食うために軍人になりました【一人称版】

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第五章

魔拳

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「どうだっ!? これでも曲芸だって言えんのかよっ!?」

 のたうち回る副長を見下ろしながら、ソフィアさんがドヤ顔を全開にしている。
 確かにすごい技なんだけど、今の段階でそこまで得意げになる事はないと思うけどね。
 しかし、無茶なことを考えたもんだよ。
 まさかなんてね。

『魔法で直に殴れば魔法+打撃で、もっとダメージを与えられるんじゃないか?』

 最初に聞いた時は正気の沙汰じゃないと思ったよ。
 魔法は魔力に術式を組み込んで具象化させるものだ。
 具象化された魔法は抽象化している魔力と違ってエネルギーを持っている。
 それを手に持つ事は《火炎ファイアー》の魔法で言うと炎を直に手で持っているようなもんだ。
 当然、大火傷するだけで殴るなんて不可能。
 だけど、ソフィアさんは諦めなかった。
 旦那様の魔刃一刀流を見て、できると確信したんだってさ。
 魔力操作が得意だったソフィアさんは更に緻密な魔力操作が出来る様に鍛錬を重ね、それと並行して格闘技術向上のために僕からアブデュルガゼム流の基礎を学んだ。
 そして2年の研鑽と無茶苦茶な発想の末に【魔拳】は完成した。
 
「まさか、2つの魔法を同時に発動するなんてね……本当に無茶苦茶だよ」

 腕に魔力を集中させ、《火炎ファイアー》の魔法を発動させると同時に、身体には《氷の外套アイスコート》の魔法を発動させる。
 そりゃ理屈ではわかるよ?
 でも、実際にやるとなるとそう簡単じゃない。
 2つの事を同時に正確に行わないいけないし、更に魔法のバランスもとらないといけない。
 《火炎ファイアー》が強ければ腕が大火傷するし、《氷の外套アイスコート》が強ければ全身が凍傷になる。
 相反する2つの動作を完璧にこなすのは至難の業だ。
 だけど、それだけの価値がある技でもある。
 初歩の《火炎ファイアー》でこれだけの威力だ。
 おそらく内臓が焼かれ、今までに味わった事のない内部からの痛みで副長は苦しんでいるんだろう。
 ご愁傷様です。

「ぐぅうううう……うぁあああ……くくぅ……」

「ふん! 安心しな。私には痛ぶる趣味なんかない。一思いに楽にしてやるよ」

 未だに苦しむ副長に炎を一層燃え上がらせたソフィアさんが近づく。
 ん? おいおい……本気?

「ぬぅうう……」

 剣を支えにしながらも副長がゆっくり立ち上がった。
 この人、良い根性してるね。
 流石のソフィアさんも驚いた表情をしてるよ。

「へぇ~、良いね。最後まで戦う姿勢は嫌いじゃないよ。いいよ、キッチリとどめを刺してやる」
 
「はぁ……はぁ……ま、負けぬ……お、俺には……俺には……」

 なんか言いたそうだけど、言葉がそれ以上出てこないみたいだ。
 まぁ、腹の内腑が焼けて、ついでに食道や気道も焼いてるだろうから無理もないか。
 
「遺言は受け付けてないよ。悪いね!」

 ソフィアさんが最大速度で副長に迫る。
 副長は未だに棒立ちだ。
 やっぱり立ってるのがやっと……首から提げてるあれは!? ヤバい!
 
「ソフィアさん! 《玉砕首飾ぎょくさいのくびかざり》だ!」

「っ!? このクソがっ!」

 眼前にまで近づいていたソフィアさんはもう避けれない!
 仕方ない!

「今回の試験は無効です!」

 僕は階段を一気に駆け降りて副長の背中を思いっきり蹴り飛ばし、正面扉ごと副長の身体を外へぶっ飛ばした。

「《白棺ホワイトコフィン》!」

 宙を舞っていた副長の身体を白く淡い光が包み込んだ瞬間、くぐもった爆発音が響いた。
 ふぅ……やれやれ、なんとか被害が扉だけで済んで良かったよ。

 《玉砕首飾ぎょくさいのくびかざり

 自らの生命と引き換えに周囲を吹き飛ばす自決用の魔道具マジックアイテム
 厄介な代物を持ち込んでくれたもんだよ。
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