17 / 43
第二章
呪詛の国シャーマニアへ潜入
しおりを挟む
どのくらい心地よさに酔っていたのだろう。
『エマ、着いたぞ』
彼の声が聞こえ、ぱっと身体が軽くなる。目を開くと黒竜様は消え失せており、私はふわっとクリフさんに抱えられた。
(わぁ、お姫様抱っこ!! )
そう思うが、クリフさんの綺麗な顔が目の前にあり、その優しい瞳で見つめられ……嫌でも勘違いしてしまいそうになる。
その腕の中から脱出しようともがくが、
「俺の子猫ちゃんは素直じゃないな」
もがけばもがくほど、ぎゅっとされる。それで身体が熱くなりヘロヘロになってしまうのだ。
思う存分抱きしめられ、かろうじて立っているだけの状態にまでほだされた私を、クリフさんはようやく解放してくれる。大切そうに私を地面に下ろし、持っていた鞄から茶色の布を取り出した。
「黒竜国の服だと目立つから、このボロ布を羽織るといい」
ボロ布などと言うが、開いてみるとちゃんとした厚手の生地のローブである。そしてそれに腕を通し、フードを頭に被った。ほんのりとクリフさんの香りがして、頭がくらくらしたのは言うまでもない。
クリフさんも同様に焦げ茶のローブを被り、フードを被る。すると、その黒い騎士服も綺麗な髪も、途端に目立たなくなるのだ。そしてそのまま差し出された手を、ぎゅっと握った。
もちろん、恋人同士のデートだとか、そんな甘い気分ではない。私はクリフさんとはぐれないように手を繋ぐのであって、愛情表現ではない。そう思うのに、繋いだ手は温かく、幸せだと思ってしまうのであった。
呪詛の国シャーマニアは、黒竜国とは全然違っていた。
薄暗くて苔の生えた建物が建ち並び、その間には破れかけのテントが張り巡らされている。テントでは商売をしているのだろう、ボロボロのローブを着た人々がテントに入ったり出たりを繰り返している。
すれ違う人はみな粗末な服装をしており、大多数が大きな数珠みたいなものを持っていた。そして彼らは決まって暗い表情をしているのだ。
「随分と雰囲気が暗いところですね」
隣を歩くクリフさんにひそひそと告げると、
「ああ」
彼は低く頷いた。
「シャーマニアは貧しい国だからな。
その国税のほとんどが上位層のシャーマンによって使われて、人々は高い税を取られて苦しい生活をしている」
シャーマニアの人々を見ていると、いかに黒竜国が幸せなのかよく分かる。街の様子も、人々の身なりも、人々の表情でさえ全然違うのだ。
私がシャーマニアから追放された時は、籠のような乗り物によって運ばれた。そのため、街の様子なんて知るはずもなかった。まさか、こんなにも陰々鬱々とした街だとは思ってもいなかった。
「シャーマニアの密輸組織の動きを探るのも大切だが、まずはエマの仲間を探さないとな」
私はクリフさんを見上げる。すると、クリフさんは私に同情するような、それでいて怒っているような複雑な表現をしている。
「仲間っていうほど……仲間じゃないです」
そう言いながらも裏切られてきた事実を思い出す。
私も暗い顔をしていたのだろう。クリフさんが逃げる手に、ぎゅっと力を込めた。その繋いだ手が、クリフさんは私の味方だと言ってくれているように思える。
「シャーマニアは聖女を召喚したと言っている。エマの言う通り、その女が聖女とされているんだろうな」
「はい。……召喚された時から、自分が聖女だと言い張っていました」
事実を告げると、クリフさんは鼻で笑う。
「彼女が本当に聖女だったとしても、俺はエマのほうがいい」
その言葉にどれだけ救われただろう。思い返せば、私は里果に何でも奪われてきた。仲良しの友達に、好きだった恋人まで。クリフさんまで奪われることになってしまったら……そう考えるだけで胸が苦しくて、クリフさんの手を握る手に力が入る。
知らず知らずのうちに、私はこんなにもクリフさんに依存しているのだ。
「人間は竜人族よりも遥かに弱い。だから、俺たちにとってシャーマニア単体では何の威力もないのだが……
白竜国がシャーマニアの聖女を手に入れれば、さらに手強い国になるだろう。
エマが俺たちを癒してくれるように、シャーマニアの聖女も白竜国の者を癒すのだから」
その、シャーマニアの聖女の力が私よりも強かったら……そして、シャーマニアの聖女がクリフさんを手に入れようとしたら……クリフさんは、私を捨ててシャーマニアの聖女に乗り換えてしまうのだろうか。
そんな一抹の不安を感じた時だった。
「聖女様の行進が始まるわ」
すれ違う女性が発した言葉が聞こえる。クリフさんを見上げると、彼も怪訝な目で私を見返していた。
破れたローブを着た女性は、隣にいる同じような身なりの女性にひそひそと告げる。
「嫌ね。私たちはこんなに貧しいというのに、着飾った聖女様に頭を下げなきゃいけないだなんて」
「でも、仕方がないわ。
聖女様はきっとこの国を豊かにしてくれるって、司祭様が言っておられたから」
(ちょっと待って……どういうこと? )
話の内容が全く理解出来ない私は、貧しい身なりの二人を呆然と眺めていた。だが、彼女たちは足早に通り過ぎ、人混みの中へと消えていく。それとともに、どこからともなく鐘の音が鳴り響いた。
鐘の音が鳴った瞬間、人々は慌てて道の中央を開けた。そして、道の脇にずらっと並び、両膝をついて座る。そのまま、土下座でもするかのように、頭を深く垂れるのだ。
「仕方ない。俺たちも真似しよう」
クリフさんの言葉に頷き、私たちも最後尾に腰を下ろした。そして、見よう見まねで膝をつき、頭を深く垂れたのだ。
『エマ、着いたぞ』
彼の声が聞こえ、ぱっと身体が軽くなる。目を開くと黒竜様は消え失せており、私はふわっとクリフさんに抱えられた。
(わぁ、お姫様抱っこ!! )
そう思うが、クリフさんの綺麗な顔が目の前にあり、その優しい瞳で見つめられ……嫌でも勘違いしてしまいそうになる。
その腕の中から脱出しようともがくが、
「俺の子猫ちゃんは素直じゃないな」
もがけばもがくほど、ぎゅっとされる。それで身体が熱くなりヘロヘロになってしまうのだ。
思う存分抱きしめられ、かろうじて立っているだけの状態にまでほだされた私を、クリフさんはようやく解放してくれる。大切そうに私を地面に下ろし、持っていた鞄から茶色の布を取り出した。
「黒竜国の服だと目立つから、このボロ布を羽織るといい」
ボロ布などと言うが、開いてみるとちゃんとした厚手の生地のローブである。そしてそれに腕を通し、フードを頭に被った。ほんのりとクリフさんの香りがして、頭がくらくらしたのは言うまでもない。
クリフさんも同様に焦げ茶のローブを被り、フードを被る。すると、その黒い騎士服も綺麗な髪も、途端に目立たなくなるのだ。そしてそのまま差し出された手を、ぎゅっと握った。
もちろん、恋人同士のデートだとか、そんな甘い気分ではない。私はクリフさんとはぐれないように手を繋ぐのであって、愛情表現ではない。そう思うのに、繋いだ手は温かく、幸せだと思ってしまうのであった。
呪詛の国シャーマニアは、黒竜国とは全然違っていた。
薄暗くて苔の生えた建物が建ち並び、その間には破れかけのテントが張り巡らされている。テントでは商売をしているのだろう、ボロボロのローブを着た人々がテントに入ったり出たりを繰り返している。
すれ違う人はみな粗末な服装をしており、大多数が大きな数珠みたいなものを持っていた。そして彼らは決まって暗い表情をしているのだ。
「随分と雰囲気が暗いところですね」
隣を歩くクリフさんにひそひそと告げると、
「ああ」
彼は低く頷いた。
「シャーマニアは貧しい国だからな。
その国税のほとんどが上位層のシャーマンによって使われて、人々は高い税を取られて苦しい生活をしている」
シャーマニアの人々を見ていると、いかに黒竜国が幸せなのかよく分かる。街の様子も、人々の身なりも、人々の表情でさえ全然違うのだ。
私がシャーマニアから追放された時は、籠のような乗り物によって運ばれた。そのため、街の様子なんて知るはずもなかった。まさか、こんなにも陰々鬱々とした街だとは思ってもいなかった。
「シャーマニアの密輸組織の動きを探るのも大切だが、まずはエマの仲間を探さないとな」
私はクリフさんを見上げる。すると、クリフさんは私に同情するような、それでいて怒っているような複雑な表現をしている。
「仲間っていうほど……仲間じゃないです」
そう言いながらも裏切られてきた事実を思い出す。
私も暗い顔をしていたのだろう。クリフさんが逃げる手に、ぎゅっと力を込めた。その繋いだ手が、クリフさんは私の味方だと言ってくれているように思える。
「シャーマニアは聖女を召喚したと言っている。エマの言う通り、その女が聖女とされているんだろうな」
「はい。……召喚された時から、自分が聖女だと言い張っていました」
事実を告げると、クリフさんは鼻で笑う。
「彼女が本当に聖女だったとしても、俺はエマのほうがいい」
その言葉にどれだけ救われただろう。思い返せば、私は里果に何でも奪われてきた。仲良しの友達に、好きだった恋人まで。クリフさんまで奪われることになってしまったら……そう考えるだけで胸が苦しくて、クリフさんの手を握る手に力が入る。
知らず知らずのうちに、私はこんなにもクリフさんに依存しているのだ。
「人間は竜人族よりも遥かに弱い。だから、俺たちにとってシャーマニア単体では何の威力もないのだが……
白竜国がシャーマニアの聖女を手に入れれば、さらに手強い国になるだろう。
エマが俺たちを癒してくれるように、シャーマニアの聖女も白竜国の者を癒すのだから」
その、シャーマニアの聖女の力が私よりも強かったら……そして、シャーマニアの聖女がクリフさんを手に入れようとしたら……クリフさんは、私を捨ててシャーマニアの聖女に乗り換えてしまうのだろうか。
そんな一抹の不安を感じた時だった。
「聖女様の行進が始まるわ」
すれ違う女性が発した言葉が聞こえる。クリフさんを見上げると、彼も怪訝な目で私を見返していた。
破れたローブを着た女性は、隣にいる同じような身なりの女性にひそひそと告げる。
「嫌ね。私たちはこんなに貧しいというのに、着飾った聖女様に頭を下げなきゃいけないだなんて」
「でも、仕方がないわ。
聖女様はきっとこの国を豊かにしてくれるって、司祭様が言っておられたから」
(ちょっと待って……どういうこと? )
話の内容が全く理解出来ない私は、貧しい身なりの二人を呆然と眺めていた。だが、彼女たちは足早に通り過ぎ、人混みの中へと消えていく。それとともに、どこからともなく鐘の音が鳴り響いた。
鐘の音が鳴った瞬間、人々は慌てて道の中央を開けた。そして、道の脇にずらっと並び、両膝をついて座る。そのまま、土下座でもするかのように、頭を深く垂れるのだ。
「仕方ない。俺たちも真似しよう」
クリフさんの言葉に頷き、私たちも最後尾に腰を下ろした。そして、見よう見まねで膝をつき、頭を深く垂れたのだ。
50
あなたにおすすめの小説
何もしない公爵夫人ですが、なぜか屋敷がうまく回っています
鷹 綾
恋愛
辺境公爵カーネル・クリスの妻となったフィレ・バーナード。
けれど彼女は、屋敷を仕切ることも、改革を行うことも、声高に意見を述べることもしなかった。
指示を出さない。
判断を奪わない。
必要以上に関わらない。
「何もしない夫人」として、ただ静かにそこにいるだけ。
それなのに――
いつの間にか屋敷は落ち着き、
使用人たちは迷わなくなり、
人は出入りし、戻り、また進んでいくようになる。
誰かに依存しない。
誰かを支配しない。
それでも確かに“安心できる場所”は、彼女の周りに残っていた。
必要とされなくてもいい。
役に立たなくてもいい。
それでも、ここにいていい。
これは、
「何もしない」ことで壊れなかった関係と、
「奪わない」ことで続いていった日常を描く、
静かでやさしい結婚生活の物語。
転生皇女セラフィナ
秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。
目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。
赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。
皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。
前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。
しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。
一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。
「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」
そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。
言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。
それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。
転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。
※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。
声を聞かせて
はるきりょう
恋愛
動物の声が聞こえる彼女と冷たい第二王子の物語。完成しました。
「……反対されない、というのは、寂しいことだと思いますの。だから…私が反対してさしあげます」
サーシャは最上級の笑顔を浮かべた。そして、思い切り息を吸い込む。
「何でも思い通りいくと思うなよ、くそ王子!!」
「サ、サーシャ様!?」
なりゆきを見守っていたハリオが慌てたようにサーシャの名を呼んだ。一国の王子への暴言は不敬罪で捕まりかねない。けれど、言わずにはいられなかった。
そんなサーシャの言動にユリウスは一瞬目を丸くし、しかしすぐに楽しそうに笑った。
「お前面白いな。本当に気に入った」
小説家になろうサイト様にも掲載してします。
断罪ざまぁも冴えない王子もお断り!~せっかく公爵令嬢に生まれ変わったので、自分好みのイケメン見つけて幸せ目指すことにしました~
古堂 素央
恋愛
【完結】
「なんでわたしを突き落とさないのよ」
学園の廊下で、見知らぬ女生徒に声をかけられた公爵令嬢ハナコ。
階段から転げ落ちたことをきっかけに、ハナコは自分が乙女ゲームの世界に生まれ変わったことを知る。しかもハナコは悪役令嬢のポジションで。
しかしなぜかヒロインそっちのけでぐいぐいハナコに迫ってくる攻略対象の王子。その上、王子は前世でハナコがこっぴどく振った瓶底眼鏡の山田そっくりで。
ギロチンエンドか瓶底眼鏡とゴールインするか。選択を迫られる中、他の攻略対象の好感度まで上がっていって!?
悪役令嬢? 断罪ざまぁ? いいえ、冴えない王子と結ばれるくらいなら、ノシつけてヒロインに押しつけます!
黒ヒロインの陰謀を交わしつつ、無事ハナコは王子の魔の手から逃げ切ることはできるのか!?
学園では婚約者に冷遇されていますが、有能なので全く気になりません。〜学園でお山の大将されてても、王宮では私の方が有能ですから〜
織り子
恋愛
王都カラディナにある国立魔術学園では、満十六歳の生徒たちの社交界デビューを兼ねた盛大なパーティーが開かれていた。
侯爵令嬢タレイア・オルトランは、婚約者である第二王子アスラン・オグセリアの迎えを待つも、結局ひとりで会場へ向かうことになる。
学園では身分の差がないとはいえ、アスランが公然とタレイアを侮辱し続けてきたことで、彼女は生徒たちから冷笑と蔑視の的となっていた。しかしタレイアは、王城で政務を担ってきた聡明さと矜持を失わず、毅然と振る舞う。
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
【完結】婚約者の真実の愛探しのお手伝い。私たち、愛のキューピッドなんです?
buchi
恋愛
家の都合で決められた婚約者の扱いがひどい。招待状は無視する、学園では目も合わさない。メガネっ子の私になんか、関心がないんだと思っていました。それならいっそ解放して欲しいものです。と、思っていたら、婚約者は真実の愛を求めてパーティ会場で婚約破棄! でも、事情もあったみたい。元婚約者には幸せになって欲しい。私、彼の真実の愛探しを一生懸命お手伝いしました。知り合いのご令嬢も紹介しましたのよ? だのに強硬に再婚約を迫られて大弱り。一度婚約破棄されたら戻すのなんか至難の業。母だって、私のために他の縁談を探してますし、彼の友達だって私に親身になって寄り添ってくれたり。これはそんな私たちの愛と友情(と下心)の物語です! 12万字くらい。58話。単純な恋愛物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる