婚約破棄と王子が言い出しました。今、その披露パーティに向かう馬車の中なんですが…。側近である私は全力で阻止させて頂きます。

SINSIN

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馬車の中での爆弾発言

馬車の中で突然に

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「婚約破棄をしようと思うんだけど」
「誰の話ですか」
「僕」
「僕ではなく、私とおっしゃってください。ウィル王子、私は『なぜ馬車の進路を変更するのですか』と、伺っただけなのですが?」
「だから、婚約破棄をするから」
馬のいななきが聞こえ、ガラガラと車輪が回る馬車の中。
私と王子は向かいあっていた。
ベルベットのソファーの弾力は素晴らしく、御者の腕も一流で、王室の馬車は最高の乗り心地。
それが一転して、まるでメリーゴーランドのおもちゃの馬車に乗っているような錯覚を覚え、王子の側近である私、アランは、こめかみを押さえた。
「王子、バカも休み休み言って下さい」
「休みながらなら、いいのか」
「いいわけないでしょう!どうして、そういう、まともな指摘ができるのに、突拍子もない発言をするのですか」
来年16歳には、王太子に選定される予定の第一王子ウィルは、私の一つ年下だ。
不遜にも、二人きりの時には、くだけた発言が許されているのは、私の母であるアン子爵夫人が王子の乳母だったからだ。
つまり、私たちは乳兄弟。
父が物心つく前に亡くなり、未亡人となった母が、ちょうど生まれたウィル王子の乳母として王宮に上がった。
その流れで、幼い頃からお仕えしてきた。
普段から周囲への気配りを忘れず、人当たりの良い真面目な王子。
贔屓目を抜きにしても、跡継ぎとして十分な王子が、まさかこんな事を言い出すとは。
「ひとまず、馬車を停めましょう」
私は御者に合図すべく、ステッキで壁を強く二度叩いた。
ヒヒーンと馬が鳴いた後、馬車は静かに止まった。
「え、こんなところで停めるのか」
「ここならまだ王領ですからね、他に迷惑がかかりません。それに、この先は二股に分かれています。ここで道をはっきりさせておかないと、夜会に間に合わなくなりますよ」
「うむ、わかった」
「ではお話ししましょう。王子、婚約破棄とおっしゃいましたがどういうことですか」
「どういうことも何も、ほかに好きな人ができたから、婚約を解消したい。それだけ」
「なにをそこらの学生のような発言をしているのですか。好きな人ができたから別れる。そんなの許されるのは平民までです。貴方は王子なんですよ」
「わかっているよ。でも王子は俺一人だけではないし…」
「弟君は、まだ五歳じゃないですか」
王子が側妃の第二王子を引き合いに出したので、思わず、メガネを外し、鼻の付け根を押さえた。
「…他に好きな人ができたとおっしゃいましたが…」
「ああ、それは」
「いえ、聞かなくともわかります。マリー嬢でしょう。男爵令嬢の」
「そうそう」
 私は金髪碧眼な小柄な少女を思い浮かべた。
「全く、やけに最近親しげだと思っていれば、節度ある関係を保つよう、散々注意していたでしょう」
「好きになってしまったものは、仕方がないではないか」
「仕方がないではすみません。そもそも、王族の結婚は、好き嫌いでするものではなく、政治なんです。政略結婚。わかっています?」
「愛のない結婚なんて、嫌だ」
「愛で国が回りますか。大丈夫、結婚すれば愛は生まれます。国王陛下が良い例です」
コホン、と咳払いをして話を続ける。
おおやけな話ではありませんが、国王陛下は前王が急逝され、国が傾きかけた時、帝国の第三王女をお迎えし、国を立て直しました。当時、陛下には別のお相手がいたのに、帝国の援助を受けるためやむを得ず破談し、帝国王女と婚姻した。そこで生まれたのが、ほかならぬ貴方ですよ!ウィル王子!」
思わず握っていたメガネを前へ突き出す。
「陛下と王妃様を見てください。誰からみても仲良し夫婦じゃないですか」
「だが、父上には側妃もいるではないか」
「陛下はそれが許されるお立場なのです。むしろ、他国に比べれば側妃が一人など、少なすぎるほどです。それに、国王陛下は、お二方とも大切にされていらっしゃるではないですか。そう、百歩譲って、マリー嬢を側妃に迎えるというなら、可能性はあります」
「いやだよ、僕はマリーしか愛さない。これは真実の愛だ。他の人を妃に迎える気はない」
(真実の愛!やめてくれ!)
聞きたくなかったその言葉に、私は思わず頭を抱えた。
「今更、何を言ってるんですか!今どこに行こうとしているか、わかっていますか?貴方の婚約披露パーティですよ」
そう、この馬車は王子の婚約者である隣国の第二王女、クリスチーヌ様をお迎えにあがり、共にパーティ会場である王室の別邸「春の邸園」に向かうべく、進む予定だっだ。
「だから、進路を変えて、クリスチーヌではなく、マリーを迎えに行こうと提案しているのではないか」
私は天を仰いだ。
「そんなバカな話ありますか。クリスチーヌ様がどのようなお方か、わかっていらっしゃいますか?」
「わかってるよ。幼馴染だ」
「そうですね。クリスチーヌ様は音楽の造詣が深く、師事しているヴァイオリン奏者が、王室楽団員だったため、幼い頃から度々、我が国を訪れていましたから、私も少なからず存じております」
「いや、アランの方が同じヴァイオリン仲間で、よく知ってるだろう」
私は片手を上げ、王子を制した。
「この際、クリスチーヌ様の人柄は問題ではないのです。問題は彼女の地位です」
「だから隣国、ベルテ王国の第二王女」
「そうですね。そのベルテ王国は農業大国です。他国に農産物を輸出しており、わが国は農産物を、かの国に実に80%以上も依存しています」
「そんなに頼っているの?流石にまずいんじゃない?」
「まずいです。我が国は音楽や絵画。芸術的には優れていますが、特産品もなく、ひどく偏っています。それを是正すべく婚姻の暁には、ベルテ王国から特使を招き、大々的に農業改革を行う予定です」
「あれ、でもさっき帝国の援助を受けたって」
「帝国の最大の援助は軍事力です。前王の急逝に内乱が起こりかけたのを、帝国の援助で沈静化させたのです…と、ここまでは既に講義で習いましたよね」
「うん、アランが全部覚えていてくれるから助かるよ」
微笑む王子を思わず睨んだ。
この王子、決して頭は悪くない。
今、言ったことだって本当は覚えているが、都合が悪いから、知らないふりをしているに違いない。
(いや、待て。婚約破棄を言い出すなんて、実は王子は、本当におかしくなってしまったのか)
段々と自信がなくなってきた。
「とにかく、つまりそういうことです。
帝国は力があっても食べ物を他国に分けるほど持っていない。我が国ほどではありませんが、あちらもベルテ王国からの輸入に頼っています。わが国は芸術国家なおかげで、お金に困ってはいませんが、お金があっても、向こうが売ってくれなければ、食べ物は買えないのです」
「パンが無ければピアノを弾けばいいじゃないか」
「鍵盤でも食べるんですか?硬いですよ」
「冗談だよ」
「笑えません」
私の代わりに王子が、ふわりと笑った。私の大好きなあどけない笑顔。その笑顔が今は憎らしい。
「王子、考え直して下さい。この期に及んで、婚約破棄はあり得ません。先方の顔をつぶすことになる。沽券を潰されたベルテ王国がそっぽを向いたら、国民は飢え死にします」
「そんな大袈裟な」
「そんな大袈裟なことを貴方はしようとしているんです!わかって下さい」
もう、時間がない。
私は胸ポケットから、懐中時計を取り出した。
そろそろ馬車を出さなければパーティに間に合わない。
この短時間で、果たして王子を説得できるだろうか。
(いや、やるしかない)
私はメガネをかけ直し、懐中時計をパチリと閉じると御者に出発の合図をした。
馬車は方向が定まらぬまま走り出した。
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