鑑定能力で恩を返す

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第一章

生きる意味

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 悟は絶望していた。
 異世界転移なんて小説の中だけの話だと思っていたのに、まさか自分がする事になるなんて夢にも思わなかったからだ。
 帰る術もなく、おまけに元の世界での最後の思い出があのハゲ課長の尻拭いである事が更に彼を絶望させた。
 唯一の救いは彼に身寄りがないことくらいだ。
 悟の両親はすでに天寿を全うしていた。
 歳がいってからの子どもであり、悟に十分な愛情を注いだ両親は悟が大学を卒業して社会人になった頃に立て続けに亡くなった。
 あれから更に数年、悟は天涯孤独の人生を歩んでいた。

「お前さん、名前は?」

「……悟」

 絶望の最中にある悟には老人の声すら煩わしかったが、老人の姿が両親と重なることもあって粗雑な扱いをする気にはならなかった。

「儂はロンメル。この先にあるブロディア王国の公都ハメルンで小さな店をやっておる。今は仕入れの帰りじゃ」

「そうですか……」

「お前さんはまだ若い。まだ生きるのを諦めるには早過ぎるぞ」

「そうですね……」

 悟は言葉には生気がなかった。
 ただ譫言のように言葉を口にする事が精一杯だったのだ。

「お前さんの両親だって、お前さんにはどんな形でも生きていて欲しいはずじゃからな」

 その言葉に悟はピクッと反応する。
 天寿を全うしたとはいえ、見知らぬ男に両親の事を口にされるのはあまり気分が良くなかったからだ。

「あんたに何が……」

「儂の妻と息子はもうおらんでな」

 抗議の声を上げようとした悟は言葉を止めた。
 ロンメルという老人の言葉が自分よりも重たい人生を思わせたからだ。

「あれは行商の帰りじゃった。儂は一足先に商談のために街に戻っておったが、いつまで経っても妻と息子が戻ってこん。探しに行こうと門まで行ったところで衛兵達が騒いでいるのを見かけた。そして、その中央に物言わぬ妻と息子の骸があったんじゃ。後から分かった事じゃが魔物にやられたようでのぉ。近くを通りかかった冒険者達が見つけた亡骸を街まで運んでくれたそうじゃ」

「うっ……」

 悟は何も言わなかった。
 何も言えなかった。
 
「す、すいません。俺は……」

「なに、気にせんでいい。じゃが、先も言った通り親は子に健やかに過ごして欲しいと願うものじゃ。お前さんも見知らぬ世界で途方にくれておるじゃろうが、命はある。どうか老人のささやかな願いを聞いてもらえんかの?」

「は、はい! 俺も諦めずに生きます!」

 グゥウウウウ

 悟の復活を祝う祝砲と言わんばかりの音が悟の腹から響いた。
 まる2日何も食べていない悟の胃袋の悲鳴である。

「ハッハハハハハハ! よろしい! 何かご馳走しようではないか」

 そう言うとロンメルは荷物から調理器具と具材を取り出して、食事の準備を始めた。
 悟は己の腹に対する怒りと恥ずかしさで、ロンメルと視線を合わせられなかったが、久しぶりに食事ができると言う期待感と嬉しさに心を躍らせていた。
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