ミニスカートとボク

あさき のぞみ

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第9話 感覚の麻痺

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新しい服。
水曜日の昼。
店は、夕方からだ。
時間がある。
渋谷の駅前。
ショッピングビル。
私は、ウィンドウを眺めていた。
マネキンが着ている、ワンピース。
白地に、小さな花柄。
袖がふんわりしていて。
ウエストが、リボンで絞ってある。
可愛い。
店に入る。
「いらっしゃいませ」
店員の笑顔。
「あの、ウィンドウのワンピース、見せてください」
「こちらですね。試着されますか?」
「はい」
試着室。
服を脱いで、ワンピースを着る。
鏡を見る。
似合う。
白が、肌に映える。
花柄が、可愛い。
リボンを結ぶと、ウエストが細く見える。
「お客様、いかがですか?」
「これ、ください」
即決。
「ありがとうございます。他にもご覧になりますか?」
「……見ます」
そこから。
止まらなくなった。
ブラウス。
スカート。
パンツ。
カーディガン。
バッグ。
靴。
アクセサリー。
私は、新しい服を買った。
自分のセンスで買った。
可愛いと思ったもの。
似合うと思ったもの。
欲しいと思ったもの。
全部。
値札は見てなかった……。
レジで。
「お会計、148,000円になります」
「あ、はい」
カードで買った。
クレジットカード。
ピッ。
承認。
紙袋を、たくさん抱える。
重い。
でも、嬉しい。
これ、全部、私の。
美雪の。
帰り道。
また、別の店に入った。
コスメショップ。
新しい口紅。
チーク。
アイシャドウ。
香水も。
25,000円。
カードで。
カフェに寄った。
ケーキセット。
1,800円。
カードで。
部屋に戻る。
紙袋を、ベッドに並べる。
一つずつ、開ける。
タグを外す。
新しい服の匂い。
鏡の前で、着てみる。
ワンピース。
くるくる回る。
スカートが、ふわっと広がる。
可愛い。
ブラウスに、スカート。
大人っぽい。
パンツスタイル。
かっこいい。
全部、似合う。
全部、美雪に似合う。
夕方。
店に行く。
新しいワンピースを着て。
「わあ、美雪ちゃん、可愛い!」
店長が、目を丸くする。
「新しい服?」
「はい」
「いいね。お客さん、喜ぶよ」
その通りだった。
最初の客。
30代の男性。
「美雪ちゃん、今日、可愛いね」
客が、かわいいと喜んでくれた。
「ありがとうございます」
「その服、似合ってる」
「嬉しいです」
くるくる回って見せた。
スカートが、広がる。
花柄が、舞う。
「わあ……」
男が、見惚れる。
そして。
手が伸びてくる。
腰に。
「可愛いなあ……」
サービスが始まる。
でも、いつもより。
男の反応がいい。
新しい服。
それだけで。
価値が上がる。
もっと、喜ばれる。
もっと、稼げる。
その日。
指名が、5件。
フリーが、8件。
合計13件。
「今日、最高記録だね」
店長が笑う。
「はい、10万円」
封筒。
重い。
10万円。
1日で。
新しい服代、回収できた。
家に帰る。
シャワーを浴びる。
新しいボディソープ。
いい匂い。
肌が、しっとりする。
鏡を見る。
綺麗になってる。
美雪が。
どんどん、磨かれていく。
スマホを開く。
クレジットカードの利用明細。
今日だけで。
173,000円。
今月の合計。
398,000円。
引き落としは、来月。
でも、大丈夫。
稼げるから。
風俗で。
毎日、働けば。
月に、100万円近く。
服代なんて。
すぐに回収できる。
通知が来る。
『TS Body Subscription Service』
『【ワードローブ定期便】今月のコーディネートを発送しました!
3日以内にお届けします♡』
ああ、そうだ。
サブスクでも、服が来る。
月10,000円の。
それも、楽しみ。
でも、自分で買うのも、楽しい。
選ぶのが。
試着するのが。
新しい自分を、見つけるのが。
またウィンドウショッピング、しよう。
明日も。
お金、あるし。
ベッドに座る。
新しいパジャマ。
シルクの。
12,000円したやつ。
肌触りが、いい。
気持ちいい。
これが、私の生活。
美雪の、日常。
お金を稼いで。
服を買って。
綺麗になって。
また稼いで。
それだけ。
会社のこと。
もう、考えない。
メールも、電話も、無視。
あの世界は、もう。
関係ない。
今の私は。
風俗嬢、美雪。
それだけ。
目を閉じる。
今日も、10万円。
明日も、きっと。
お金が、入る。
それでいい。
それだけで。
幸せ。
そう、思いたい。
そう、思わなきゃ。
じゃないと。
この生活。
続けられないから。​​​​​​​​​​​​​​​​

現実。
1週目は良かった。
月曜から日曜まで。
毎日、客が来た。
指名も、増えた。
お金も、稼げた。
10万円の日もあった。
調子に乗っていた。
「私、人気あるんだ」
そう、思っていた。
でも。
今の仕事も10日を過ぎた…………。
2週目の月曜日。
店に行く。
いつもの時間。
新しく買ったワンピース。
淡いピンクの。
メイクも、完璧。
髪も、巻いた。
「おはよう、美雪ちゃん」
店長の声が、暗い。
「……どうしたんですか?」
「今日さ、予約、1件しかないんだよね」
「え?」
いつもは、5件くらいあったのに。
「まあ、フリーのお客さんも来るだろうから」
待機室に入る。
他の女の子たちがいる。
サキ。
リナ。
ミク。
みんな、こっちを見て。
クスクス笑ってる。
何?
なんで笑ってるの?
予約の客が来た。
1時間。
終わり。
1万円。
それから。
待った。
1時間。
2時間。
3時間。
今日は、お茶だった。
客が来ない。
「美雪ちゃん、今日はこれで上がっていいよ」
店長が、申し訳なさそうに言う。
「え、でも……」
「客、来ないから」
1万円。
今日は、1万円だけ。
次の日も……。
火曜日。
店に行く。
「今日も、予約ないんだよね」
店長の言葉。
待機。
やっと、フリーの客が1人。
それだけ。
また1万円。
水曜日。
予約、0件。
フリー、1件。
1万円。
木曜日。
予約、0件。
フリー、0件。
お茶。
0円。
「美雪ちゃん、最近、客入り悪いね」
店長が、眉をひそめる。
「なんでだろう……」
理由がわからなかった。
何が変わった?
服は、新しい。
メイクも、完璧。
サービスだって、手を抜いてない。
なのに。
なんで、客が来ない?
金曜日。
待機室。
サキが、電話している。
「うん、今日?今日は美雪いるから、やめた方がいいよ」
小声で。
でも、聞こえた。
「あの子、病気持ってるって噂だし」
え?
「それに、サービス悪いって、みんな言ってるよ」
嘘。
そんなの、嘘。
「うん、私たちの方が全然いいって。じゃあ、また今度ね」
電話を切る。
サキが、こっちを見る。
ニヤリと、笑う。
リナとミクも、笑ってる。
裏で、同じ店のサキ達が嫌がらせをしているなんて知る由もなかった。
レビューサイト。
後で、スマホで調べた。
店の口コミ。
嬢のレビュー。
私の名前で、検索。
あった。
『美雪』
星1つ。
『サービス最悪。態度も悪い。二度と指名しない』
星1つ。
『病気持ってそう。怖かった』
星1つ。
『写真と全然違う。詐欺』
全部、最近の投稿。
ここ数日の。
自作自演。
サキたちが。
書いてる。
お客さんのフリして。
評価を、下げてる。
だから、客が来ない。
だから、予約が入らない。
部屋に戻る。
ベッドに座る。
今週の稼ぎ。
月曜:1万円
火曜:1万円
水曜:1万円
木曜:0円
金曜:0円
合計:3万円。
先週は、7日で60万円以上。
今週は、5日で3万円。
来週の支払い。
サブスク:96,000円
家賃:60,000円
合計:156,000円
手持ち。
先週の残り:140,000円
今週:30,000円
合計:170,000円
ギリギリ。
でも、もし。
来週も、こんな調子なら。
再来週の支払いは?
クレジットカードの請求も、来月来る。
398,000円。
払えない。
指が、震える。
どうする。
どうすればいい。
店を、変える?
でも、レビューは。
ネットに、残ってる。
「美雪」で検索すれば。
すぐに、出てくる。
他の店も、見る。
同じ。
評判が、全て。
待機室に戻る映像が、頭をよぎる。
サキの、笑顔。
リナとミクの、クスクス笑い。
あいつら。
なんで。
何が気に入らなかったの?
新入りだから?
人気が出たから?
服が、派手だったから?
理由なんて。
どうでもいいんだ。
ただ、潰したかっただけ。
邪魔だったから。
スマホを握りしめる。
画面が、滲む。
涙。
出てくる。
止まらない。
「なんで……なんで……」
声が、震える。
お金。
必要なのに。
稼げないと。
生きていけないのに。
なんで。
こんなことに。
床に、崩れ落ちる。
新しいワンピース。
淡いピンクの。
今日も、誰にも褒められなかった。
誰にも、見られなかった。
ただ、待機室で。
何時間も。
座っていただけ。
これから、どうすればいい。
どうやって、生きていけばいい。
答えが、見つからない。
ただ、涙だけが。
止まらない。​​​​​​​​​​​​​​​​

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