「俺、女子高生になります

あさき のぞみ

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立ち向かわない勇気

第54話 立ち向かわない勇気

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放課後。

近藤さんと、校舎の裏で落ち合った。

人気のない場所。

誰にも聞かれない場所。

「佐伯さん……どうしよう」

近藤さんは、泣きそうな顔をしていた。

「このまま、放っておいていいの?」

「……」

私は、少し考えてから――

「近藤さん」

「うん……」

「事を荒立てるのは、避けよう」

「え……?」

近藤さんが、驚いた顔をした。

「でも……あの動画、もう何千回も再生されてる」

確かに。

週末から、再生回数はどんどん増えている。

今は、5000回を超えている。

コメントも、100以上。

「わかってる。でも……」

私は、続けた。

「静かにしていることで、こっちが動じてないようにする方が――」

「……」

「それを拡散した人にとっては、痛い」

桜井さんたち。

彼女たちは、何を期待しているのか。

私たちが騒ぐこと。

泣き叫ぶこと。

学校に訴えること。

大事になること。

それを、楽しんでいる。

でも――

もし、私たちが何も反応しなかったら?

もし、何食わぬ顔で学校生活を続けたら?

「相手の思い通りにならない」

私は、近藤さんの目を見た。

「これは、ジャーナリズムの一つなんだ」

「ジャーナリズム……?」

「うん。取材していて、嫌がらせを受けることがある」

「……」

「でも、反応したら負け。相手の思う壺」

私は、ライターとしての経験を思い出していた。

取材先から、圧力を受けたこともある。

記事を書くな、と脅されたこともある。

でも――

騒がない。

淡々と、仕事を続ける。

それが、一番効果的だった。

「静かに、堂々としている」

「でも……」

近藤さんは、まだ不安そうだ。

「みんな、私たちだって気づいてるかもしれない……」

「気づいてるかもしれない。でも、確証はない」

私は、続けた。

「顔も加工されてる。制服も見えない。メイド服も、はっきりとは映ってない」

「……」

「だから、私たちが何も言わなければ――」

「確定しない……?」

「そう」

むしろ、私たちが騒げば騒ぐほど――

『やっぱり、あれは彼女たちなんだ』

そう思われる。

「黙っていよう。何も知らないフリをしよう」

「……できるかな」

「できる。私たちなら」

近藤さんは、少し考えてから――

「わかった……」

小さく頷いた。

「佐伯さんが、そう言うなら」

「ありがとう」

二人で、校門を出た。

-----

その夜。

美山理事長に、報告のメールを送った。

件名:SNSの動画について

本文:
『美山理事長

週末、SNSに動画が投稿されました。

文化祭の準備室で撮影されたものです。

顔や制服は加工されていますが、
見る人が見ればわかるレベルです。

しかし、私は対応しないことにしました。

事を荒立てず、静かにしていることで、
相手の思い通りにさせない。

これが、ジャーナリストとしての戦い方だと思います。

近藤さんにも、同じように話しました。

あと一ヶ月。

このまま、乗り切ります。

斎藤みゆき』

送信。

三十分後。

返信が来た。

『斎藤様

状況、承知しました。

あなたの判断、正しいと思います。

騒がない。動じない。
それが、一番の対抗策です。

ただし、状況が悪化した場合は、
すぐに私に連絡してください。

学校として、SNS会社に削除要請を出すこともできます。

でも、今はあなたの判断を尊重します。

あなたは、もうプロのジャーナリストです。

自分の信じる道を、進んでください。

美山崇子』

「……ありがとうございます」

美山理事長は、いつも私を信頼してくれる。

私の判断を、尊重してくれる。

「大丈夫……乗り越えられる」

窓の外を見る。

夜の街。

静かな住宅街。

あと、一ヶ月。

十二月末まで。

『佐伯みゆき』としての日々。

そして――

『斎藤みゆき』としての戦い。

「立ち向かわない勇気……」

呟いた。

時には、戦わないことが――

一番の戦い方なのかもしれない。

-----

翌日。

学校。

廊下を歩いていると、また視線を感じた。

ヒソヒソと話す声。

「ねえ、あれ……」

「似てるよね……」

「でも、本人かはわかんないし……」

でも、私は――

何食わぬ顔で歩いた。

笑顔で、挨拶をした。

「おはよう」

「あ、おはよう……」

教室に入ると、桜井さんがいた。

「おはよう、みゆきちゃん」

「おはよう、桜井さん」

いつもと同じ。

何も変わらない。

桜井さんの顔が――

一瞬、こわばった。

期待していた反応が、ない。

騒がない。

泣かない。

動じない。

「……」

桜井さんは、何も言わずに自分の席に戻った。

近藤さんと、目が合う。

彼女も、頑張っている。

笑顔を作って。

普段通りに振る舞って。

「大丈夫」

小さく、口パクで言った。

近藤さんも、頷いた。

授業が始まる。

いつもと同じ、月曜日。

でも――

私たちの中では、戦いが続いている。

静かな、見えない戦い。

立ち向かわない勇気を持って。

ジャーナリストとして。

そして、一人の人間として。

あと、一ヶ月。

乗り越えてみせる。​​​​​​​​​​​​​​​​



深夜。

ベッドに横になっているけど、眠れない。

天井を見つめながら、考えていた。

「私の潜入取材は、あと一ヶ月で終わる……」

十二月末。

そうしたら、『佐伯みゆき』は消える。

ライターとしてこの取材で知ったことを書けば、それで終わる。

報酬ももらえる。

実績にもなる。

そして――

『斎藤みゆき』として、元の生活に戻る。

でも。

「近藤さんは……?」

彼女は、残される。

聖ヶ丘女子学園に。

二年A組に。

桜井さんたちと、同じクラスで。

あの動画を知っている人たちと、一緒に。

「……」

ずっと、好奇な目で見られて。

残りの高校生活を送ることになる。

三年生になっても。

卒業するまで。

「私は逃げられるけど……近藤さんは」

逃げられない。

私だけが、この状況から抜け出せる。

近藤さんは、残される。

「それって……自分勝手じゃないのか」

呟いた。

私が潜入したせいで。

私がメイドさん役を引き受けたせいで。

近藤さんも、巻き込まれた。

一緒に、あのカメラに映った。

一緒に、動画を拡散された。

でも――

私だけが、逃げられる。

「何か……」

起き上がる。

「何か、良い方法はないのか」

やり返すわけでもなく。

桜井さんたちに、復讐するわけでもなく。

私の制服を切り刻まれたことや、今回の動画のことに対しては――

どうでもいいわけじゃないが。

それよりも。

「近藤さんのことを、第一に考えたら……」

どうすべきか。

何ができるか。

「……」

スマホを手に取る。

時計を見る。午前二時。

でも、考えるのをやめられない。

近藤さん。

優しくて、真面目で、いい人。

彼女を、このまま放っておけない。

「専門家……?」

そうだ。

カウンセラー。

心のケアをしてくれる、専門家。

近藤さんには、サポートが必要だ。

これから先も、学校生活を続けるために。

「美山さんに、相談しよう」

メールを開く。

件名:近藤さんへの支援について

本文:
『美山理事長

深夜に申し訳ございません。

私の取材は、あと一ヶ月で終わります。

しかし、一緒にメイドさん役をした近藤さんは、
その後も学校に残ります。

動画の件で、彼女は今後も好奇の目で見られる可能性があります。

私は逃げられますが、彼女は逃げられません。

そこで、提案があります。

専門のカウンセラーを、クラスに派遣していただけないでしょうか。

表向きは「文化祭後のメンタルケア」という名目で。

近藤さんに対して、継続的に支援してもらえるように。

私の制服や動画のことは、もう気にしていません。

でも、近藤さんのことだけは――

何とか、守りたいです。

お力を貸していただけないでしょうか。

斎藤みゆき』

書き終えて、読み返す。

「これでいい……」

送信ボタンを押す。

深夜だから、返信はすぐには来ないだろう。

でも――

五分後。

返信が来た。

『斎藤様

深夜にも関わらず、メールありがとうございます。

あなたの提案、素晴らしいと思います。

近藤さんのことを考える、その優しさ。
それが、真のジャーナリストの姿勢です。

明日、すぐに手配します。

学校カウンセラーを、週に一度派遣する形で。
表向きは「文化祭後の生徒の心のケア」として。

近藤さんだけでなく、希望する生徒全員が利用できるようにします。

そうすれば、近藤さんが特別視されることもありません。

また、カウンセラーには事情を説明し、
近藤さんを重点的にケアしてもらうよう依頼します。

あなたの優しさが、近藤さんを救うでしょう。

美山崇子

P.S.
あなたは、自分勝手ではありません。
むしろ、誰よりも他人を思いやれる人です。

そのことを、忘れないでください。』

「……」

涙が、出そうになった。

美山理事長。

いつも、私を支えてくれる。

私の考えを、理解してくれる。

「ありがとうございます……」

小さく呟いた。

これで、近藤さんを守れる。

少しでも、彼女の支えになれる。

「良かった……」

スマホを置いて、ベッドに戻る。

少し、心が軽くなった。

窓の外は、まだ暗い。

でも、もうすぐ夜明けだ。

「近藤さん……大丈夫だから」

呟いて、目を閉じた。

あと一ヶ月。

私は、『佐伯みゆき』として過ごす。

でも、その間に――

近藤さんのために、できることをする。

それが、私の責任。

そして、私の戦い方。

ようやく、眠りに落ちた。

明日からまた、学校が始まる。

でも、今は――

少しだけ、希望が見えた気がした。​​​​​​​​​​​​​​​​

あの文化祭から、三ヶ月後。

十二月のある水曜日。

保健室に設置されたカウンセリングルーム。

桜井さんは、一人でそこに座っていた。

「初めまして。桜井さんですね」

カウンセラーの女性が、優しく微笑んだ。
「……はい」

「どうぞ、リラックスして。ここで話したことは、誰にも言いません」
「……」

「何か、話したいことはありますか?」


長い沈黙。


そして――

「……私、ひどいことをしました」

桜井さんの声が、震えていた。

「ひどいこと?」

「クラスメイトを、いじめました」

カウンセラーは、何も言わずに聞いていた。

「制服を切り刻んで……盗撮して……SNSで拡散して……」

涙が、溢れてくる。

「でも、止められなかった」

「なぜ、止められなかったんですか?」

「……完璧でいたかったんです」

桜井さんは、顔を上げた。

「え?」

「クラスの中心で、みんなから頼られて、完璧なリーダーでいたかった」

「……」

「でも、佐伯さんが来てから……」

桜井さんの声が、震える。

「みんな、彼女ばかり見るようになった」

「それが、辛かったんですね」

「はい……完璧な自分が、崩れていくのが怖かった」

カウンセラーは、少し間を置いて――

「桜井さん」

「はい」

「完璧な人間なんて、いませんよ」

「……え?」

「完璧なリーダー、完璧な友達、完璧な人間――そんなもの、存在しません」

カウンセラーは、優しく微笑んだ。

「でも……」

「不完全だから、人間なんです」

「不完全だから……」

「ええ。失敗するし、嫉妬するし、間違える」

カウンセラーは、続けた。

「でも、不完全だから、成長できる」

「……」

「不完全だから、他者を理解できる」

桜井さんの目から、涙が溢れた。

「私、完璧になろうとして……間違えた」

「そうですね」

「完璧なリーダーでいなきゃって、思い込んでた」

「でも、今は?」
「……今は」

桜井さんは、涙を拭いた。

「不完全な自分を、認めたいです」

「それが、第一歩です」

カウンセラーは、桜井さんの手を握った。

「あなたの不完全さを、受け入れてください」

「……」

「完璧である必要は、ありません」

「でも、私、ひどいことを……」

「それも、あなたの一部です」

カウンセラーは、真剣な顔で言った。
「過ちを認めて、謝って、償う」
「……」
「それができれば、不完全ながらも、前に進めます」

桜井さんは、大きく泣いた。

初めて、本当に泣いた。

「完璧じゃなくて……いいんですか?」

「いいんです」

カウンセラーは、微笑んだ。

「不完全なあなたのままで、大丈夫」

「……ありがとうございます」

桜井さんは、何度も頷いた。
完璧である必要は、ない。
不完全なままで、いい。
その言葉が、彼女を解放した。
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