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学校
第20話 朝、
しおりを挟む目が覚めたのは、朝の七時だった。
今日は、制服を受け取る日。
午後二時にアトリエへ。
それまでに、準備をしなければ。
シャワーを浴びて、化粧水と乳液を塗る。
そして――
昨日届いた下着を身につける。
ブラジャー。何度か練習したおかげで、スムーズにつけられるようになった。
ショーツ。
鏡で全身を確認する。
「よし……」
次は、服。
クローゼットには、数日前に買った女性用の服が並んでいる。
今日は、白いブラウスに、デニムのスカート。
ブラウスを着る。
スカートを履く。
鏡を見る。
そこにいるのは、若い女性――
のはずだった。
でも。
「……やばい」
スカートの前の部分が、少し盛り上がっている。
アレだ。
男性器。
女性用のショーツに押し込んではいるけど、完全には隠しきれていない。
「これ、絶対バレるだろ……」
焦る。
どうすればいいんだ。
初めて女性の服を着た時から、違和感はあった。
でも、この問題を、ちゃんと解決しないとまずい。
もし、これで学校に行ったら――
体育の着替えで、バレる。
制服のスカートで、バレる。
反応しても、困る。
「……美山さんに聞くしかない」
スマホを取り出して、メールを打つ。
でも、どう書けばいいんだ。
『男性器をどうすればいいですか?』
なんて、直接的すぎる。
美山理事長は女性だ。
いくら協力的でも、こんなこと聞いたら……。
でも、聞かないわけにはいかない。
あえて、抽象的にした。
件名:(なし)
本文:
『美山理事長
一つ、相談があります。
女性の服を着た時、どうしても目立ってしまう部分があります。
アレは、どうしたら良いですか?
ご指導いただけますと幸いです。
斎藤』
送信。
手が、震えている。
こんなこと、聞いていいのか。
でも、もう送ってしまった。
三分後。
返信が来た。
心臓が、バクバクと鳴る。
メールを開く。
『斎藤様
ご質問ありがとうございます。
こちら、よくあるご相談ですので、ご安心ください。
添付ファイルをご確認ください。
文字のマニュアルと、動画をお送りします。
この方法で、自然に隠すことができます。
美山崇子』
添付ファイルが、二つ。
一つは、PDFファイル。
もう一つは、動画ファイル。
「マニュアル……?」
PDFを開く。
『タッキング(Tucking)の方法』
タイトルが、そう書かれている。
「タッキング……?」
読み進める。
『タッキングとは、男性器を体内に押し込み、女性らしいシルエットを作る技法です。
トランスジェンダーの方々や、女装をされる方々に広く使われています。』
そうか。
こういう技法があるのか。
『必要なもの:
- 女性用ショーツ(小さめのサイズ)
- ガフパンティ(推奨)
- 医療用テープ(必要に応じて)』
『手順:
1. 睾丸を、鼠蹊部の内側にある腔(inguinal canal)に押し込みます。
1. 陰茎を、後方に引っ張り、臀部の間に収めます。
1. 女性用ショーツを履き、しっかりと固定します。
1. ガフパンティがあれば、その上から着用すると、より安定します。』
図解付きで、詳しく説明されている。
「これ……できるのか?」
次に、動画を再生する。
画面には、実演している人が映っている。
顔は映っていない。下半身だけ。
丁寧に、手順を説明しながら、実演している。
「なるほど……こうやるのか」
十分間の動画を、三回繰り返して見た。
「……やってみるか」
風呂場に行く。
鏡の前に立つ。
マニュアルと動画の通りに、やってみる。
最初は、痛い。
「うっ……」
でも、慣れてくる。
睾丸を、押し込む。
陰茎を、後方に。
ショーツを履く。
鏡を見る。
「……フラットだ」
盛り上がりが、ほとんどない。
「すごい……」
もう一度、服を着てみる。
ブラウス。スカート。
鏡で確認する。
完璧だった。
スカートの前の部分に、違和感がない。
「これなら、大丈夫だ」
スマホを取り出して、美山理事長に返信する。
件名:Re:
本文:
『美山理事長
ありがとうございます。
マニュアルと動画、とても参考になりました。
無事、解決できました。
いつも本当にありがとうございます。
斎藤』
送信。
一分後、返信が来た。
『斎藤様
良かったです。
最初は慣れないかもしれませんが、すぐに自然にできるようになります。
それでは、午後2時、アトリエでお待ちしております。
美山崇子』
時計を見る。
午前九時。
あと五時間。
「準備、しないと」
メイクの練習。
髪型のセット。
服装の最終確認。
やることは、たくさんある。
でも――
一番大きな問題は、解決した。
「美山さん、本当にすごいな……」
呟いて、私は準備を始めた。
制服を受け取る、その日に向けて。
窓の外は、晴れていた。
夏の終わりの、青い空。
もうすぐ、九月。
もうすぐ、二学期。
もうすぐ、私は――
女子高生になる。
採寸の翌日。
美山理事長から、呼び出しのメールが来た。
『少し、お話ししたいことがあります。
今日の夕方、アトリエにいらっしゃいませんか?』
午後五時。
アトリエに着くと、美山理事長が紅茶を用意して待っていた。
「お疲れ様です」
「斎藤さん、座ってください」
紅茶を一口飲んで、美山理事長が口を開いた。
「昨日の採寸、どうでしたか?」
「……何とか、乗り切れました」
「そうですか」
美山理事長は、微笑んだ。
「でも、不安そうですね」
「……はい」
俺は、正直に答えた。
「完璧じゃないんです。メイクも、歩き方も、声も」
「……」
「バレないか、いつも不安で」
「斎藤さん」
美山理事長の声が、優しくなった。
「完璧を目指さないでください」
「……え?」
「完璧な女装、完璧な取材、完璧な潜入――そんなものは、ありません」
俺は、美山理事長を見つめた。
「でも……」
「不完全だからこそ、人間らしい。不完全だからこそ、他者と繋がれる」
美山理事長は、窓の外を見た。
「私も、完璧ではありませんでした」
「美山さんが……?」
「ええ。若い頃、ジャーナリストになりたかった。でも、なれなかった」
「……」
「女性というだけで、チャンスがもらえなかった時代でした」
美山理事長は、俺の方を向いた。
「だから、実業家になった。理事長になった」
「それは……成功じゃないですか」
「完璧な人生ではありません。夢は叶わなかったのですから」
美山理事長は、微笑んだ。
「でも、不完全な人生だからこそ、今のあなたを支援できる」
「……」
「完璧なジャーナリストになっていたら、あなたの気持ちは理解できなかったかもしれない」
俺の胸に、何かが染み込んでくる。
「あなたの不完全さが、あなたの強みです」
「不完全さが……強み?」
「ええ。完璧な男性の体格だったら、女装はできなかった」
「……」
「童顔で、小柄で、女の子に間違われる――それは、あなたのコンプレックスだった」
美山理事長は、続けた。
「でも、その不完全な男性性が、今、武器になっている」
「……そうか」
「不完全でいいんです。いえ、不完全だからこそ、いいんです」
俺は、一口紅茶を飲んだ。
温かい。
心が、少し軽くなった。
「ありがとうございます」
「いえ」
美山理事長は、立ち上がった。
「これから、もっと大変なことがあるかもしれません」
「はい」
「でも、完璧を目指さないでください」
「……はい」
「不完全なあなたのままで、前に進んでください」
美山理事長の言葉が、胸に響く。
「それが、一番のあなたらしさですから」
アトリエを出る時、俺は振り返った。
「美山さん」
「はい?」
「俺、不完全なままで、頑張ります」
美山理事長は、優しく微笑んだ。
「ええ。それでいいんです」
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