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第1章 ゼノビア王国編

第25話 クーデターの報

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 王の謁見室内にて。

「シルメリアの辺境都市ミルトンがクーデターにより、陥落した」

「なっ!」

 王の発言に私は言葉を失った。

 謁見室には兄弟姉妹7人全員が集まっていた。私は一番年下(?)だが、もう12歳になる歳だ。政治的な場にも呼ばれるようになっていた。

 5大国が中心となった現在の世界情勢で、クーデターの報は初めて聞いた。

 ずっと平和だった。もちろん、細かいいざこざや小国同士の争い、内紛などは度々起こってはいたが、5大国の平和維持部隊が介入し、常に解決してきたのだ。5大国の領地内で謀反が起き、しかも陥落したことには驚きを隠せない。

「事態は急を有する。これは、世界平和への挑戦状だ」

 ゼノビア王の威圧感がひしひしと伝わってくる。こと国家の問題となると存在感が増すのは王の証。

「それで、父上。5大国緊急協議へは、だれを参加させるおつもりですか?」

 ティベリウスが疑問を呈する。協議は普通、トップ間で行われるのが常だ。通常の場合はこういうことは聞かない。だが、いまは緊急時。シルメリア皇帝は当然参加できないだろう。代理による協議になることも、緊急時においては可能だ。

「すでに招集はかかっている。私は隣国対応で参加できない。ティベリウス、おまえが行け」

「承知しました」

「なっ!父上、吾輩ではないのですか!?」

「おまえはここにいろ」

 吾輩というこの男はゼノビア王家第1王子、ワゲス・ゼノビア。王位継承権第1位だがティベリウスが優秀なので、後継争いで引けをとっているらしい。

 末席で置物みたいになっているオズと仲がいいので、正直嫌いだ。

「恐れながら、今回の遠征にティアとルイ両名の同行をお願いしたいのですが、許可いただけませんでしょうか?」

「はい?」

 とぼけた声を出してしまう私。また、突拍子もないことをティベリウスが提言している。

 何故私たちなのか。ほかに適任はたくさんいるはずだ。

「理由を言え」

 詰めるゼノビア王。ちょっと怖い。

「分をわきまえぬ提案、お許しください。今ほかの兄弟や優秀な兵士達はシルメリアへの遠征を優先すべきです。国家間の協調とゼノビアの国力を示すため、連合軍に戦力を集中させ、戦果を挙げるべきです」

 もっともらしい、政治的な発言だ。平和な世界ではあったが、国家間ではやはり主導権争いが常に存在している。そのバランスというのは世界の趨勢すうせいで簡単に変化する。

 この事態を主導的に収拾し、ゼノビアの力を他国に示すことで、今後の交渉事を優位にしていこうという思惑が透けて見える。

「また、私はティアをずっと見てきました。そして確信しました。こう言うと語弊があるかもしれませんが、彼女はおそらく、このゼノビア王国内で最強の魔術師です」

 場がざわつく。兄弟たちが一斉に私に視線を送ってくる。そういうこと言わないでよ。せっかく大人しくしてたのに!

 ま、事実だけどね。

「頭も切れます。知識も非常に豊富。きっと協議において、重要な役割を果たすとともに、私の護衛としてもうってつけです」

 あなた、十分強いらしいじゃない。護衛はいらないでしょう。あと、ルイはなんで連れて行くのかしら。役に立つ?あ、一応私の騎士だからか。

「……認めよう。連れていけ」

「ありがとうございます」

「ティア、よいな」

「あ、ええ」

 なんか企んでないか、ティベリウスは。返事も歯切れが悪くなる。でも、夏休みで暇だったし、なにより5大国間協議なんてこの年齢で参加できるなんて思ってもみなかった。

 ちょっと興味あるし、行ってみたい。また、今は現場に直接いくよりも情報収集を優先したほうがよさそうだ。それに……

「お父様」

「発言を許していない。場をわきまえろ」

 厳しいわね。ちゃんとした会議だとルールを重視するか。まぁ、関係ないけど。

「私はずっと、古代図書館で書物を読み漁っておりました。そこで一つ、今回の件に係わるかもしれない重大な情報を得ております」

 少し興味を引くような話し方をしてみる。

 ずっと気になっていた事がある。5年前見つけたあの本に書かれたあの記述。それは私がエマだった時から続く、ある疑問に対する答えにつながっている気がしてならないのだ。

「許す。申せ」

「ありがとうございます。かの書籍は著者が不明でした。ただ、記述の内容にシルメリアに関する記載があり、その内容は他のどの書物にもない独特な視点でしたので、よく覚えています。信憑性はわかりませんが。長い文章でしたので、簡潔にその内容を述べます」

 少し溜めて、要約したその内容をこの場で打ち明けた。

「シルメリアの秘宝『アラケスのみそぎ』だけが『アトムスの罪』を許す」

 かつてエマとしての人生を終えた、ラストダンジョン地下70階層。そこに安置されているとされる伝説の秘宝『アトムスの罪』はあまり王族の間でも知られていない。

 いや、秘宝があることは皆知っているが、それが『アトムスの罪』と呼ばれていることは一流の冒険者でも知っている者はごく一部なのだ。

 当然、兄弟たちは首をかしげている。そして、シルメリアにあるとされる『アラケスのみそぎ』。これは私も知らなかった。

 また、『アトムスの罪』も現物は確認できていないし、どういった性質のものかも未だに謎だった。

 ……だが王は違う。父はおそらく、知っている。

 表情は変わらない。雰囲気、息遣いも変化なし。でもなぜか、これは直観以外の何物でもないけど、知っているような気がしてならないのだ。

「確信のない話だ。今はそれについて議論する時間はない」

 引っかかりの残る言い方だ。今議論することではないということは、少なくともあの書籍に書かれていたことが的はずれではないことを示唆している。もう少し詰めたいところだけど、おそらくもう期待する回答を得ることはできないだろう。

 今回のシルメリアの件に関わっていればなにかわかるかもしれない。とりあえず、依頼の5大国間協議へは参加しよう。協議が行われるのは5大国のひとつ、アストラ共和国の西部都市。

 ここから馬車で2日もあれば、着く距離だ。
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