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希望
第58話 距離
しおりを挟む一月五日、日曜日。
約束の場所。
六本木のカフェ。
窓際の席で、近藤さんを待っていた。
午後二時。
ドアが開いて――
近藤さんが入ってきた。
「佐伯さん!」
手を振ってくれる。
でも、今日が最後。
最後に、『佐伯さん』と呼ばれる日。
「こっち」
近藤さんが、席に座る。
「久しぶり! 年末年始、どうだった?」
「……うん、色々あった」
「そっか。それで、大事な話って?」
「……」
深呼吸をする。
もう、隠せない。
全てを、話さないといけない。
「近藤さん」
「うん?」
「これから話すこと……驚くと思う」
「え……?」
近藤さんの顔が、不安そうになった。
「でも、最後まで聞いてほしい」
「わ、わかった……」
もう一度、深呼吸。
そして――
「私の本当の名前は、斎藤みゆき」
「……え?」
「佐伯みゆきは、偽名」
近藤さんの目が、大きく見開かれた。
「私は……ライターなんだ」
「ライ……ター?」
「雑誌社で働いている。女子高生の潜入取材をしていた」
「潜入……」
「四ヶ月間、聖ヶ丘女子学園に通って、女子高生のリアルを取材していた」
「……」
近藤さんは、言葉を失っている。
「本当は、28歳」
「に、28……」
「そして……」
一番、言いにくいこと。
でも、言わないといけない。
「私は……男なんだ」
「……!」
近藤さんの顔が、真っ青になった。
「嘘……」
「本当なんだ。ごめん」
「で、でも……だって……」
近藤さんは、混乱している。
「一緒に着替えたし……お風呂も……いや、お風呂は一緒じゃないけど……」
「タッキングっていう技法で、男性器を隠していた」
「……」
「胸も、シリコンパッド」
全てを、話した。
潜入取材のこと。
美山理事長のこと。
近藤編集長のこと。
桜井さんたちのいじめも。
全部。
近藤さんは――
ただ、黙って聞いていた。
涙を流しながら。
「ごめん……本当に、ごめん」
「……」
「近藤さんを、騙していた」
「……」
「でも、近藤さんと友達になれたこと、本当に嬉しかった」
「……」
「カウンセリングも、近藤さんのために手配した」
「……」
「近藤さんには、幸せになってほしいから」
近藤さんは――
俯いて、泣いていた。
「もう、学校には戻らない」
「……」
「だから、これが最後」
「……」
「本当に、ごめん」
沈黙。
長い、長い沈黙。
そして――
近藤さんが、顔を上げた。
涙でぐしゃぐしゃの顔。
でも、笑っていた。
「……誰にも言わない」
「え……?」
「この秘密、誰にも言わない。約束する」
「近藤さん……」
「だって……佐伯さん、いや、斎藤さんは」
近藤さんは、涙を拭いた。
「私を、救ってくれたから」
「……」
「あの時、一人だったら……私、きっと壊れてた」
「近藤さん……」
「でも、斎藤さんが一緒にいてくれた」
近藤さんは、微笑んだ。
「男でも、女でも、関係ない」
「……」
「私の、大切な友達」
涙が、出そうになった。
「ありがとう……」
そして。
近藤さんが――
思いもよらない言葉を、言った。
「みゆきちゃん……いや、斎藤さん」
「うん?」
「あの……」
近藤さんは、少し恥ずかしそうに――
「私が、高校卒業して……大学生になったら……」
「……」
心臓が、バクバクと鳴る。
まさか。
そこから――
続きは、俺が言った。
「近藤さん……いや」
近藤さんの目を、真っ直ぐ見る。
「七海さん」
彼女の下の名前。
近藤七海。
「高校を卒業するまで待てないけど……」
「……」
「高校を卒業したら、付き合ってほしい」
「……!」
七海さんの顔が、真っ赤になった。
「斎藤みゆきとして」
「……」
「男として」
「……」
「俺と、付き合ってくれませんか」
沈黙。
数秒の沈黙。
そして――
七海さんが、小さく頷いた。
「……はい」
涙が、溢れてきた。
「ありがとう……」
二人で、泣いた。
カフェの窓際で。
冬の午後。
周りの人たちは、不思議そうに見ていたかもしれない。
でも、構わなかった。
-----
それから、色んなことを話した。
これからのこと。
七海さんの高校生活のこと。
俺のライターの仕事のこと。
「高校卒業まで、あと一年半」
「うん……長いね」
「でも、待つ」
「……ありがとう」
「それまで、俺はフリーランスのライターとして頑張る」
「応援してる」
「七海さんは、高校生活を楽しんで」
「うん」
「カウンセリングも、続けて」
「わかった」
「そして、卒業したら――」
「デート、しようね」
七海さんが、微笑んだ。
本当の笑顔。
「うん。約束」
二人で、小指を絡める。
約束の指切り。
「げんまん」
一緒に言った。
-----
カフェを出て、別れる時。
「じゃあ、また」
「うん。連絡するね」
「スマホの番号、変わらないから」
「わかった」
七海さんは、立ち去る前に――
もう一度、振り返った。
「斎藤さん」
「うん?」
「私、待ってるから」
「……うん」
「絶対、約束守ってね」
「守る。絶対」
七海さんは、手を振って――
人混みの中に消えていった。
「……」
俺は、その場に立ち尽くしていた。
一年半。
長い時間。
でも、待つ。
七海さんのために。
「頑張ろう……」
呟いて、俺も歩き出した。
新しい人生。
フリーランスのライターとして。
そして――
一年半後、七海さんと付き合う男として。
「距離は、あるけど……」
いつか、縮まる。
そう信じて。
冬の街を、歩いていった。
空は、晴れていた。
新しい年。
新しい未来。
全てが、これから始まる。
-----
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