悪役令息とは結婚したくないので、男装して恋愛工作に励みます

湊一桜

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5. やっぱり、彼は最悪な男だ

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「る、ルーカス様。セリオと申します」

 私は反射的に告げ、深々と頭を下げた。ルーカスは腕を組んで、こんな私を品定めするようにじろじろ見る。そして、馬鹿にするように笑いながら告げた。

「女? 女とか、いらねーんだけど」

 その言葉にビクッと飛び上がる。まさか、ルーカスは一目見て私を女だと見抜いたのだろうか。背筋がゾッとする。


 だが、

「ルーカス様。セリオはれっきとした男性であります。
 セリオはただいま到着したばかりで、とても緊張しております。どうかお手柔らかに……」

ウンベルトさんはそう告げて頭を下げる。さすが執事長なだけあって、完璧で見惚れてしまうような所作だ。しかも、ルーカスの扱い方をよく知っている。私は舌を巻いたが、ルーカスはやはりただものではなかったのだ。

「じいや」

 なんと、ウンベルトさんをじいや呼ばわりする。ウンベルトもじいやと呼ばれるほど、歳ではないのだが。

「お前、うるせぇんだよ」

ルーカスはにやつきながらも、自分の父親ほどの年齢の相手に失礼なことを言う。そして、不満げに付け加えた。

「こいつは俺の専属なんだろ? ……てことは、俺が自由にする権利もある」

「で、ですが、ルーカス様!また辞められなどしたら……」


 ウンベルトさんはとても優しくていい人なのだろう。私のことを出来る限り庇おうとしてくれる。その気持ちは嫌と言うほど伝わったのだが……相手は公爵家の暴れん坊だ。執事長が適うはずもなかったのだ。

「辞めるなら勝手にすればいい。俺が気に入らないのなら、勝手に辞めればいい」



 情け容赦もない、自己中心的な発言だ。やっぱりルーカスは……ないな。

 心の中で深く頷いた。



 私はこの暴君を、ずっと見ていた。

 記憶の中のルーカスより、さらに背が伸びて大人びている。ブロンドの髪は太陽の光を浴びて輝き、目鼻立ちはしっかりしていて彫りが深い。いわゆるイケメンの類だろう。イケメンの中でも、かなり上位のイケメンだ。少年時代のルーカスも美少年だなあとは思っていたが、大人になったルーカスは、私の想像を遥かに超えていた。

 でも……破壊的にダメなこの性格が受け付けられない。類い稀な美貌を持っているのに、この性格が全てを駄目にしてしまっているのだ。



「……もったいない」

 思わず呟いてしまった私を、

「……は? 」

ルーカスは嘲笑うような、馬鹿にするような顔で見る。その綺麗な顔が意地悪く歪んでいる。

「何がもったいないんだ? 」

 ルーカスは片眉を上げて、馬鹿にするように聞く。だから私は、

「な、何でもないです」

慌てて告げた。

 危ない危ない。昔は公爵令息とはいえ、同じ学院に通う者同士対等な関係だった。だが、今は遥かに私が下なのだ。ルーカスを怒らせることなんてしないほうがいい。


 ルーカスはなおも私を品定めするかのように見ている。そして、不意に告げた。

「お前、セリオっていうんだな」

「は、はい!」

「その名前、癪に触る」

「えっ!? 」

「これからはクソチビと呼ぶことにする」

 く……クソチビだなんて、なんて失礼でふざけた名前なのだろう。わなわな震える私は、ルーカスに反論したい。だが、ここで喧嘩なんてしたら、ルーカスの思う壺だ。

「素晴らしい名前をありがとうございます、ルーカス様」

 私は笑顔でルーカスに告げる。

「これからは私のことを、クソチビとお呼びください」

 ルーカスはぽかーんと私を見ている。その間抜けな顔を見ると、してやったりだ。心の中で嘲笑ってやる。私はルーカスに嫌われようと、クソチビと言われようと、痛くも痒くもない。ただルーカスの素性を暴き、令嬢を仕向けることだけに燃えているのだ。

 ルーカスはふんっと横を向き、

「いくぞ、クソチビ」

吐き出す。そして、大股ですたすたと歩いていってしまった。私は小走りで、その後を必死に追った。




 館の中は、天井が高くてシャンデリアが煌々と煌めいていた。そして足早に歩くルーカスを見ると、館の人々は立ち止まって頭を下げる。ルーカスはこうやって人々から敬われるため、天狗になっているのだろう。

 ルーカスはそのまま吹き抜けを通り抜け、螺旋階段を上がる。長い足ですたすた歩くものだから、私はついていくのがやっとだ。そして、この速足でさえ私を陥れるためにやっていたのだろうか。

 焦る私はとうとう足を踏み外し、無様に階段で転んでしまった。びったーんという、豪快な音を立てながら。

 ルーカスは、そんな私を嘲笑うかのように見て、告げる。

「何をしている。コントなら、一人でやれ」

 こ……コント!? そんなつもりは全く無い。そして、転んだ人を気遣うことすらしないルーカスが、ますます嫌いになる。絶対に令嬢を当てがって、早々に逃げてやると何度も心の中で呟いた。

 私は痛む足を庇い、何とかルーカスの後を追う。そんな私を振り返りもせず、ルーカスは長い廊下に並ぶ一つの扉を開けた。そして、私を招き入れる様子もなく、部屋に入っていく。私も入っていいのだろうか。それとも、早速令嬢探しに出かけてもいいのだろうか。戸惑っている私を睨んで、ルーカスは声を荒げた。

「何をしている。はやく入れ」

 もう嫌だ、この男!!
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