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4. 意外とバレないものだった
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そんなわけで私はトラスター公爵家の使用人の仕事に応募し、見事に採用となった。
私が採用された経緯は、お兄様からよく聞いた。私の兄であるお兄様の紹介であるため、即採用とのこと。やはり、私と関係のある人は採用されるのだろうか。ルーカスは何を企んでいるのだろう。
家を出る前に、鏡の前で自分の姿を見た。
お兄様に貸してもらった男性用の服に丸い眼鏡、茶色い短髪のウィッグ。もとから胸は小さく、きつく締め付けているためあまり目立たない。だとしても。私は男性に見えるのだろうかと不安に駆られる。
「大丈夫だよ、セシリア」
お兄様はそう言って笑うが、私をからかっているのだろうか。お兄様がどこまで本気か分からないが、私はかなり本気だ。とにかく、ルーカスにセシリアとバレてはいけない!
家を出ようとする私に、マロンが寂しそうに擦り寄ってくる。マロンとしばらく会えないのは寂しいが、我慢しなければならない。いずれにせよ、私はまたこの家に戻ってくるからだ。
「マロン、少しだけ行ってくるわね」
マロンを抱き寄せ、そのもふもふに頬ずりをする。柔らかなその毛が、頑張れとでも言うようにそっと私を撫でる。
「元気に戻ってくるから!」
こうして私は、お兄様とトラスター公爵家へ向かったのだった。
トラスター公爵邸は、馬でニ、三時間ほどの距離だった。平民の私はもちろん馬など持たず、お兄様の馬に乗せてもらう。そして疲れきったころにようやく目的地に到着した。馬を降りてその巨大な館を見た瞬間、酷く場違いなところに来てしまったかもしれないと後悔した。
トラスター公爵家は、周りを頑強な壁で囲まれた、立派な館だった。かつて私たちが住んでいた、伯爵邸なんかよりもずっと。
お兄様が公爵家邸の門をくぐると、すぐに四十代半ばの仕事の出来そうな男性が迎えてくれた。黒色の服を着て、長い髪は後ろで束ねてある。そして、眼鏡の奥の鋭い瞳で、私を品定めするかのように見た。
「騎士のマルコスから聞いている。貴方が新しく雇用されたセリオだな? 」
「は、はい!」
びくびくしながらも出来るだけ声を低くし、男性に告げる。
「十七歳と聞いていたが、まだ声変わりもしていないのか? 」
正確には二十二歳である。ただ、女性の私はやたら幼く見えるため、十七歳という設定にお兄様と決めた。どうやらそれが吉と出たようだ。
「せ、成長期が遅いようで……」
お兄様が苦し紛れに告げる。そして、私は女性だとバレないか気にしすぎて、心臓が止まりそうだ。私が女性だとバレると、お兄様にも迷惑をかけるだろう。
「そうか、マルコス。セリオを連れてきてご苦労だった。礼を言う。
それではマルコスは、騎士団へ戻るといい」
お兄様はピシッと背筋を伸ばして敬礼をする。そんなお兄様を見ると、本当に騎士なんだと今さらながらに思ってしまった。家では優しいお兄様だが、公爵家ではかっこいい騎士なのだ。
「セリオ」
急に偽名を呼ばれ、
「は、はははい!! 」
思わず飛び上がる。こんな私に、男性は告げた。
「私は公爵家執事長のウンベルトだ。
私は使用人を束ねる立場にある。何か分からないことがあれば、私に聞いてくれ」
「は、はい!!」
私はまた大声で返事をして飛び上がる。騎士のお兄様はあんなにかっこいい振舞いをしているというのに、私はダメダメだ。こんな私を、半ば不安そうにウンベルトさんは見下ろす。
「君、本当に大丈夫か? 」
挙げ句の果てに、そんなことまで言われる始末。ウンベルトさんも、おかしな人を雇ってしまったと後悔しているかもしれない。だが、色々考えると今さら不安になってしまった私が、堂々とした態度を取れるはずもなかった。
ウンベルトさんは私を見下ろしたまま、気の毒そうに告げる。
「ルーカス様直々のご指名により、君はルーカス様専属の使用人となるのだが……」
「えっ!? 」
思わず大声を出してしまった。
私はルーカスの様子を伺うため、そして令嬢を仕向けるため、この館にやってきた。私にとってルーカス専属の使用人という立場は、何かとやりやすいに違いない。だが、お兄様から聞いたルーカスの様々な悪評を思い出すと、恐怖すら感じるのだった。しかも、ウンベルトさんも、半ば哀れみの表情で私を見ているのだ。ルーカスの評判は、そこまで悪いのだろう。
「いいか、セリオ。ルーカス様の相手は、一筋縄ではいかないだろう。
困ったことがあれば、いつでも相談に乗る」
ウンベルトさんはそう言ってくれるのだが、その言葉がさらに不吉に感じる。ルーカス専属の使用人は、そんなにも精神がすり減るのだろうか。ただ、私は一生ここで働くつもりではない。耐えられなくなったら使用人を辞めるという選択肢もある。そう必死で考えることにした。
「まずはルーカス様にご挨拶を……」
ウンベルトさんの言葉は、
「挨拶? 」
馬鹿にするような声で掻き消された。思わず声のするほうを見ると、随分と大人になった彼がそこにいた。
「挨拶なんてしなくていいよ。どうせこいつもすぐ辞めるんだろ? 」
彼は格好の獲物を見つけたような目で私を見て、ニヤニヤ笑いながらそう告げるのだった。
私が採用された経緯は、お兄様からよく聞いた。私の兄であるお兄様の紹介であるため、即採用とのこと。やはり、私と関係のある人は採用されるのだろうか。ルーカスは何を企んでいるのだろう。
家を出る前に、鏡の前で自分の姿を見た。
お兄様に貸してもらった男性用の服に丸い眼鏡、茶色い短髪のウィッグ。もとから胸は小さく、きつく締め付けているためあまり目立たない。だとしても。私は男性に見えるのだろうかと不安に駆られる。
「大丈夫だよ、セシリア」
お兄様はそう言って笑うが、私をからかっているのだろうか。お兄様がどこまで本気か分からないが、私はかなり本気だ。とにかく、ルーカスにセシリアとバレてはいけない!
家を出ようとする私に、マロンが寂しそうに擦り寄ってくる。マロンとしばらく会えないのは寂しいが、我慢しなければならない。いずれにせよ、私はまたこの家に戻ってくるからだ。
「マロン、少しだけ行ってくるわね」
マロンを抱き寄せ、そのもふもふに頬ずりをする。柔らかなその毛が、頑張れとでも言うようにそっと私を撫でる。
「元気に戻ってくるから!」
こうして私は、お兄様とトラスター公爵家へ向かったのだった。
トラスター公爵邸は、馬でニ、三時間ほどの距離だった。平民の私はもちろん馬など持たず、お兄様の馬に乗せてもらう。そして疲れきったころにようやく目的地に到着した。馬を降りてその巨大な館を見た瞬間、酷く場違いなところに来てしまったかもしれないと後悔した。
トラスター公爵家は、周りを頑強な壁で囲まれた、立派な館だった。かつて私たちが住んでいた、伯爵邸なんかよりもずっと。
お兄様が公爵家邸の門をくぐると、すぐに四十代半ばの仕事の出来そうな男性が迎えてくれた。黒色の服を着て、長い髪は後ろで束ねてある。そして、眼鏡の奥の鋭い瞳で、私を品定めするかのように見た。
「騎士のマルコスから聞いている。貴方が新しく雇用されたセリオだな? 」
「は、はい!」
びくびくしながらも出来るだけ声を低くし、男性に告げる。
「十七歳と聞いていたが、まだ声変わりもしていないのか? 」
正確には二十二歳である。ただ、女性の私はやたら幼く見えるため、十七歳という設定にお兄様と決めた。どうやらそれが吉と出たようだ。
「せ、成長期が遅いようで……」
お兄様が苦し紛れに告げる。そして、私は女性だとバレないか気にしすぎて、心臓が止まりそうだ。私が女性だとバレると、お兄様にも迷惑をかけるだろう。
「そうか、マルコス。セリオを連れてきてご苦労だった。礼を言う。
それではマルコスは、騎士団へ戻るといい」
お兄様はピシッと背筋を伸ばして敬礼をする。そんなお兄様を見ると、本当に騎士なんだと今さらながらに思ってしまった。家では優しいお兄様だが、公爵家ではかっこいい騎士なのだ。
「セリオ」
急に偽名を呼ばれ、
「は、はははい!! 」
思わず飛び上がる。こんな私に、男性は告げた。
「私は公爵家執事長のウンベルトだ。
私は使用人を束ねる立場にある。何か分からないことがあれば、私に聞いてくれ」
「は、はい!!」
私はまた大声で返事をして飛び上がる。騎士のお兄様はあんなにかっこいい振舞いをしているというのに、私はダメダメだ。こんな私を、半ば不安そうにウンベルトさんは見下ろす。
「君、本当に大丈夫か? 」
挙げ句の果てに、そんなことまで言われる始末。ウンベルトさんも、おかしな人を雇ってしまったと後悔しているかもしれない。だが、色々考えると今さら不安になってしまった私が、堂々とした態度を取れるはずもなかった。
ウンベルトさんは私を見下ろしたまま、気の毒そうに告げる。
「ルーカス様直々のご指名により、君はルーカス様専属の使用人となるのだが……」
「えっ!? 」
思わず大声を出してしまった。
私はルーカスの様子を伺うため、そして令嬢を仕向けるため、この館にやってきた。私にとってルーカス専属の使用人という立場は、何かとやりやすいに違いない。だが、お兄様から聞いたルーカスの様々な悪評を思い出すと、恐怖すら感じるのだった。しかも、ウンベルトさんも、半ば哀れみの表情で私を見ているのだ。ルーカスの評判は、そこまで悪いのだろう。
「いいか、セリオ。ルーカス様の相手は、一筋縄ではいかないだろう。
困ったことがあれば、いつでも相談に乗る」
ウンベルトさんはそう言ってくれるのだが、その言葉がさらに不吉に感じる。ルーカス専属の使用人は、そんなにも精神がすり減るのだろうか。ただ、私は一生ここで働くつもりではない。耐えられなくなったら使用人を辞めるという選択肢もある。そう必死で考えることにした。
「まずはルーカス様にご挨拶を……」
ウンベルトさんの言葉は、
「挨拶? 」
馬鹿にするような声で掻き消された。思わず声のするほうを見ると、随分と大人になった彼がそこにいた。
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