鑑定能力で恩を返す

第一章

悲痛のアレッシオ

　響く重低音が近づく度に内臓が震える。
　そして、外に近い窓が警報を鳴らすかのようにギシギシと軋む音を立てた。

「この音はアレッシオ！？　でも、なんかいつもよりすごくないか？」

「確かにいつもより足音が激しいですね。こんな勢いで裏通りを走ってたら、道は陥没し、ボロ屋の窓なんか砕け散ってるでしょうから」

「ヒィやぁあああああ！」

　2人がいつもより激しいアレッシオの足音を訝しんでいると、そこに悲痛な叫び声が響いた。
　それは聞き慣れた声の聞き慣れない言葉だった。

「い、今のは……」

「なんでしょう……何か助けを求めるような、危険な声でした」

「……そぐ……っと……る……！」

　遠くから微かに何かを責め立てる声が聞こえる。
　それはアレッシオの足音が近づくに連れてはっきりと聞こえるようになってきた。

「もっと走っ……根性……タマとる……！」

「な、なんか不穏な言葉が聞こえてくるな……」

「この凄まじい足音の中聴こえるって、どれだけ大きな声で喋ってるんですか。あの駄猫は」

　呆れ返る2人を他所に爆音と罵声は更に近づいて来る。
　慌ててエントランスに向かうとそこには不安そうな顔をしたギャレットが立っていた。

「あっ！　サ、サト様っ！？　も、申し訳ありません！　急にその……こんな大きな音が……」

　サトに気づいたギャレットはすかざす頭を下げた。
　どうやら大きな音が鑑定の邪魔になったと思ったようだ。

「ギャレット様、お気になさらず。それより何か文は届いていませんでしたか？」

「は、はいっ！　それが……アルヴォード女伯爵様が来られるそうで。返事を用意しているとこのような音が……」

「やはり、そうでしたか。アルヴォード女伯爵様はともかく、お付きの駄猫は相変わらずのようですね。『待て』が出来ないなんて」

　エレンの冷ややかな言葉に愛想笑いでしか返す事のできないサト。
　その間にも爆音は近づき、遂に開け放たれた門を越えて屋敷前へと至った。

「ウヒィアアアアアアアアアア！」

　いつもの勇ましき雄叫びもなく、顔中の穴という穴から汁を垂れ流しながら、ドリフトをかましたアレッシオ。
　そして馬車の車体が安定したのを見届けると、その場に崩れ去るように倒れた。
　灰のように真っ白になりながら。

「お、おいっ！　アレッシオ！　無事かっ！？　エ、エレンさん、ポーションを！」
　
　慌ててアレッシオに駆け寄るサト。
　エレンはポーションをサトには渡さず、アレッシオの口に直接瓶の口を押し込んで中身を飲ませた。

「……う、う……す、すまねぇ……」

　消えかけていたアレッシオに生気が戻った。
　安堵の表情を浮かべるサトに馬車からけたたましい声が届いた。

「旦那様！　無事かにゃ！？　乙女の勘が愛の警告音をビンビン鳴らしていたからアレッシオをぶっ飛ばさせて飛んできたにゃ！」

　そこにはアルヴォード伯爵家の戦闘メイド、アメリアと目を回して椅子に伏しているアルヴォード女伯爵その人の姿があった。