捨てられ聖女の私が本当の幸せに気付くまで

海空里和

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4. 逃亡

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「ぐあっ!」
「うわっ!」

 抜け道を通って私たちは神殿の裏側へと出た。そこで数人の騎士と出くわしたが、オーウェンが光の速さで気絶させてしまった。

 うん。私の護衛、強すぎない?

 改めて私の護衛に収まる彼の能力がもったいないなあ、と思いながら、オーウェンの用意した荷馬車に乗り込んだ。

「このまま一気に国境沿いまで行きますよ!」

 走り出した馬車はそのまま王都を飛び出した。



「ねえ、何でこんなに準備がいいの?」

 ガタゴトと揺れる馬車を運転するのはオーウェン。なので荷台に彼はいないので私は独り言ちた。

 布で覆われた荷台の中には、ふかふかのマットレスと毛布。明らかに妊婦である彼女の身体に負担をかけないように用意された物。

「ミア……といったかしら?」

 振り返った私に彼女がびくりと身体を震わせた。

 ミアが何に怯えているのかわからない。でも。

「とりあえず、ここで休んで」
「えっ――?! そんな、アデリーナ様こそ……」

 驚いた表情のミアの身体をそっとマットレスの方へやる。

「私は聖堂の床で寝泊まりしたこともあるから平気よ」
「えっ!」

 意外そうに驚くミアをマットレスに横たわらせる。

 瘴気の浄化に休みは無い。毎日何時間もかけて行う。酷いときは夜通し行う時だってあった。

(偽聖女、かあ……)

 今まで国のために尽くしてきたことを軽んじられ、バカ王子には改めてがっかりした。歴代の大聖女たちに対する侮辱だ。

 大聖女がラヴァル王国を守っている、というのは語り継がれてきた。しかし、実際に何をしているのかは平和と共に知る者は減った。皆、興味を失い、知ろうともしない。

 目に見える治癒の奇跡すら当たり前に与えられる物だと信じている。

 魔物の脅威にわざわざ国民を怯えさせることは無い、という陛下の配慮には私も同意していた。

 それは平和な証拠なのだと。

 気味悪いと蔑まれようが、石を投げられようが、王妃になる頃には皆わかってくれると期待した。

(もうこの国は限界だったのかもしれないわね)

 ぬるま湯に浸かり、腐っていくこの国を何とかしたかった。

 治癒の奇跡で潤うこの国は、隣国で暮らす人々が魔物に苦しみ、孤児が生まれることさえ知らない。知ろうとさえしないのだ。

「あの……あなたを誤解していました。すみません」

 横になったミアが私に視線を向けて言った。

「誤解?」

 色々言われていたのは知っている。それでも平気なそぶりで彼女を見た。

「ヘンリー殿下が婚約者のアデリーナ様は我儘で冷たくて大聖女の仕事もしない悪女だと……」
「何ですってえ?!」

 思わず叫んでしまった。

(女遊びだけじゃなく、人の悪口まで広めていたなんて、あのバカ王子!!)

 口の悪さをオーウェンには注意したけど、もう国を出るし、ま、いっかと思うことにした。

「あなたの事情は無理には聞かない。でも、ミアの命の、お腹の子のためにも一緒に隣国へ連れて行くけど、いい?」

 私は改めてミアに向き直って言った。

 すると彼女はずっと張りつめていた表情を緩める。

「はい……。ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いいたします」
「その子が生まれるまで……ミアがちゃんと暮らしていけるまで面倒みるから安心して! 旦那さんもそのうち呼び寄せるし……」

 彼女がやっと心を許してくれたようで私は嬉しくなった。

 でもミアは私の顔を見て悲しそうにすると、「ごめんなさい……」と言って眠りに落ちた。

「疲れが出たのね」

 眠ったミアの目尻には涙が滲んでいた。

 その涙を指で拭い、彼女を見つめる。

(ミアにはまだ言えない秘密がありそうね)

 成り行きで助けたけど、王国の騎士団が動くのは王族のためだけ。

(メイド時代に何かあったのかしら? ……まさかね)

 彼女の大きなお腹を見て、ありえない想像をした。

 あのバカ王子が手を出していたのは、デビュタントを迎えた貴族令嬢のみ。

 それに、バカなりに避妊はちゃんとしていたようで。しかも彼の好みは低層貴族の令嬢ばかりで、陛下もお金を握らせ黙らせられたのはそのため。高位貴族だったならば、妃にと迫られ、陛下も無視出来ない問題になっていただろう。

 ミアはメイドだった。身なりを見るに、平民出身だろう。バカ王子との接点も無い。


 馬車はほとんど休むこと無く、二日間走り続けた。

 オーウェンが用意した食事を取りながら、私と彼が運転を変わりながら、馬車はついに元エルノー侯爵領に入る。

 すうすうと眠るミアを見ながら、体調が安定していることに安堵する。

 妊婦さんを長時間馬車に乗せることに不安だったが、オーウェンが用意してくれたふかふかマットレスのおかげだ。

 考え込んでいると、馬車がガコンと止まった。

「オーウェン、どうしたの?」

 荷台の布をめくり、御者台にいる彼のほうへ顔を出す。

 外はすっかり暗くなっていたが、月明かりが道を照らしている。

「お嬢、この地は最近、王国の騎士がうろついてるらしいので、ここからは慎重に行きます」
「え?!」

 追手はまだ追いつかないはず。王都を出る時に騎士はオーウェンが倒したし、彼の運転技術に着いて来られる者はいない。

 エルノー侯爵領は国境沿いで小さいながらも、それなりに人々が暮らしていた。王都管轄になってからは領民も出て行き、更地にされていると聞いた。それでも平和なラヴァルは、国境に騎士を配置しなかった。

「いまさら?」

 家の明かりなんてない。夜空の光だけが瞬く変わり果てた私の故郷。

 虚しさからそんな言葉が出た。

「う~ん、探ってみようと思ったんですけど、やばそうだったんで止めたんですよね」

 よいしょ、と出っ張りに足をかけ、オーウェンの隣に移る。彼はそんな私を横目で確認してから、今度はゆっくりと馬車を走らせた。

「そっか」

 動きだした馬車の上から見る故郷は本当に何も無くて。ぽつりと溢した私の言葉だけが闇に溶けていった。


 それから私たちは見通しの良い道を避け、森の中を進んだ。

 途中で馬車を乗り捨て、木々で隠す。眠るミアをオーウェンがおんぶし、道を進んで行く。

 私たちの故郷なので土地勘はあった。騎士たちに出くわさないように、正規の検問所からは大きく逸れ、オルレアンの騎士たちが常駐している場所を目指す。

「世話になった騎士が誰か一人でもいるでしょう」

 楽観的だと思いつつも、オーウェンが言う希望に私もかけるしかなかった。

 
「あっちが騒がしいですね」

 オルレアンの国境がすぐそこまで見える所まで来ると、オーウェンが声をひそめて言った。

「いたか!」
「あっちに逃げたぞ!」

 少し高い位置から木に身を隠しながら私たちは騒がしいほうを覗く。

「誰か探してる……?」
「でも俺たちじゃないっすね。獣か何かか? ま、今のうちに行きましょ」

 数人の騎士たちが反対方向に駆けて行くのを見送り、オーウェンが歩き出す。

 私も続いて歩き出した時だった。

 ――――助けて!!

「オーウェン、何か言った?」

 ふいに聞こえた声に、前を歩くオーウェンを呼び止める。

「? どーしたんすか、お嬢」

 オーウェンではなかった。

 ――助けて、だれか……オルレアンの騎士たち!!

(オルレアン?)

 はっきりと聞こえる声に私は立ち止まる。

「お嬢? 暗いうちに早く行かないと……」

 振り返ったオーウェンに私は近寄り、急いでヒソヒソと話す。

「オーウェン、ミアを先に駐在所まで届けるのよ」
「は? お嬢、何言ってんすか?」
「誰かが助けを呼んでる! 行かなきゃ!」
「あ、お嬢!!」

 呼び止めるオーウェンに「必ずよ!」と言い残し、私は声のする方へと走り出した。

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