全てを失った私が、黒竜王の最愛になるまで

湊一桜

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第四章

戻ってきたいつもの日常

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 二週間の婚前旅行を終え、私たちは晴れてつがいとなった。

 クリフさんと時間を忘れて求め合ったあと、クリフさんからもらったブレスレットは消えていた。代わりに私の左手首には、竜の棘と鱗の形をした黒い痣が出現していた。この痣が、クリフさんとつがいになったという印らしい。



『あー……あと二週間くらい、あの部屋にいたかったな』

 首都ヴェールに帰る道中、クリフさんがぼやく。私はその背中にしがみつきながら答えていた。

「本当ですね。
 あそこは二人でのんびり出来て、良かったですもんね」

 クリフさんはあの部屋で過ごすを試練と言ったが、私たちにとっては何も試練ではなかった。ただ、全てを忘れてのんびり出来、ときにイチャイチャ出来る絶好の場所だった。
 だからこそ、私たちはつがいになるべく運命の相手だったのだろう。

 
『帰ったら執務が溜まっているな』

「私も、食堂に戻らなきゃ。
 あっ、あと、ニコラと女子トークもしなきゃ」

 女子トークと聞き、酷く狼狽えるクリフさん。女子トークの内容は、どこの世界でも変わらないらしい。

『エマ。俺のことは、あいつに何も言うな』

「あ。あのポーズのことですか? 」

 すると、悠々と飛んでいた黒竜は、ガクッと大きく体勢を崩す。

『そ、それもある!! それ以外に、諸々だ』

「ふふ、仕方ないですね」

 黒竜王すら手玉に取ってしまう私は、実は最強なのかもしれない、なんて思ってしまうのだった。




◆◆◆◆◆



「いらっしゃいませ!! 」

 私には、いつもの日常が戻ってきた。
 いつものように食堂へ行き、日中仕事をして夜には帰る。

「エマちゃん、今日のおすすめは? 」

「今日は常夏の街パプオンで仕入れてきた、常夏フルーツの盛り合わせがありますよ!! 」

 私はフルーツの入ったバスケットを抱え、テーブルにどさっとおく。バスケットの中には、色とりどりのフルーツが入っている。

「わぁー!美味しそう!! 」

 お客様は目を輝かせてフルーツを見ている。そんなお客様の反応が嬉しくて、私は笑っている。


 
 私はクリフさんの婚約者となったが、引き続き食堂で働くことを許されている。その理由は、食堂で皆に囲まれて働いている私がイキイキしているから、らしい。そして、竜王陛下の婚約者である私を特別扱いしないこの街の人々にも、感謝の気持ちでいっぱいだった。

 竜王陛下の婚約者になったため、好意を持たれることはないだろう。それでも男性に言い寄られたりすれば、助けを呼ぶようにクリフさんに言われている。
 棘笛こそなくなってしまったが、代わりに黒い痣が出来た。この痣に唇を付けて念じれば、思いは届く……クリフさんはそう言っていた。

 その心配症は困ったものだが、私はこうして皆に囲まれて楽しい日々を送っている。



「エマちゃんが各地の農園と商談をつけてきてくれて、助かったわぁ!! 」

 女将さんが嬉しそうに言う。そして、私は笑顔で答えていた。

「だって、各地のグルメをこの食堂で食べられたら、絶対人気店になると思ったんです!

 ……それに、二週間も休みをくださったお礼です」

 私の故郷では、”ご当地グルメ”とか”物産展”などというものがあった。東京で時々開かれる北海道物産展などは、大人気のイベントだったのだ。
 だからこそ、各地のグルメをこの食堂で食べられたらいいなあと思った。

 こんな私の妄想を、快諾してくださった女将さんにも感謝だ。

「何言ってんの。
 エマは王妃様になるのに、まだここで働いてくれていて感謝だよ」

「ありがとうございます!! 」


 
 こんな私、もちろん公務もしている。
 ……といっても、たまに修道院巡りをし、病気や怪我で苦しむ人を治療する程度だ。今や修道院のシスターとも顔見知りになり、楽しく過ごしている。

「エマちゃん。もうすぐ結婚式だね。
 そうしたら、エマちゃんは王妃様になるのね」

 しみじみと言うシスターに、笑顔で告げていた。

「それでも、私は何も変わりません。
 いつものようにここへ来て、困っている人の手助けをします」

 そして、愛しい黒竜に乗って空へと舞い上がっていった。



 黒竜に乗り、空を舞う。
 白竜国と同盟を結んだ今、黒竜国を脅かす存在はいない。そのため、騎士たちの仕事は少なくなり、穏やかな日々を過ごしている。
 
 大平原の上を飛びながら、私はぼやいた。

「クリフさんには治癒能力が備わったのに、私は空を飛ぶことも出来ないだなんて」

 治癒能力を持つ私とつがいになったことにより、クリフさんは僅かだが治癒能力を持つこととなった。王城で発生した些細な怪我の治療は、今やクリフさんがしているらしい。
 だが、私はつがいの契約こそしたが、何も変わらないのだ。変わったといえば、左手首の痣くらいだ。

『エマが飛べるようになったら、俺は用無しになってしまうだろう』

 クリフさんは少し拗ねたように言う。

「用無しだなんて、そんな……」

 だが、こうして背に乗ることも無くなると、きっとすごく寂しいのだろう。こうやって触れ合って幸せを感じる瞬間が、私たちには必要なのだろう。

『愛してるよ、エマ』

 いつものように甘く囁くクリフさん。私は頬を緩ませながら答えた。

「知ってます」



 青空を飛びながらふと思った。

「あ、クリフさん? 」

 私は、私を背に乗せて飛んでいる大きな黒竜に聞く。

「そういえば、最近私のことを子猫ちゃんって言わなくなりましたね」

 出会った頃は、そうやって甘い言葉を吐かれていた。だが、今は甘い言葉は吐かれこそするが、以前みたいにいかにもキザっぽい言われ方をすることはなくなった。

『……本当だ。なぜだろう』

 彼は空を飛びながら考え込む。そして、ぽつりとこぼした。

『……余裕がないんだろうな』

「え? 」

『甘い言葉を考える暇がないくらい、エマの一挙一動に狂わされてるんだろうな』
 

 その、恥ずかしげもなくまっすぐに吐き出される言葉に、私だって狂わされている。クリフさんにこんなにも愛されて、幸せだと思う。

「ふふ、私と同じですね」

 私は、愛しいこの大きな黒竜向かって微笑んでいた。
 
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