃうから」
プロの手つき。
昨日、自分でやったのとは全然違う。
「次はコンシーラー。みゆきちゃん、ほとんど使う必要ないけど、念のためね」
アイシャドウ。
「ブラウン系で、グラデーションを作って……」
アイライナー。
「目尻を、ほんの少しだけ跳ね上げる。これがポイント」
マスカラ。
「まつ毛は、根元からしっかり上げて……」
チーク。
「笑って? そう、その頬骨の高いところに」
リップ。
「最後に、ナチュラルなピンクのリップで完成」
花奈が、一歩下がった。
「はい、できた。鏡見てみて」
鏡を見る。
「……」
そこにいたのは、見知らぬ女の子だった。
自分でやったのとは、大違いだった。
プロの技。
完璧なグラデーション。
自然な陰影。
まるで、本当の女子高生みたいだ。
「どう? 気に入った?」
花奈が、微笑んでいる。
「すごい……綺麗です」
「ふふ、良かった。元が可愛いから、メイクも映えるのよ」
元が可愛い。
俺が?
いや、今は「私」だ。
「じゃあ、次は自分でやってみようか。私が横で見てるから」
「はい……」
メイクを落として、もう一度。
今度は、自分の手で。
花奈が、横で優しく指導してくれる。
「そう、いい感じ。もうちょっと、こう……」
彼女の手が、私の手を導く。
温かい。
半年前まで、こんな風に触れ合っていたのに。
今は、全く別の関係で。
「みゆきちゃん、上手ね。すぐに覚えられそう」
「ありがとうございます……」
二時間後。
何度も練習して、ようやく一人でできるようになった。
「完璧! これなら学校でも自分でできるね」
花奈が、拍手してくれた。
「今日はこれで終わりだけど、何か質問ある?」
質問。
ああ、そうだ。
「あの……ブラジャーって、どうすればいいんですか?」
花奈が、少し驚いた顔をした。
「ブラジャー?」
「はい……胸が小さくて、でも制服着る時につけないと変かなって……」
花奈は、理解したように頷いた。
「ああ、なるほどね。パッド入りのブラか、ヌーブラがいいと思うよ。今度、一緒に買いに行く?」
「え……いいんですか?」
「もちろん。美山さんから、みゆきちゃんのこと色々サポートしてあげてって言われてるから」
花奈は、また微笑んだ。
「困ったことがあったら、いつでも連絡してね。私の連絡先、教えとくから」
スマホを取り出して、LINEのQRコードを見せてくる。
「友達登録して」
俺は――私は、震える手でスマホを取り出した。
花奈のLINE。
半年前に、ブロックされたあのアカウント。
でも、今は別のアカウント。
『佐伯みゆき』として、登録する。
「よし、これで連絡取れるね」
花奈が、私の肩を優しく叩いた。
「頑張ってね、みゆきちゃん」
「……はい」
アトリエを出る時、振り返った。
花奈は、片付けをしながら、何か考えているような顔をしていた。
まさか――
気づいた?
いや、気づくはずがない。
そう思いながら、私は表参道の街へ消えていった。
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