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沈黙の中の、鳴らないノイズ
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悠人の早口な解説のおかげで、静香の顔色は戻り、雷鳴への恐怖は落ち着いた。豪雨も最盛期を過ぎたようで、窓を叩きつける音はいくらか弱まっていた。
悠人は、話すのをやめると、どっと疲れが出た。過集中で一気にエネルギーを放出した後の、特有の虚脱感だ。
「……よかった。雷、少し遠ざかったみたいですね」悠人はそう言って、テーブルのランプの炎を見つめた。
静香は、ランプの柔らかな光の中で、自分のスマートフォンを手に取った。何か連絡が来ていないか確認しようとしたのだろう。
「あれ……」
静香は首を傾げた。画面を何度かタップするが、反応がない。
「電池、切れちゃったみたい。さっきまで使えてたのに、きっと雷のせいで、バッテリーが急激に消耗したんですね」
静香のスマートフォンは、完璧な沈黙を保っていた。メッセージの通知音も、着信音も、何も鳴らない。
(鳴らない……)
悠人の胸に、再び焦りが広がる。スマホが使えないということは、静香は外の世界と完全に隔絶されたということだ。彼のこの部屋が、外界から隔絶された、唯一の場所になった。彼の焦燥感は、**「俺がなんとかしなければならない」**という強いプレッシャーに変わった。
「すいません、充電器も、電気が通ってないと使えないんで……」
「大丈夫だよ」
静香は優しく言った。そして、大きく、ゆったりとしたあくびを一つこぼした。
「ふぁぁ……なんだか、安心して力が抜けちゃいました。雷に怯えて、ずっと緊張してたみたい」
静香は、ワンピースのまま、ローテーブルに肘をつき、目を擦った。彼女の瞼は重く、その表情は疲労と安堵が混ざり合った、穏やかなものだった。
「私、そろそろ眠くなっちゃいました。本当に。多分、このまま座っていても寝ちゃうかも」
静香の言葉は、悠人にとって最終宣告だった。夜を越す。そして、彼女は眠るつもりだ。
悠人は、衝動的に提案した。
「静香さん、僕のベッド、使ってください。布団は敷いてないけど、シーツは綺麗に洗ってありますから」
彼の部屋は、六畳一間。ベッドと、ローテーブル、そして散らかった本棚とゲーム機材があるだけだ。静香がベッドを使えば、悠人が寝られる場所は、床しかない。
「え、でも、悠人君は?」
「僕は大丈夫です。ここで、寝袋もあるし、床で寝ますから。男だし、慣れてます」
静香は少し遠慮したが、彼の真剣な眼差しに押し切られたのか、「じゃあ、お言葉に甘えて」と頷いた。
静香が奥のベッドルームへ消えると、悠人は、ローテーブルの上のランプの火を少しだけ絞った。部屋は、さらに薄暗くなる。
彼は、自分の寝袋とクッションを引っ張り出し、ベッドから最も離れた壁際に敷いた。
寝れるはずがない。
悠人は、暗い床に横たわり、天井を見上げた。
彼の体は、雷の恐怖を乗り切った疲労で重い。だが、彼の脳は全く違っていた。
静香が、わずか数メートル先の、彼のベッドで眠っている。その事実が、彼の脳内の高速道路を最高速度で走らせていた。
• (静香さんは、今、何を考えているだろうか?)
• (寝心地は悪くないだろうか?)
• (俺は、童貞なのに、こんな状況で冷静を装えているのか?)
• (明日の朝、電気が戻らなかったらどうする?どうやって彼女を帰す?)
彼の心臓は、静かに眠ろうとしている周囲の闇に逆らって、ドクドクと不規則な音を立てている。
彼は目を閉じようとするが、彼の脳は情報のノイズを出し続けている。
(寝ろ、寝ろ、寝ろ……)
自己指令を出すほど、覚醒していく。彼の身体は床に張り付いているが、彼の精神は、数メートル先のベッドに張り付いていた。
その時、ベッドの方から、静かで規則正しい寝息が聞こえてきた。
(寝た……静香さんは、本当にぐっすり眠ってる)
静香は、自分の存在を完全に信じ、安心して眠っている。その事実に、悠人は複雑な感情を抱いた。嬉しさ、安堵、そして、制御不能な興奮。
彼は、自分の特性を恨んだ。なぜ、こんなにも安らげる夜に、俺だけが、この騒がしい頭の中で眠れないのだろう。
雷鳴の音は消え、豪雨の音はただのBGMとなった。
東京の片隅のアパートの一室。オイルランプの微かな光と、静香の規則正しい寝息だけが響く中、悠人は、眠ることを許されないまま、自分の脳内の絶え間ないノイズと孤独な戦いを続けていた。
悠人は、話すのをやめると、どっと疲れが出た。過集中で一気にエネルギーを放出した後の、特有の虚脱感だ。
「……よかった。雷、少し遠ざかったみたいですね」悠人はそう言って、テーブルのランプの炎を見つめた。
静香は、ランプの柔らかな光の中で、自分のスマートフォンを手に取った。何か連絡が来ていないか確認しようとしたのだろう。
「あれ……」
静香は首を傾げた。画面を何度かタップするが、反応がない。
「電池、切れちゃったみたい。さっきまで使えてたのに、きっと雷のせいで、バッテリーが急激に消耗したんですね」
静香のスマートフォンは、完璧な沈黙を保っていた。メッセージの通知音も、着信音も、何も鳴らない。
(鳴らない……)
悠人の胸に、再び焦りが広がる。スマホが使えないということは、静香は外の世界と完全に隔絶されたということだ。彼のこの部屋が、外界から隔絶された、唯一の場所になった。彼の焦燥感は、**「俺がなんとかしなければならない」**という強いプレッシャーに変わった。
「すいません、充電器も、電気が通ってないと使えないんで……」
「大丈夫だよ」
静香は優しく言った。そして、大きく、ゆったりとしたあくびを一つこぼした。
「ふぁぁ……なんだか、安心して力が抜けちゃいました。雷に怯えて、ずっと緊張してたみたい」
静香は、ワンピースのまま、ローテーブルに肘をつき、目を擦った。彼女の瞼は重く、その表情は疲労と安堵が混ざり合った、穏やかなものだった。
「私、そろそろ眠くなっちゃいました。本当に。多分、このまま座っていても寝ちゃうかも」
静香の言葉は、悠人にとって最終宣告だった。夜を越す。そして、彼女は眠るつもりだ。
悠人は、衝動的に提案した。
「静香さん、僕のベッド、使ってください。布団は敷いてないけど、シーツは綺麗に洗ってありますから」
彼の部屋は、六畳一間。ベッドと、ローテーブル、そして散らかった本棚とゲーム機材があるだけだ。静香がベッドを使えば、悠人が寝られる場所は、床しかない。
「え、でも、悠人君は?」
「僕は大丈夫です。ここで、寝袋もあるし、床で寝ますから。男だし、慣れてます」
静香は少し遠慮したが、彼の真剣な眼差しに押し切られたのか、「じゃあ、お言葉に甘えて」と頷いた。
静香が奥のベッドルームへ消えると、悠人は、ローテーブルの上のランプの火を少しだけ絞った。部屋は、さらに薄暗くなる。
彼は、自分の寝袋とクッションを引っ張り出し、ベッドから最も離れた壁際に敷いた。
寝れるはずがない。
悠人は、暗い床に横たわり、天井を見上げた。
彼の体は、雷の恐怖を乗り切った疲労で重い。だが、彼の脳は全く違っていた。
静香が、わずか数メートル先の、彼のベッドで眠っている。その事実が、彼の脳内の高速道路を最高速度で走らせていた。
• (静香さんは、今、何を考えているだろうか?)
• (寝心地は悪くないだろうか?)
• (俺は、童貞なのに、こんな状況で冷静を装えているのか?)
• (明日の朝、電気が戻らなかったらどうする?どうやって彼女を帰す?)
彼の心臓は、静かに眠ろうとしている周囲の闇に逆らって、ドクドクと不規則な音を立てている。
彼は目を閉じようとするが、彼の脳は情報のノイズを出し続けている。
(寝ろ、寝ろ、寝ろ……)
自己指令を出すほど、覚醒していく。彼の身体は床に張り付いているが、彼の精神は、数メートル先のベッドに張り付いていた。
その時、ベッドの方から、静かで規則正しい寝息が聞こえてきた。
(寝た……静香さんは、本当にぐっすり眠ってる)
静香は、自分の存在を完全に信じ、安心して眠っている。その事実に、悠人は複雑な感情を抱いた。嬉しさ、安堵、そして、制御不能な興奮。
彼は、自分の特性を恨んだ。なぜ、こんなにも安らげる夜に、俺だけが、この騒がしい頭の中で眠れないのだろう。
雷鳴の音は消え、豪雨の音はただのBGMとなった。
東京の片隅のアパートの一室。オイルランプの微かな光と、静香の規則正しい寝息だけが響く中、悠人は、眠ることを許されないまま、自分の脳内の絶え間ないノイズと孤独な戦いを続けていた。
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