婚約破棄と王子が言い出しました。今、その披露パーティに向かう馬車の中なんですが…。側近である私は全力で阻止させて頂きます。

SINSIN

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そうだ 男爵令嬢を説得しよう

焦るな、まだ時間はある

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​「ひとまず、マリー嬢に会いに行きましょう」
二股の分かれ道まで来ると、私は御者に合図を送った。馬車が道を左に折れる。
「マリー嬢を拾い、まずは話し合いましょう。時間がないので、そのままクリスチーヌ王女の元へ向かいます。馬車をもう一台手配させますから、王女に会う手前で、マリー嬢にはそちらへ移動していただきます。よろしいですか」
「わかった。もう、馬車の手配は済ませてある」
打てば響くような答えに、私は驚き、王子を見た。
「王子ご自身で? 随分手際がいいですね」
答えの代わりに、王子は不敵に微笑した。
私は言い知れぬ不安に駆られた。
「ウィル王子、一つお願いがあります」
「願い? なんだい?」
「私に、マリー嬢と二人きりで話をさせてください。ああ、馬車を降りてほしいとまでは言いません。ただ、私が彼女と話している間、一切口を挟まないでいただきたいのです」
王子は一度首を傾げたが、すぐに頷いた。
「いいだろう。私がマリーのことを一番認めてほしいのは、他ならぬ君だからね、アラン」
王子の信頼に満ちた言葉に、私は苦笑いを返した。
(やけに聞き分けがいい……)
それがかえって、私の不安を煽った。


(果たして、マリー嬢とはいかなる人物なのか)
私は自問した。
「王子、マリー嬢を一言で表せと言われたら、なんと答えますか?」
「一言? そうだな……うん、彼女は『麦』のような人だ」
「麦?」
予想外の単語に、私はその言葉を反芻した。
てっきり花にでも例えるかと思えば、麦とは。
(麦といえば……主食、パン、酒の原料。他に何がある?)
収穫期の麦畑は見事な黄金色に染まると聞くが、それを言っているのか。
(いや、確かにマリー嬢は見事な金髪だが、『麦』は貴婦人を褒める言葉ではないはずだ)
その意図を測りかねて、私はしきりに首をひねった。


​そうこうするうちに、馬車は男爵邸に到着した。王室の馬車が一台、既に待機している。
辺りはちょうど夕暮れを迎えていた。
車内に明かりが灯される。
男爵邸は、王宮に比べればかなり質素だった。だが、庭の手入れは行き届いている。
しかし、よく見れば庭に植えられているのは花ではなく、野菜だった。
​マリー嬢は侍女一人連れずに、玄関の前で待っていた。
私が馬車を降り、彼女を車内へ導く。王子の向かい、私の横に彼女が座る形で、馬車は再び走り出した。
今日のマリー嬢は、青色のドレスに、金のイヤリングとネックレスを身に着けていた。
まさに、金髪に青い瞳を持つウィル王子と同じ配色だ。
華美ではないが、仕立ては一流だ。
(さては王子、プレゼントしましたね)
自分、あるいは相手の髪や瞳の色を纏うのは、我が国の風習だ。
王族は白いジャケットと決められているが、王子の服の縁取りには、碧色の刺繍が施されている。
まさにマリー嬢の瞳の色だ。
金のボタンにしても、ご自身の髪色かと思っていたが、よく見れば王子のプラチナブロンドより色が濃い。
明らかにマリー嬢の髪色に合わせている。
(少なくとも、この衣装を仕立てる時から、王子は今回のことを計画していたに違いない)
そう気づき、私は奥歯を噛み締めた。
​正直、かなり親密だと聞きながらも、今日まで私はさほどマリー嬢を警戒してはいなかった。
というのも、彼女の破天荒ぶりを耳にしていたからだ。
先日は木に登っているのを学長に見つかり、叱られたと聞く。
その前は、怪我をした雛鳥を助けるために庭師から梯子を借り、自ら屋根に登って走り回るという大騒動を起こしていた。
確か、以前はあわや退学になりかけた、という騒動まであったはずだ。
到底、玉の輿を狙う女性の振る舞いとは思えない。
私は深く息を吸うと、改めてマリー嬢に向き合った。
​「さて、マリー様。ここにいるウィル王子は、あろうことか婚約者である隣国の王女を排し、貴女を妻に迎えると言い出しています。それは貴女もご承知の話ですか?」
私は単刀直入に切り出した。
マリー嬢はピンと背を伸ばした。目を輝かせ、クリリとした瞳を王子へ向けた。それから、私を見て、はにかむように笑った。
「嬉しいです。私は王子様が大好きです」
夢見る少女のような回答は、私を満足させるものではなかった。
私は深くため息をついた。
「私は、全く嬉しくありません」
「え……?」
マリー嬢の顔が曇った。
私は冷ややかな視線を彼女に向けた。
「驚くことですか? ウィル王子には、クリスチーヌ様という決まったお相手がいらしたのですよ。それを押しのけ、貴女は王子を奪おうとしている。そんな話を誰が喜びますか? まさか、『真実の愛』を旗頭にすれば、皆が貴女を歓迎してくれるとでも思っていたのですか?」
「奪うなんて……私、そんなつもりは……」
「その出で立ちで、そんな言い訳は通りませんよ。これから向かうのは、ウィル王子の婚約パーティです。王子の色を纏って王子と会場へ向かう。その意味が分からないはずがないでしょう」
「これはウィル様が用意してくれたのが、嬉しくて……」
「そもそも」
私は眼鏡を押し上げると続けた。
「そもそも、貴女は自分が王子に相応しいと思っているのですか?」
マリー嬢の目が泳いだ。
「王子の婚約者であるクリスチーヌ様はご存じですか?」
「はい……」
「そう、もちろんご存知でしょう。今回の婚姻のために、我が国に短期留学されていますからね。同じ学園で、すれ違うこともあるでしょう。王国の美姫と名高い彼女に憧れる女性も多いと聞きます」
「た、確かに、クリスチーヌ様は素敵です……」
その言葉に、私は重々しく頷くと語気を強めた。
「その彼女を蹴落として、貴女は王子の妻になろうとしているのですよ」
マリー嬢の体が一瞬小さく震えた。
「王子との婚姻は、一個人との結婚ではありません。いわば、国家との婚姻です。王太子と結ばれるということは、未来の王妃になるということ。それにはマリー様、貴女はあまりにも力不足だ」
「それは……身分の話ですか……?」
「そんなものは瑣末なことです。身分など、どこぞの侯爵家の養女にでもなれば、どうとでもなる。それ以前の問題です」
私はさらに声を鋭くした。
「クリスチーヌ様が良い例です。彼女は王族ですが、その血筋に相応しい教養を兼ね備えている。ヴァイオリンの腕は一流、作法も完璧。それは彼女が幼少より積み重ねてきた努力の結果です。それは、ウィル王子も同じです」
私はウィル王子を見た。
不機嫌を隠そうともしていない。
私はそれに気づかぬふりをし、マリー嬢に視線を戻した。
「マリー様、王子の日々のスケジュールをご存じですか?」
「ええ、同じクラスですから」
「それは学園の中だけの話でしょう。王子は学園に通い、生徒会長を務めながら、城に戻れば月水金は帝国から招いた講師による帝王学の特別講義、火木は政治学、土曜は語学、日曜は視察か国王陛下への随行をこなされています。日々、その予習復習に追われ、分刻みのスケジュールで寝る間も惜しんでいるのです」
「わあ、大変ですね……」
「ええ、大変なのです。私が言いたいのは、王子ですら、それほどの努力を要し、王となるべく努めているということです。翻って、貴女はどうですか?」
「私、ですか?」
「貴女の成績は優秀だと聞いています。しかし、それはあくまで座学の話。マナーやダンスは、ギリギリ及第点だとか」
マリー嬢が肩をすぼめる。
彼女に対する評価は両極端だった。寛容な者からの評価は高いが、規律を重んじる者からは低い。
当然、上位貴族ほど規律に厳しく、階級が上がるほど彼女への評価は右肩下がりだ。
「しかも、それは男爵令嬢としての評価です。下位貴族と上位貴族では、求められる水準がまるで違う。上位貴族の中に入ってしまえば、正直、貴女は落第点です」
マリー嬢の顔は半べそになっていた。だが、私は攻撃の手を緩めない。
「貴女には基礎がない。そのうえ、あまりにも時間がありません」
「時間……ですか?」
「そうです。王子が王太子になるまで、あと一年しかない。これは決定事項です。それまでに貴女は少なくとも、三ヶ国語をマスターしなければならない。死ぬ気になれば可能かもしれません。だが、それに加え、王族としてのテーブルマナー、ダンス、さらには社交術の全般を完璧にマスターしなければならない。貴女はご自身がそれを完遂できるとお思いですか?」
ここまで来ると、マリー嬢の顔はすっかり青ざめていた。
私は深く頷いた。
(誰しも王子に憧れることはあるだろう)
絵本のように、王子が迎えに来て、城で暮らす。
城に到着することがゴールなら、それはハッピーエンドだろう。
(だが、現実はそこから続くのだ)
城という、これまでとは全く異なる環境で生きていかねばならない。茨の道はそこから始まるのだ。
権謀術数を巡らせ、立ち回り、王を補佐する。それができなければ王族は務まらない。
「白鳥と同じです。優雅に見えながら、水面下で足をもがき続けなければ沈んでしまうのです」
王族や上位貴族は、それを間近で見て育ち、幼少より叩き込まれる。
絵本の世界から飛び出してきたようなマリー嬢に、クリスチーヌ王女のような立ち回りを求めるのは、土台無理な話なのだ。
「私、そんなこと考えたこともなくて……」
マリー嬢がうろたえる。
「では、今、考えてください。貴女はご自身が王妃として務まると思いますか?」
マリー嬢の目が潤んでくる。
(酷なようだが、これが現実だ)
沈黙を守っているウィル王子は、今にも掴みかからんばかりの形相で私を睨んでいる。
(恨まれたって構わない。これが正しい選択なのだ)
私は目を閉じ、再び懐中時計に目を落とした。
ベルテ王国が所有する別邸は、もう目前だった。
私は一旦、馬車を停車させた。
車輪の音が止まり、静寂が降りる。

カチカチカチ

時計の音がやけに大きく聞こえた。
マリー嬢の唇が微かに動いた。
今にも消え入りそうな小さな声が漏れる。
「私は……ウィル様が好きなだけで、王妃様になんて……なりたいわけではなくて……」
「今さら何を言い出すんですか。ウィル王子に嫁ぐということは、王の伴侶という地位を継ぐということ。この二つは切り離せませんよ!」
私は声を荒らげた。
(憎まれ役は私が引き受ける)
場合によっては、側近の座を追われるかもしれない。
それでも、彼女から辞退の言葉をもぎ取ってみせる。
私は懐中時計を、パチリと、閉じると、身を乗り出した。
「さあ、マリー様。よくお考えください。もう一度お尋ねします。貴女に王子の妻となる覚悟はありますか? 王妃として、王を支える覚悟が」
「…………」
マリー嬢はうつむいた。
外で馬のいななきが聞こえた。
長い沈黙。
その後、ようやく彼女が顔を上げる。もう、その碧の瞳に涙はなかった。

​「私には、王妃様は無理かもしれません」

​(やった!)
私は喜びに、思わず拳を握りしめかけた。だが、彼女の言葉はそこで終わらなかった。
「でも、選択肢はそれ一つだけじゃありませんよね?」
中途半端に動いた私の腕が止まった。
「……え? どういう意味です?」
「……確か、最近ありましたよね。どこかの王子様が、決められていた婚約を破棄して、王位を捨てて聖女様と結ばれたっていうお話」
(ユーカリア公国のことか!?)
一気に血の気が引いた。
深く頷く彼女を見て、私はようやく王子が彼女を『麦』と例えた意味を理解した。
(なんてことだ。マリー嬢は、とんでもなく打たれ強いのだ)
麦は踏まれれば踏まれるほど、強く根を張るという。
私は退学騒動の顛末をようやく思い出した。
(そうだ。彼女は、貧困を理由に嫌がらせをしてきた生徒たちを、ことごとく返り討ちにしたのだ……!)
弁舌を振るい、時には実力行使すら辞さずに。
私は、目の前にそびえ立った壁の高さに、焦りを禁じ得なかった。
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