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第一章
06
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王城の教会へついたルナレイアたちは、まず、責任者である大司祭を探した。この教会には総司祭、枢機卿はおらず、次点の大司祭が責任者なのだ。
聖女レイの教育も、大司祭が担当している。
「こんにちは。大司祭様」
「おお、ユスティ殿。今日はどういったご要件で?」
ルナレイアの方をちらりと見た大神官。その姿は、ルナレイアが予想していた肥えた豚のような姿ではなく、スラリとした体型のおじさまだった。あちらの世界と違う。ルナレイアはそう感じた。あちらの世界には、富と権力を貪り、体を肥え太らせた神官ばかりだったのだ。
「まず、こちらの子を紹介しよう。この子はルナレイア」
「ご紹介に預かりました、ルナレイア・リュミエールでございます。ご覧のとおり、聖女ですわ。光魔法、聖魔法、どちらも使用できます。よろしくお願いいたします」
成人した教会に所属していない聖女を見たのは初めてだったのだろう。大司祭の目が見開かれた。
「これはこれは。私は大司祭の位を頂いています、ルフレ・リュウールと申します。そのお色、正しく聖女様でありましょう。して、ご要件は聖女様のことでしょう?」
「うん。いろいろ事情があって、こっちに来たんだ。詳しくはフォルカ陛下から聞いてほしい。で、この子は今魔力が枯渇している。まあ多少は回復しているけど、まだ足りない状態だ。そこで、聖水を分けて欲しいんだ。もちろん、ただでとは言わない。聖女であるルナレイアがけが人の治療をする。だめかな?」
ユスティは言葉を切って、大司祭の顔を伺った。
「かしこまりました。フォルカ陛下のお墨付きとあらば、問題ないでしょう。後ほど詳細を確認させていただきます。聖女様、ご案内してもよろしいでしょうか?」
「ええ、お願いしますわ」
ルナレイアたちは、大司祭に案内されて、聖堂へ向かった。主聖堂ではなく、小聖堂だ。小聖堂には丸い机と、椅子がいくつか。聖女と患者たちが座れるようにだろうか。それと、急患用だと思われるベッドがあった。
「ただいま聖水で紅茶を入れさせます。ひどい怪我をしている患者からこちらの部屋に移動させますので、少々お待ちください」
大司祭は出ていき、入れ替わりに、修道女が紅茶を持って現れた。
「お待たせいたしました。紅茶をどうぞ」
「ありがとう」
目の前で注がれた紅茶は、良い味がした。ルナレイアは、久しぶりに、美味しい聖水の紅茶を飲んだような気がした。
「おいしいわ」
「お口にあったようで何よりです。患者たちを入れさせてもよろしいでしょうか?」
「ええ」
修道女は、大司祭と患者たちを部屋へ案内した。足を膝の先から欠損した者、片腕がない者、顔全体に火傷と思われし痕がついている者など、ひどい怪我をした者ばかりだ。
「……治りますか?」
ひとりの怪我人が、不安そうにルナレイアに訊ねた。足や腕を欠損したりすると、仕事も思うようにできないのだろう。暮らしも、元のようにはいかないはずだ。
「ええ、治りますわ」
怪我人は、20人ほどだった。これなら問題ない。ルナレイアはそう思い、魔法を使うことにした。
「では、魔法を使います。――彼のものたちを癒したまえ。グランツ・ヒーリング・サークル」
ルナレイアの魔法によって、小聖堂に神聖な光が満ち、怪我を治していく。
五分ほど経った頃、光は霧散していった。20人もの怪我人たちの怪我は、全て治っていた。お礼の言葉を口にして、元怪我人たちは修道女の後について小聖堂から立ち去った。
「これほどまでの聖女様がいらっしゃるとは……。存じ上げず、お恥ずかしい限りです」
「この子はつい先日こちらに来たばかりですから、仕方ないですよ」
でも、とユスティはルナレイアに言う。
「まさか、これほどまでとは思わなかったよ。患者さん、いなくなっちゃったよ?」
「あら。痛みから早く開放して差し上げましょうと思いましたの。それに、たくさんお話もできますわ」
ユスティは少し責めるような目でルナレイアを見たが、にっこり笑って返されてしまった。
ルナレイアは、ついでに聖女であるレイに会おうと思っているのだ。
「そういえば、神殿には聖女さまがいらっしゃると聞きましたの。同じ聖女ということで、お会いしたいのです。会うことは可能でしょうか?」
わざとらしく今思い出したかのように言うルナレイアを、ユスティは止めにかかったが、微笑んで流されてしまった。
大司祭は顎に手を当て、考えた。
「……ふむ。聖女様は今、光魔法の練習をしておられます。同じ聖女様にお会いできるならよい勉強となるでしょう。お連れいたしますので、少しお待ち頂けますでしょうか」
「ええ、無理を言って申し訳ございません。よろしくお願いします」
ルナレイアはふんわりと微笑んで、お願いした。笑顔を向けられた大神官は舞い上がり、いそいそと聖女を呼びに行った。
「ふふ。聖女さまにお会いできるそうですよ。ユスティさま」
そう言われたユスティは、ため息をついた。
「はあ。君は最初から、こうするつもりだったんだね? 悪い子だ」
「あらあら。違いますわよ。怪我をされている方が少ないようでしたらこうしようと思っていただけで、多かったら普通に回復させて終わりにしようと思っておりました」
口論になりかけるが、今回はルナレイアの方が上手だったようだ。しかたないな、とユスティは苦笑した。
「そういえば、あの人数は君にとって少ない、になるのかい? こちらでは一人の神官には精一杯の人数なんだけど」
「わたくしの世界でも、神官さまにとっては大変な人数でした。でもわたくし、これでも聖女ですから。あのくらい、朝飯前、というやつです」
「聖女様が朝飯前って……ふふっ」
どうやらツボに入ったようで、笑いが止まらなくなってしまったユスティ。
「もう、そんなに笑わなくてもいいじゃないですか。ひどいです」
ルナレイアは少しむくれた。
「ごめんごめん、おもしろくって……」
「……聖女さまに、早くお会いしたいです」
ふと真顔になって、遠い目をして言うルナレイア。どうして? とユスティは聞いた。
「こちらの神殿は、わたくしが存じているモノとはなにか違います。というか、こちらの神殿の方は、不正などされないのでしょう。王とも軋轢がないのでしょう。わたくしは、王であるお父さまと、枢機卿が言い争う様を、何度か拝見しておりました」
リュミエール王国が存続していた、弊害でしょうか。と、ルナレイアは寂しそうに言った。
「……それは」
ユスティには、かける言葉が見当たらなかった。
「お待たせいたしました。聖女様を、お連れいたしました」
そんな時、大司祭の声が広間に響いた。
「まあ、ありがとうございます。あなたが、こちらのせいじょさ……」
ルナレイアは、言葉を途中で切ってしまった。聖女であるレイを目にしたとたんに。
「わたくしが、もうひとりいます……」
何かに取り憑かれたように、レイに近づいた。
「ちかよらないで!!」
レイは、ルナレイアを拒絶した。だが、ルナレイアは拒絶されても、レイを抱きしめて、その瞳を覗き込んだ。
「いいえ、拒絶してはいけません。わたくしは、あなた。あなたは、わたくし。ふたりでひとりとなるのです。さあ、もうひとりのわたくし。わたくしに、帰っておいでなさい……」
その言葉をきっかけとしたのか、レイの体は少しずつ薄くなり、粒子になり始めてしまった。
「いや! わたしはわたしなの! あなたなんかじゃない! はなして! 消えたくない!」
レイはルナレイアを拒絶する。その様子を見て、ユスティは二人を引き離した。どこからそんな力が出たのか、なかなか引き離せなかったが、大司祭にも手伝ってもらって、引き離した。そしてようやく、レイの粒子になりかけた体は、元に戻った。
「ルナレイア、どうしたんだい? それに、二人で一人だなんて……」
ユスティは、心配そうにルナレイアに問いかけた。
「……わたくしは、いま、何を……」
呆然と、レイを見つめるルナレイア。レイは、ルナレイアを睨みつけていた。
「申し訳ございません、レイさま。わたくし、どうにかしていたようです。もう二度と、先ほどのようなことは致しません。睨むのをやめていだだけませんか?」
それでもまだ、レイは睨むのをやめない。見かねたユスティが、間に入った。
「何が起こったのかよくわからないけど、ルナレイアには後で話を聞くとして、レイ。ごめんね、久しぶりに会ったのにこんなことになって。このお姉さんは悪い人じゃないってわかってほしい。詳しいことは、また明日にでも君にちゃんと話す。それじゃダメかな?」
「……ユスティさまがそういうなら、仕方ないです。あした、ちゃんと理由をおきかせください」
「ああ、もちろん。じゃあ、また明日」
レイは事情を飲み込めていない大神官に手を引かれて、小聖堂を去った。
聖女レイの教育も、大司祭が担当している。
「こんにちは。大司祭様」
「おお、ユスティ殿。今日はどういったご要件で?」
ルナレイアの方をちらりと見た大神官。その姿は、ルナレイアが予想していた肥えた豚のような姿ではなく、スラリとした体型のおじさまだった。あちらの世界と違う。ルナレイアはそう感じた。あちらの世界には、富と権力を貪り、体を肥え太らせた神官ばかりだったのだ。
「まず、こちらの子を紹介しよう。この子はルナレイア」
「ご紹介に預かりました、ルナレイア・リュミエールでございます。ご覧のとおり、聖女ですわ。光魔法、聖魔法、どちらも使用できます。よろしくお願いいたします」
成人した教会に所属していない聖女を見たのは初めてだったのだろう。大司祭の目が見開かれた。
「これはこれは。私は大司祭の位を頂いています、ルフレ・リュウールと申します。そのお色、正しく聖女様でありましょう。して、ご要件は聖女様のことでしょう?」
「うん。いろいろ事情があって、こっちに来たんだ。詳しくはフォルカ陛下から聞いてほしい。で、この子は今魔力が枯渇している。まあ多少は回復しているけど、まだ足りない状態だ。そこで、聖水を分けて欲しいんだ。もちろん、ただでとは言わない。聖女であるルナレイアがけが人の治療をする。だめかな?」
ユスティは言葉を切って、大司祭の顔を伺った。
「かしこまりました。フォルカ陛下のお墨付きとあらば、問題ないでしょう。後ほど詳細を確認させていただきます。聖女様、ご案内してもよろしいでしょうか?」
「ええ、お願いしますわ」
ルナレイアたちは、大司祭に案内されて、聖堂へ向かった。主聖堂ではなく、小聖堂だ。小聖堂には丸い机と、椅子がいくつか。聖女と患者たちが座れるようにだろうか。それと、急患用だと思われるベッドがあった。
「ただいま聖水で紅茶を入れさせます。ひどい怪我をしている患者からこちらの部屋に移動させますので、少々お待ちください」
大司祭は出ていき、入れ替わりに、修道女が紅茶を持って現れた。
「お待たせいたしました。紅茶をどうぞ」
「ありがとう」
目の前で注がれた紅茶は、良い味がした。ルナレイアは、久しぶりに、美味しい聖水の紅茶を飲んだような気がした。
「おいしいわ」
「お口にあったようで何よりです。患者たちを入れさせてもよろしいでしょうか?」
「ええ」
修道女は、大司祭と患者たちを部屋へ案内した。足を膝の先から欠損した者、片腕がない者、顔全体に火傷と思われし痕がついている者など、ひどい怪我をした者ばかりだ。
「……治りますか?」
ひとりの怪我人が、不安そうにルナレイアに訊ねた。足や腕を欠損したりすると、仕事も思うようにできないのだろう。暮らしも、元のようにはいかないはずだ。
「ええ、治りますわ」
怪我人は、20人ほどだった。これなら問題ない。ルナレイアはそう思い、魔法を使うことにした。
「では、魔法を使います。――彼のものたちを癒したまえ。グランツ・ヒーリング・サークル」
ルナレイアの魔法によって、小聖堂に神聖な光が満ち、怪我を治していく。
五分ほど経った頃、光は霧散していった。20人もの怪我人たちの怪我は、全て治っていた。お礼の言葉を口にして、元怪我人たちは修道女の後について小聖堂から立ち去った。
「これほどまでの聖女様がいらっしゃるとは……。存じ上げず、お恥ずかしい限りです」
「この子はつい先日こちらに来たばかりですから、仕方ないですよ」
でも、とユスティはルナレイアに言う。
「まさか、これほどまでとは思わなかったよ。患者さん、いなくなっちゃったよ?」
「あら。痛みから早く開放して差し上げましょうと思いましたの。それに、たくさんお話もできますわ」
ユスティは少し責めるような目でルナレイアを見たが、にっこり笑って返されてしまった。
ルナレイアは、ついでに聖女であるレイに会おうと思っているのだ。
「そういえば、神殿には聖女さまがいらっしゃると聞きましたの。同じ聖女ということで、お会いしたいのです。会うことは可能でしょうか?」
わざとらしく今思い出したかのように言うルナレイアを、ユスティは止めにかかったが、微笑んで流されてしまった。
大司祭は顎に手を当て、考えた。
「……ふむ。聖女様は今、光魔法の練習をしておられます。同じ聖女様にお会いできるならよい勉強となるでしょう。お連れいたしますので、少しお待ち頂けますでしょうか」
「ええ、無理を言って申し訳ございません。よろしくお願いします」
ルナレイアはふんわりと微笑んで、お願いした。笑顔を向けられた大神官は舞い上がり、いそいそと聖女を呼びに行った。
「ふふ。聖女さまにお会いできるそうですよ。ユスティさま」
そう言われたユスティは、ため息をついた。
「はあ。君は最初から、こうするつもりだったんだね? 悪い子だ」
「あらあら。違いますわよ。怪我をされている方が少ないようでしたらこうしようと思っていただけで、多かったら普通に回復させて終わりにしようと思っておりました」
口論になりかけるが、今回はルナレイアの方が上手だったようだ。しかたないな、とユスティは苦笑した。
「そういえば、あの人数は君にとって少ない、になるのかい? こちらでは一人の神官には精一杯の人数なんだけど」
「わたくしの世界でも、神官さまにとっては大変な人数でした。でもわたくし、これでも聖女ですから。あのくらい、朝飯前、というやつです」
「聖女様が朝飯前って……ふふっ」
どうやらツボに入ったようで、笑いが止まらなくなってしまったユスティ。
「もう、そんなに笑わなくてもいいじゃないですか。ひどいです」
ルナレイアは少しむくれた。
「ごめんごめん、おもしろくって……」
「……聖女さまに、早くお会いしたいです」
ふと真顔になって、遠い目をして言うルナレイア。どうして? とユスティは聞いた。
「こちらの神殿は、わたくしが存じているモノとはなにか違います。というか、こちらの神殿の方は、不正などされないのでしょう。王とも軋轢がないのでしょう。わたくしは、王であるお父さまと、枢機卿が言い争う様を、何度か拝見しておりました」
リュミエール王国が存続していた、弊害でしょうか。と、ルナレイアは寂しそうに言った。
「……それは」
ユスティには、かける言葉が見当たらなかった。
「お待たせいたしました。聖女様を、お連れいたしました」
そんな時、大司祭の声が広間に響いた。
「まあ、ありがとうございます。あなたが、こちらのせいじょさ……」
ルナレイアは、言葉を途中で切ってしまった。聖女であるレイを目にしたとたんに。
「わたくしが、もうひとりいます……」
何かに取り憑かれたように、レイに近づいた。
「ちかよらないで!!」
レイは、ルナレイアを拒絶した。だが、ルナレイアは拒絶されても、レイを抱きしめて、その瞳を覗き込んだ。
「いいえ、拒絶してはいけません。わたくしは、あなた。あなたは、わたくし。ふたりでひとりとなるのです。さあ、もうひとりのわたくし。わたくしに、帰っておいでなさい……」
その言葉をきっかけとしたのか、レイの体は少しずつ薄くなり、粒子になり始めてしまった。
「いや! わたしはわたしなの! あなたなんかじゃない! はなして! 消えたくない!」
レイはルナレイアを拒絶する。その様子を見て、ユスティは二人を引き離した。どこからそんな力が出たのか、なかなか引き離せなかったが、大司祭にも手伝ってもらって、引き離した。そしてようやく、レイの粒子になりかけた体は、元に戻った。
「ルナレイア、どうしたんだい? それに、二人で一人だなんて……」
ユスティは、心配そうにルナレイアに問いかけた。
「……わたくしは、いま、何を……」
呆然と、レイを見つめるルナレイア。レイは、ルナレイアを睨みつけていた。
「申し訳ございません、レイさま。わたくし、どうにかしていたようです。もう二度と、先ほどのようなことは致しません。睨むのをやめていだだけませんか?」
それでもまだ、レイは睨むのをやめない。見かねたユスティが、間に入った。
「何が起こったのかよくわからないけど、ルナレイアには後で話を聞くとして、レイ。ごめんね、久しぶりに会ったのにこんなことになって。このお姉さんは悪い人じゃないってわかってほしい。詳しいことは、また明日にでも君にちゃんと話す。それじゃダメかな?」
「……ユスティさまがそういうなら、仕方ないです。あした、ちゃんと理由をおきかせください」
「ああ、もちろん。じゃあ、また明日」
レイは事情を飲み込めていない大神官に手を引かれて、小聖堂を去った。
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