マッチングアプリで知り合った

あさき のぞみ

文字の大きさ
8 / 9

第8話 さくら①

しおりを挟む

金曜日の夜、俺は原宿駅の改札前に立っていた。
仕事を定時で上がって、急いで帰宅してシャワーを浴びた。服は紺色のシャツに白いパンツ。爽やかな印象を心がけた。
りなさんとのデートは、結局失敗に終わった。
あのあと、俺はアプリの運営会社に問い合わせた。だが返ってきたのは「ログイン履歴を確認したところ、すべてお客様ご本人のアクセスです」という定型文だけだった。
本人のアクセス?
そんなわけがない。俺が知らない間に、誰かが俺のアカウントを使っている。それは確かだ。
だが、証拠がない。
パスワードを変更しても、二段階認証を設定しても、状況は変わらなかった。
通知は増え続け、マッチングも増え続けている。
今では50人以上の女性とマッチングしていた。
もう、誰が誰だか分からない。
「まい」「りな」「さくら」「ゆい」「あかり」「みお」「れな」「ひなた」……
名前と顔が一致しない。
トーク履歴を見ても、自分が送ったはずのメッセージに覚えがない。
それでも、デートの約束だけは律儀に守ることにした。
今日は「さくら」とのデート。
プロフィールでは「アパレル勤務、ファッションが好き」とあった。写真は綺麗だったが、実物がどんな人なのか、正直不安だった。
19時。
改札から、一人の女性が出てきた。
背が高い。
すごく高い。
さくらだと直感した。
アプリではわからなかったが、さくらは身長が高かった。でも美人だ。
長い黒髪をストレートに下ろして、白いノースリーブのトップスにハイウエストのパンツ。そして、ヒールを履いていた。
めちゃくちゃモデルっぽい。
ヒールを履いているから、俺の身長よりも高かった。
俺は172センチだから、彼女は素で165センチくらいあるんだろう。ヒールを履けば170センチを超える。
「裕太さん?」
さくらが近づいてきた。
「あ、はい。さくらさんですよね?」
「そうです。初めまして」
さくらは柔らかく微笑んだ。
でも威圧感はない。
むしろ、その笑顔には優しさがあった。
「さくらさん、写真よりずっと綺麗ですね」
「ありがとうございます。裕太さんも、素敵です」
そう言って、さくらは俺の服装を見た。
「その色合い、いいですね。裕太さん、センスありますよ」
「本当ですか?ありがとうございます」
褒められて、少し照れてしまった。
「じゃあ、お買い物行きましょうか」
「はい」
二人並んで歩き出した。
さくらは俺より背が高いけど、歩幅を合わせてくれる。
「裕太さん、普段どんな服着るんですか?」
「カジュアルな感じが多いかな。仕事はオフィスカジュアルだし」
「じゃあ、今日は少しだけ冒険してみませんか?」
「冒険?」
「裕太さんに似合いそうな、ちょっと違う系統の服、探してみたいんです」
さくらは楽しそうに笑った。
最初に入ったのは、お洒落なセレクトショップだった。
「これ、どうですか?」
さくらが手に取ったのは、グレーのリネンシャツだった。
「いいですね。でも、ちょっと高いかも……」
値札を見ると、2万円近くする。
「試着だけでもしてみましょうよ。似合うかどうか見てみたいんです」
「そうですね」
試着室で着替えて、鏡を見る。
確かに、似合っている気がする。普段着ないタイプの服だけど、悪くない。
試着室から出ると、さくらが待っていた。
「わあ、すごく似合ってます!」
さくらは目を輝かせた。
「本当ですか?」
「本当です。裕太さん、スタイル良いんですね」
しかもスタイルも良い。
いや、それはさくらの方だ。
試着室の鏡越しに見えたさくらの姿。
長い脚、細いウエスト、すらりとした体型。
まるでマニキンのような完璧なプロポーションだった。
「さくらさんこそ、モデルみたいですね」
「もう、お世辞ばっかり」
さくらは笑ったが、満更でもなさそうだった。
結局、そのシャツは買わなかったけど、次の店で手頃なジャケットを買った。さくらが「これ絶対似合います」と強く勧めてくれたからだ。
「ありがとうございます、さくらさん。一人じゃこういうの選ばないから」
「いえいえ、楽しかったです。裕太さんと一緒だと、時間があっという間」
時計を見ると、もう21時を過ぎていた。
「そろそろ、ご飯食べませんか?」
「いいですね。どこか行きたいところありますか?」
「さくらさんに任せます」
「じゃあ、良いお店知ってるので、そこ行きましょう」
さくらが連れて行ってくれたのは、原宿の裏通りにある小さなイタリアンレストランだった。
店内は薄暗く、ムードのある照明。カップルらしき客が何組かいた。
「ここ、雰囲気良いですね」
「でしょ?私のお気に入りなんです」
二人でワインを頼んで、パスタとピザをシェアした。
会話は弾んだ。
さくらは話し上手で、仕事の話、趣味の話、旅行の話。色々なことを話してくれた。
ふつうに話してただけなのに、気づけば2時間が経っていた。
「裕太さんって、本当に優しいですよね」
「そうですか?」
「うん。ちゃんと話を聞いてくれるし、否定しないし」
さくらはワイングラスを傾けた。少し頬が赤くなっている。
「私、マッチングアプリで何人か会ったんですけど、裕太さんが一番素敵です」
「ありがとうございます。俺も、さくらさんと話してて楽しいです」
「本当ですか?」
「本当ですよ」
さくらは嬉しそうに微笑んだ。
会計を済ませて、店を出た。
夜風が心地よい。
「裕太さん、まだ時間大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫ですけど」
「じゃあ……もう少し一緒にいたいな」
さくらは俺の腕に、軽く触れた。
「もっと、ゆっくり話したいんです。静かなところで」
その言葉の意味を、俺は理解した。
「分かりました」
さくらは俺の手を取った。
その手は、温かくて柔らかかった。
「こっちです」
さくらが案内したのは、原宿駅から少し歩いたところにあるホテル街だった。
「ここでいいですか?」
「うん」
さくらから誘ってきた。
美咲さんも、りなさんも、みんな自分から誘ってきた。
これって、普通なのか?
いや、考えるのはやめよう。
今日こそ、最後まで。
今日こそ、成功させる。
二人でホテルに入り、部屋を取った。
エレベーターの中、さくらは俺の手を握ったまま離さなかった。
部屋に入ると、さくらはすぐにシャワーを浴びに行った。
俺はベッドに座って、深呼吸した。
緊張する。
でも、今度こそ。
水の音が止まった。
バスルームのドアが開いて、さくらが出てきた。
白いガウンを着て、髪を下ろしている。
背が高いから、ガウンの丈が短く見える。
脚が、長い。
「裕太さんも、シャワー浴びますか?」
「……うん」
俺は立ち上がって、バスルームに向かった。
脱衣カゴには、さくらの服があった。
白いトップス。ハイウエストのパンツ。
そして、黒いレースの下着。
大人っぽい。
さくらのイメージに、ぴったりだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

10年ぶりに現れた正ヒロインが強すぎて、10年来のダメ系幼馴染型ヒロインが敗北しそうな件について。

神崎あら
青春
 10年ぶりに再会した彼女はまさに正ヒロインと呼ぶにふさわしい容姿、性格、人望を手にしていた。  それに対して10年間一緒にいた幼馴染は、堕落し酒に溺れ、泰平の世話なしには生きられないペットのような生き物になっている。  そんな対照的な2人のヒロインが戦う(一方的にダメ幼馴染が社会的にボコられる)物語が今始まる!!

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...