鑑定能力で恩を返す

第一章

奴隷

「……奴隷？」

　サトは奴隷という聞き慣れない言葉に動揺しつつも、平静を装いながらデニスの後ろに立ち並ぶ人達を見た。
　ほとんどの人が粗末な服を着て、髪はボサボサ、路地裏で陽の光が届かないせいもあるだろうが全体的に薄汚れている印象だった。
　そして全員に共通するのは、生きていないような暗い瞳している事だった。

「ええ、私が揃えた自慢の奴隷達です。どうですか？　この男なんかまだ24歳の働き盛りですよ。それが今なら300万ルークとお買い得です」

　デニスが一番体格のいい男の肩を叩いて紹介する。
　サトがその男を見ると、脳裏に言葉が浮かんでくる。
　
　アッテ（肺炎）　男　35歳　独身　人族

　サトは思わず抗議しようとするのを慌てて止めた。
　下手に詐称している事を指摘すれば鑑定能力かんていスキルの事がバレるからだ。

「い、いや……いい」

「そうですか？　なら、こっちの男はどうです？　ドワーフですから力がありますよ！　鍛治の心得もありますから商店でも何かと役に立つ筈です」

　サトはデニスの紹介した小柄でガッチリした体格の男を見た。

　イニゴ　男　99歳　独身　ホビット族

　サトは呆れて溜息を吐いた。
　市で色んな行商人と出会ったが、ここまで詐称してくる男はいなかったからだ。
　デニスはそんな様子のサトを見て、捲し立てるように他の奴隷達も薦めてくるが、まともな奴隷は1人もいなかった。
　そして、サトは悟った。
　デニスが騙そうとしているわけではなく、デニス自身も騙されてこの奴隷を仕入れさせられている事に。

「い、いかがですか？　どの奴隷でもお安くしておきますので……」

「今のところ必要な奴隷は……」

「そんな事仰らずに！　どれか1人だけでも！」

　デニスが懇願するように拝み込んでくる。
　困ったサトがもう一度奴隷達を見ると、紹介されていない奴隷が1人いた。
　人一倍小柄で、長い髪の隙間から見える顔には膿が滲んでおり、顔色も土毛色をしていた。
　サトはその小さな身体の奴隷を見る。
　すると脳裏に言葉が浮かんできた。

　エレオノーラ・ヴァン・ユラーク
　（呪い）　女　116歳　ダンピール

「っ！　あ、あの！　こ、この子は？」

「えっ？　あぁ、そいつですか？　身体も小さいし、力もないし、おまけに話すことも出来ないんですよ。顔も醜くくて、他の奴隷と抱き合わせて無理やり渡されたんです。正直売り物にならないんでどうしようかと……」

「わかった。この子なら買ってもいい。10万でどうだ？」

「えっ！　で、ですが、10万はちょっと……」

「どうせ売り物にならないんだろ？　15万だ。これで駄目なら俺は帰……」

「売りましょう！　これがそいつの奴隷権利書です！」

　デニスは慌てて一枚の書類を取り出した。
　サトは鑑定能力かんていスキルでそれが本物の奴隷権利書である事を確認すると、15万ルークをデニスに支払って、奴隷と共にその場を後にした。
　デニスはニコニコ顔で頭を下げて見送っていたが、サトは振り返らずに歩いた。
　奴隷は特に抵抗する事なく、後ろをトボトボとついてくるが、市はまだまだ続いており広場は人で溢れていた。

「まだこんなに人がいるのか？　えっと……と、とりあえず逸れない様について来て！」

　サトはそう言って奴隷の手を握り、ロンメルの店へと家路を急いだ。
　そして思ったのである。

『ど、どうしよう！　奴隷なんか買っちゃって！　ロ、ロンメルさんに何て説明したらいいんだっ！』