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図書館試験Ⅳ
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(どうすれば良いんだ?)
と、ヘイルータンは冷や汗をおぼえていた。
依然として床文字の解読にかかっている。1日で解読できる分量ではなかった。だからこそ試験の期間は1週間も設けられているのだ。
不眠というわけにはいかない。どこかで休憩をはさむ必要がある。
どこで休めば良いのかがわからない。
図書館には窓がない。館内は魔法で照らされているが、外からの明かりが入って来ない。
今が朝なのか夜なのかが判別できないのだ。己のカラダの感覚を頼りに、疲れたときを見計らって、シッカリと休む必要がある。
(けど――)
ホントウに休んでも良いのか? それが問題である。
自分が休んでいるあいだにも、ほかの連中は解読を進めているのだ。食堂で食事にありついていた出遅れ組も、事態に気づいて解読に取りかかっていた。
休んでいるあいだに先を越されているんじゃないかと思うと、心も休まらないのだった。
あたりを見渡す。
みんなまだ、床のルーン文字に熱烈な視線を注いでいる。
みんな子どものころからルーン文字を教え込まれた秀才であり天才なのだ。そんな連中が、こんなにもたくさんいる。ここにいる人たちと差をつける要素はいったいなんだろうか。
(修練にかけた時間?)
いいや。それは違う。
それなら年齢を食っている者のほうが有利なはずである。
(天賦の才?)
いいや。それも違う。
何十年という人間の努力が、そんなもののために負けて良いはずがない。
もし才能こそが勝っていたとしても、図書館は努力できる人間こそ採用するべきだ。
その両方かもしれない。
多大な努力と天賦の才を兼ね備えた者だけが、ここで他者を出し抜くチカラを発揮するのかもしれない。
いや。
(運だ)
と、思った。
最後には結局、天運が物を言う。
どれだけ才能があっても、試験を受けられない者もいる。本番になって病気になる者だっているかもしれない。
そう考えると、この試験は、自分という人間の器そのものをはかられている気がしてくるのだった。
「ねぇ。ヘイルータン」
と、マオがヘイルータンに身を寄せてきた。女の子の甘い匂いがふわっと吹き付けてきて、ヘイルータンの頭から、解読していたルーン文字が吹き飛びそうになった。
「な、なに?」
「ここはひとつ協力しないかニャ?」
「協力? そんなことしても良いのかな」
「大丈夫。大魔導師さまから、手を組んではいけないなんて言われていないニャーよ」
「そう――だね」
問題提起すら隠している大魔導師のことだ。むしろ誰かと手を組まなければ解けない仕組みである可能性もある。
「どこまで解読してるニャ?」
「『魔術師の心得』ってところまでは読み取れたよ」
「わお。ワッチよりも速いニャーよ。読解速度でワッチが負けるなんて思わなかったニャ。ワッチは魔術師までしか読み取れてなかったニャーよ。そーか。心得ニャーね」
「魔術師までは、間違いないってことだね」
すでにヘイルータンが使っているメモ用紙は30枚目に入っていた。どれもすでにインクで真っ黒になっている。どこかで読解に間違いがあるかもしれないと不安だったから、照らし合すことが出来たのは良かった。
「ワッチは部分的に読み取ることが出来たものもあるニャ。8という数字を意味するルーン文字に、探すことを意味する文字を見出したニャーよ」
「本だ」
とヘイルータンはそう察した。
「にゃ?」
とマオは首をかしげた。
「たぶん『魔術師の心得のウンタラカンタラ第8章』か何か、そういうタイトルの本を探せってことだと思う」
ほかの受験生に訊かれないように、ヘイルータンはマオに耳打ちした。マオの耳は頭上のネコ耳だったので、そこに口を当てる必要があった。
「どうしてそう思うニャ?」
「だって、ここにあるものって本ぐらいだし、それに大魔導師さまは本を汚すなって言ったんだ。ってことは、本に触れなくちゃならないことかと思って。それに――」
「それに?」
「うん。大魔導師さまの視線の動きが気になったんだ。最初にみんなの頭上に浮かんでたとき、しきりに壁面の本棚を探ってる様子だった。だから、そこに何か隠してるのかな――って気になってたんだ」
「わお。ヘイルータンはそんなところまで見ていたニャーね」
「うん」
人の心を読むのは、カタツムリから教わった技術だ。獣たちから教わったなかでも、読心術はヘイルータンの特技のひとつだった。
ただ読心術にゼッタイはない。ときには間違えることもあるから過信は禁物だった。
当てがあった。
大魔導師の視線が長くとどまっていた場所に行くには、ラセン階段の上のほうまで上がって行く必要があった。
上に行くほど、人が少なくなる。
そりゃそうだ。床に刻まれたルーン文字の解読のために、みんな下に集まっているのだから。
ラセン階段には欄干がほどこされてあり、手すりもついていたが、身を乗り出すと落っこちてしまう。もし落っこちたら確実に命はない高さだった。
「このあたりだ」
と、ヘイルータンは踊り場で足を止めた。
大魔導師はたしかに、この踊り場あたりに視線を向けていたのだ。「魔術師の心得」「8」という単語を頼りに、適合するタイトルをの書籍を探った。
どの本も背表紙にタイトルが書かれていた。背表紙の文字もまた複雑だった。ルーン文字ではないけれど、いろんな国の言語が使われていた。
「うひゃぁ。こっちはジハーダ語。こっちはジハラジャ語にゃー。これは読めても、そっちの文字はワッチには読めないニャーよ」
「あった。これだ」
そのなかに『魔術師の心得と図書館の仕事について。第8章』という本があった。テルマイア語で書かれているので、あまり馴染のない文字だった。
「ヘイルータンは、この文字が読めるのニャ?」
「まあね」
魔窟にはすべての国の言語をあやつる言語学者の亀と、世界中の言語をしゃべれる通訳者のミミズがいたのだ。
ヘイルータンは、彼らからすべての言語を学び取っていた。ルーン文字に比べれば、現代で使われている言語なんて、さして難しいものではなかった。
「その隣に、何か変な本があるニャーよ」
「変な本?」
「ほら、タイトルの書かれていない本があるニャ」
「たしかに」
その背表紙に何も書かれていない本を手にとってみた。すると表紙には「問2」と書かれていた。
「あ、きっとこれニャーね。問2ってことは、問題がまだ続くってことニャーよ。何が書かれているニャ?」
とマオが顔を寄せてきたので、ヘイルータンはすこし上体をそらす必要があった。
「開けてみるよ」
問2と書かれた本を開けてみると、そこにはまたしてもルーン文字が記されていた。
「次はこれを解読しろってことニャーね」
「また何か本を探せってことだと思う。部分的に読み取っていこう。大丈夫。大魔導師さまの視線は覚えてるから、次の本もどこにあるか、だいたいわかるから」
「ワッチはどうやら、協力者に大当たりを引いてしまったみたいニャ」
と、マオはヘイルータンに抱きついてきた。
マオは布を巻きつけているだけの薄い服装だったので、やわらかい肉の感触がヘイルータンを動転させた。
と、ヘイルータンは冷や汗をおぼえていた。
依然として床文字の解読にかかっている。1日で解読できる分量ではなかった。だからこそ試験の期間は1週間も設けられているのだ。
不眠というわけにはいかない。どこかで休憩をはさむ必要がある。
どこで休めば良いのかがわからない。
図書館には窓がない。館内は魔法で照らされているが、外からの明かりが入って来ない。
今が朝なのか夜なのかが判別できないのだ。己のカラダの感覚を頼りに、疲れたときを見計らって、シッカリと休む必要がある。
(けど――)
ホントウに休んでも良いのか? それが問題である。
自分が休んでいるあいだにも、ほかの連中は解読を進めているのだ。食堂で食事にありついていた出遅れ組も、事態に気づいて解読に取りかかっていた。
休んでいるあいだに先を越されているんじゃないかと思うと、心も休まらないのだった。
あたりを見渡す。
みんなまだ、床のルーン文字に熱烈な視線を注いでいる。
みんな子どものころからルーン文字を教え込まれた秀才であり天才なのだ。そんな連中が、こんなにもたくさんいる。ここにいる人たちと差をつける要素はいったいなんだろうか。
(修練にかけた時間?)
いいや。それは違う。
それなら年齢を食っている者のほうが有利なはずである。
(天賦の才?)
いいや。それも違う。
何十年という人間の努力が、そんなもののために負けて良いはずがない。
もし才能こそが勝っていたとしても、図書館は努力できる人間こそ採用するべきだ。
その両方かもしれない。
多大な努力と天賦の才を兼ね備えた者だけが、ここで他者を出し抜くチカラを発揮するのかもしれない。
いや。
(運だ)
と、思った。
最後には結局、天運が物を言う。
どれだけ才能があっても、試験を受けられない者もいる。本番になって病気になる者だっているかもしれない。
そう考えると、この試験は、自分という人間の器そのものをはかられている気がしてくるのだった。
「ねぇ。ヘイルータン」
と、マオがヘイルータンに身を寄せてきた。女の子の甘い匂いがふわっと吹き付けてきて、ヘイルータンの頭から、解読していたルーン文字が吹き飛びそうになった。
「な、なに?」
「ここはひとつ協力しないかニャ?」
「協力? そんなことしても良いのかな」
「大丈夫。大魔導師さまから、手を組んではいけないなんて言われていないニャーよ」
「そう――だね」
問題提起すら隠している大魔導師のことだ。むしろ誰かと手を組まなければ解けない仕組みである可能性もある。
「どこまで解読してるニャ?」
「『魔術師の心得』ってところまでは読み取れたよ」
「わお。ワッチよりも速いニャーよ。読解速度でワッチが負けるなんて思わなかったニャ。ワッチは魔術師までしか読み取れてなかったニャーよ。そーか。心得ニャーね」
「魔術師までは、間違いないってことだね」
すでにヘイルータンが使っているメモ用紙は30枚目に入っていた。どれもすでにインクで真っ黒になっている。どこかで読解に間違いがあるかもしれないと不安だったから、照らし合すことが出来たのは良かった。
「ワッチは部分的に読み取ることが出来たものもあるニャ。8という数字を意味するルーン文字に、探すことを意味する文字を見出したニャーよ」
「本だ」
とヘイルータンはそう察した。
「にゃ?」
とマオは首をかしげた。
「たぶん『魔術師の心得のウンタラカンタラ第8章』か何か、そういうタイトルの本を探せってことだと思う」
ほかの受験生に訊かれないように、ヘイルータンはマオに耳打ちした。マオの耳は頭上のネコ耳だったので、そこに口を当てる必要があった。
「どうしてそう思うニャ?」
「だって、ここにあるものって本ぐらいだし、それに大魔導師さまは本を汚すなって言ったんだ。ってことは、本に触れなくちゃならないことかと思って。それに――」
「それに?」
「うん。大魔導師さまの視線の動きが気になったんだ。最初にみんなの頭上に浮かんでたとき、しきりに壁面の本棚を探ってる様子だった。だから、そこに何か隠してるのかな――って気になってたんだ」
「わお。ヘイルータンはそんなところまで見ていたニャーね」
「うん」
人の心を読むのは、カタツムリから教わった技術だ。獣たちから教わったなかでも、読心術はヘイルータンの特技のひとつだった。
ただ読心術にゼッタイはない。ときには間違えることもあるから過信は禁物だった。
当てがあった。
大魔導師の視線が長くとどまっていた場所に行くには、ラセン階段の上のほうまで上がって行く必要があった。
上に行くほど、人が少なくなる。
そりゃそうだ。床に刻まれたルーン文字の解読のために、みんな下に集まっているのだから。
ラセン階段には欄干がほどこされてあり、手すりもついていたが、身を乗り出すと落っこちてしまう。もし落っこちたら確実に命はない高さだった。
「このあたりだ」
と、ヘイルータンは踊り場で足を止めた。
大魔導師はたしかに、この踊り場あたりに視線を向けていたのだ。「魔術師の心得」「8」という単語を頼りに、適合するタイトルをの書籍を探った。
どの本も背表紙にタイトルが書かれていた。背表紙の文字もまた複雑だった。ルーン文字ではないけれど、いろんな国の言語が使われていた。
「うひゃぁ。こっちはジハーダ語。こっちはジハラジャ語にゃー。これは読めても、そっちの文字はワッチには読めないニャーよ」
「あった。これだ」
そのなかに『魔術師の心得と図書館の仕事について。第8章』という本があった。テルマイア語で書かれているので、あまり馴染のない文字だった。
「ヘイルータンは、この文字が読めるのニャ?」
「まあね」
魔窟にはすべての国の言語をあやつる言語学者の亀と、世界中の言語をしゃべれる通訳者のミミズがいたのだ。
ヘイルータンは、彼らからすべての言語を学び取っていた。ルーン文字に比べれば、現代で使われている言語なんて、さして難しいものではなかった。
「その隣に、何か変な本があるニャーよ」
「変な本?」
「ほら、タイトルの書かれていない本があるニャ」
「たしかに」
その背表紙に何も書かれていない本を手にとってみた。すると表紙には「問2」と書かれていた。
「あ、きっとこれニャーね。問2ってことは、問題がまだ続くってことニャーよ。何が書かれているニャ?」
とマオが顔を寄せてきたので、ヘイルータンはすこし上体をそらす必要があった。
「開けてみるよ」
問2と書かれた本を開けてみると、そこにはまたしてもルーン文字が記されていた。
「次はこれを解読しろってことニャーね」
「また何か本を探せってことだと思う。部分的に読み取っていこう。大丈夫。大魔導師さまの視線は覚えてるから、次の本もどこにあるか、だいたいわかるから」
「ワッチはどうやら、協力者に大当たりを引いてしまったみたいニャ」
と、マオはヘイルータンに抱きついてきた。
マオは布を巻きつけているだけの薄い服装だったので、やわらかい肉の感触がヘイルータンを動転させた。
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