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2.悪女として
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リリー・グランジュ侯爵令嬢、それが私の肩書きらしい。
目の前で私の記憶喪失を疑いながらも、婚約者様が教えてくれた。
「あの、それでアンディ様……」
「っ!?」
アンディ・ハークロウ侯爵令息様。
聖騎士団団長で私の婚約者であると教えてくれた彼を名前で呼べば、変な顔をされてしまった。
「あの……?」
ダメだったのかと彼の顔を窺えば、アンディ様は鋭い瞳でこちらを見た。
「アンとは呼ばないのか?」
彼の愛称だろうか。婚約者ならば、呼び方もあるのかもしれない。
「そうお呼びしたほうが……?」
「やめてくれ!!」
光の速さで否定されてしまった。
ならば、どうして愛称を教えてくれたのか。人差し指を頭に付けて考え込む。
「……俺の容姿が綺麗で女のようだと、愛称も女のようだとよくからかっていただろう」
「ええ! そんな酷いことを誰が!」
「君がだ!」
「ええええ!?」
アンディ様のツッコミに驚く。
(うーん、この美人さんは、性格も悪かったみたいです)
つくづく、自分とは真逆な人物に転生してしまったのだと驚きっぱなしだ。
(美人さんなのに、もったいないです)
「おい?」
黙り込んだ私をアンディ様が覗き込む。そのお顔は少しだけ赤い。「アン」と呼ばれることがよっぽど屈辱的だったらしい。
「すみません。アンディ様は綺麗なお顔でイケメンさんだとは思いますが、女性のようだとは思いません。きっと過去の私は、素敵すぎるあなたに恥ずかしくて、素直になれなかったのだと思います」
「なっ!?」
今度はアンディ様のお顔が完全に真っ赤になった。
さっきから冷たい表情ばかりだったので意外だ。
「失礼します」
部屋のドアがノックされると同時に、メイド服姿の女の子が入って来た。
「お嬢様……本当に目を覚まされたのですね」
ワゴンにお水を乗せて運んで来た子は、赤茶色の髪をお団子に結わえ、同じ色の真ん丸な目をこちらに向けた。
「俺が水を持って来るよう頼んだんだ」
「いつの間に!?」
目をぱちくりさせる私にアンディ様が説明してくれた。
「喉が渇いていたので、嬉しいです! ありがとうございます!」
「えっ!!」
「え?」
メイドの子にお礼を伝えれば、彼女は怯えた顔でこちらを凝視していた。私は首を傾げる。
「……あとは俺がやっておくから下がっていい」
「はっ、はい! 失礼いたします」
アンディ様がメイドからワゴンを引き継ぐと、彼女は思いっきり頭を下げ、慌てて部屋を出て行った。
「行ってしまいました……」
ぽかんと彼女が出て行った扉を見つめていると、アンディ様から溜息が漏れた。
「君が使用人に厳しくあたっているからだろう」
どうやら私は彼女にもひどいことをしているらしい。
「他家のことに口出しはできないが、使用人に過度な罰を与えるのはどうかと思う」
「過度な罰?」
人差し指を頭に付けて考える私に、アンディ様が侮蔑の目を向ける。
「飯抜きや鞭打ちを罰と称していただろう」
「ええええ!? 何ですか、それ! ひどいですね!?」
「君がやったんだろう!」
また突っ込まれてしまった。
(リリーってば、相当人に恨まれそうなことをしていますね)
脇腹がじくりと痛い。リリーは他にも悪いことをたくさんしているのだろう。それこそ、アンディ様が捕らえたいと思うほどに。
(刺されるほどですものね)
ふうと息を吐くと、アンディ様が水の入ったカップを私に差し出してくれた。
先ほどまで顔を赤くしていた彼の、そのアッシュグレーの瞳の奥はすでに冷ややかだった。
「……記憶が失われたからと言って、君がしてきたことが許されるわけではない」
記憶を失ったという私の話を信じたのか、それともまだ疑っているのか。
「……わかっています。だからこそ、私は記憶を取り戻さないといけません」
アンディ様からカップを受け取ると、私は彼を見据えて言った。
転生した私に記憶は無い。それでも、私が、この身体がひどいことをしてきたのはわかった。
(許されるとは思いません。それでも、償うことはしないとです)
前世の記憶を思い出したその意味を私は見出していた。
「本当に償う気があるのなら、早く牢屋に入ることだ」
アンディ様は真っ直ぐに私を見たまま言った。
「……それでは逃げているのと一緒です。己の罪を認め、その上でやるべきことはあります。牢屋に行くのは最後です」
私も目を逸らさず、自分の考えを伝えた。
「……ならば俺が最後まで見届けてやろう。婚約者としての最後の責務だ」
アンディ様は少し逡巡すると、表情を崩さずに言ってくれた。
「…………っ! ありがとうございます! アンディ様!」
私は嬉しくて、笑顔でお礼を言った。
これは私が一人でやるべきこと。それなのに、アンディ様は見届けると言ってくれた。
自分で決めたこととはいえ、まだこの世界のこと、自分のことを理解していなくて不安だった。
「――――っ」
アンディ様が背を向けて私に問いかける。
「なぜ……礼を言う?」
「? 記憶がなくて私は不安でした。でもアンディ様が見届けてくださると言うのなら、私は一人じゃないんだと思えます」
思ったことを素直に口にした。
「明日も来る!」
アンディ様は一瞬黙ると、それだけ言って部屋を出て行ってしまった。
「明日も来てくれるんですねえ」
この世界の人で初めてお会いした、私の婚約者らしい人。
彼の優しさにふわふわしながらも、私は明日が待ち遠しくなった。
目の前で私の記憶喪失を疑いながらも、婚約者様が教えてくれた。
「あの、それでアンディ様……」
「っ!?」
アンディ・ハークロウ侯爵令息様。
聖騎士団団長で私の婚約者であると教えてくれた彼を名前で呼べば、変な顔をされてしまった。
「あの……?」
ダメだったのかと彼の顔を窺えば、アンディ様は鋭い瞳でこちらを見た。
「アンとは呼ばないのか?」
彼の愛称だろうか。婚約者ならば、呼び方もあるのかもしれない。
「そうお呼びしたほうが……?」
「やめてくれ!!」
光の速さで否定されてしまった。
ならば、どうして愛称を教えてくれたのか。人差し指を頭に付けて考え込む。
「……俺の容姿が綺麗で女のようだと、愛称も女のようだとよくからかっていただろう」
「ええ! そんな酷いことを誰が!」
「君がだ!」
「ええええ!?」
アンディ様のツッコミに驚く。
(うーん、この美人さんは、性格も悪かったみたいです)
つくづく、自分とは真逆な人物に転生してしまったのだと驚きっぱなしだ。
(美人さんなのに、もったいないです)
「おい?」
黙り込んだ私をアンディ様が覗き込む。そのお顔は少しだけ赤い。「アン」と呼ばれることがよっぽど屈辱的だったらしい。
「すみません。アンディ様は綺麗なお顔でイケメンさんだとは思いますが、女性のようだとは思いません。きっと過去の私は、素敵すぎるあなたに恥ずかしくて、素直になれなかったのだと思います」
「なっ!?」
今度はアンディ様のお顔が完全に真っ赤になった。
さっきから冷たい表情ばかりだったので意外だ。
「失礼します」
部屋のドアがノックされると同時に、メイド服姿の女の子が入って来た。
「お嬢様……本当に目を覚まされたのですね」
ワゴンにお水を乗せて運んで来た子は、赤茶色の髪をお団子に結わえ、同じ色の真ん丸な目をこちらに向けた。
「俺が水を持って来るよう頼んだんだ」
「いつの間に!?」
目をぱちくりさせる私にアンディ様が説明してくれた。
「喉が渇いていたので、嬉しいです! ありがとうございます!」
「えっ!!」
「え?」
メイドの子にお礼を伝えれば、彼女は怯えた顔でこちらを凝視していた。私は首を傾げる。
「……あとは俺がやっておくから下がっていい」
「はっ、はい! 失礼いたします」
アンディ様がメイドからワゴンを引き継ぐと、彼女は思いっきり頭を下げ、慌てて部屋を出て行った。
「行ってしまいました……」
ぽかんと彼女が出て行った扉を見つめていると、アンディ様から溜息が漏れた。
「君が使用人に厳しくあたっているからだろう」
どうやら私は彼女にもひどいことをしているらしい。
「他家のことに口出しはできないが、使用人に過度な罰を与えるのはどうかと思う」
「過度な罰?」
人差し指を頭に付けて考える私に、アンディ様が侮蔑の目を向ける。
「飯抜きや鞭打ちを罰と称していただろう」
「ええええ!? 何ですか、それ! ひどいですね!?」
「君がやったんだろう!」
また突っ込まれてしまった。
(リリーってば、相当人に恨まれそうなことをしていますね)
脇腹がじくりと痛い。リリーは他にも悪いことをたくさんしているのだろう。それこそ、アンディ様が捕らえたいと思うほどに。
(刺されるほどですものね)
ふうと息を吐くと、アンディ様が水の入ったカップを私に差し出してくれた。
先ほどまで顔を赤くしていた彼の、そのアッシュグレーの瞳の奥はすでに冷ややかだった。
「……記憶が失われたからと言って、君がしてきたことが許されるわけではない」
記憶を失ったという私の話を信じたのか、それともまだ疑っているのか。
「……わかっています。だからこそ、私は記憶を取り戻さないといけません」
アンディ様からカップを受け取ると、私は彼を見据えて言った。
転生した私に記憶は無い。それでも、私が、この身体がひどいことをしてきたのはわかった。
(許されるとは思いません。それでも、償うことはしないとです)
前世の記憶を思い出したその意味を私は見出していた。
「本当に償う気があるのなら、早く牢屋に入ることだ」
アンディ様は真っ直ぐに私を見たまま言った。
「……それでは逃げているのと一緒です。己の罪を認め、その上でやるべきことはあります。牢屋に行くのは最後です」
私も目を逸らさず、自分の考えを伝えた。
「……ならば俺が最後まで見届けてやろう。婚約者としての最後の責務だ」
アンディ様は少し逡巡すると、表情を崩さずに言ってくれた。
「…………っ! ありがとうございます! アンディ様!」
私は嬉しくて、笑顔でお礼を言った。
これは私が一人でやるべきこと。それなのに、アンディ様は見届けると言ってくれた。
自分で決めたこととはいえ、まだこの世界のこと、自分のことを理解していなくて不安だった。
「――――っ」
アンディ様が背を向けて私に問いかける。
「なぜ……礼を言う?」
「? 記憶がなくて私は不安でした。でもアンディ様が見届けてくださると言うのなら、私は一人じゃないんだと思えます」
思ったことを素直に口にした。
「明日も来る!」
アンディ様は一瞬黙ると、それだけ言って部屋を出て行ってしまった。
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