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8. 追い詰められたネズミの攻撃
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来客が帰ると、ルーカスは綺麗に片付いた部屋の中を見回した。……私は綺麗になったと思うのに、ルーカスはぶっきらぼうに吐く。
「ここは俺の部屋だ。勝手にものを触るな」
「も、申し訳ございません」
頭を下げながら、やっぱりこの人無理だと思う。私が汗を流して整理整頓したのに、この言い様だ。私がセシリアに戻った際には、ボロボロに貶してやろうかとさえ思った。
「だが、綺麗になった」
その言葉に、はっと顔を上げた。ルーカスはやはり意地悪な顔をしたまま、整理整頓された本棚を睨んでいる。
「お前のクソ不味い紅茶も、まあまあだった」
クソ不味いのか、まあまあなのか、はっきりしてよ!
「お前があのクソ不味い紅茶でも淹れてくれれば、セシリアだって喜ぶだろう」
その言葉に、背筋がゾゾーっとした。悪いけど、私、それは出来ない。だって、私がセシリアなのだから。万が一、セシリアがこの館に来ることになったら、セリオは姿を眩まさないといけない。
「せ……セシリア様が、す、好きなのですね……」
初めて自分から言葉を発したが、その言葉は酷く震えていた。どうか、バレませんようにと必死に祈る。
ルーカスは、表情を和らげて宙を見る。先ほどまでの意地悪な表情とは違う。私の話をする時、ルーカスはこんなにも優しげで温かい顔になる。だが、私がきゅんとするはずもない。
「あぁ……俺はずっとセシリアを思っている。
早くセシリアに会いたい。そして、セシリアを花祭りに招待しようと思う」
ちょ……ちょっと待って。私の思考がついていかないのだが。ルーカスは、花祭りにセシリアを招待したいと言っている。セシリアが花祭りに行くのならば、セリオは休みをいただかなければならない。そして、ルーカスはなぜ私をそんなに思っているのだろうか。身に覚えのない私は、ルーカスの勘違いとしか思えない。
「俺はセシリアと花の道を歩き、パレードを共に見物したい。そのため、必死になって花祭りの準備をしている」
ルーカスが花祭りの仕事に真面目に取り組んでいるのは、私を招待するからと言うのだろうか。何という不純な動機だろう。そして耐えきれず、思わず聞いてしまった。
「ルーカス様は、なぜ……せ、セシリア様を好かれているのですか? 」
ルーカスは眉をひそめて私を睨む。そのイラついた瞳を見ると、思わず怯えて飛び上がりそうになってしまう私。そしてまさか、ルーカスは私がセシリアだと気付いたのではないかという不安が押し寄せる。
だが、ルーカスを甘く見ていた私がいけなかった。
「おい、クソチビ」
ルーカスは不満そうに私を呼ぶ。思わず背筋を伸ばした私に、彼は口角を歪めて吐いたのだ。
「お前は恋したことがないんだな。ひ弱だな」
彼はさらに、私を馬鹿にし続ける。
「お前は虚弱体質だから、自分に自信もないのか?
……チ◯コ付いてんのか? 」
罵られ、私は顔を真っ赤にする。ルーカスは最後に下品な言葉を吐いたが、私に付いているはずもない。だって、私は女だから。だが、この事実がルーカスにバレてはいけない。
ルーカスは馬鹿にするように私を見て、一歩また一歩と歩み寄る。その綺麗な顔と、嘲笑うような視線にどぎまぎしながら。そしてルーカスは、何の前触れもなく、がばっと私の手首を掴んだのだ。必死に手を引こうとするが、男の力で押さえつけられてびくともしない。そのまま、ルーカスに床に押し付けられた。
見る人が見れば、今の私はかなり際どい場面に直面していると言えるだろう。大人の男に馬乗りになられ、両手首を床に押さえつけられているのだから。このままことに及ぶと見えるかもしれないが、そんなはずはない。だって、今の私はセリオだから。そんなこと分かっているはずなのに、胸がドキドキする。もちろん甘いドキドキではなく、不吉なドキドキだ。
ルーカスは私の上に跨ったまま、勝ち誇ったように私を見下ろす。そして、意地悪く口元を歪めたまま、私に告げた。
「クソチビ。お前、女みたいだから、お前のチ◯コを見てやる。
写真でも撮って、ばら撒いてやろうか? 」
最悪だ……最低だ……使用人の下半身を露出させ、その写真を撮るだなんて、悪質にも程がある。そして、もちろんそんなもの、私にはついていない。
追い詰められたネズミは、襲いかかる猫を攻撃するかもしれない。そしてまさしく追い詰められた私は、ルーカスを攻撃した。その股間を力いっぱい蹴り飛ばしたのだ。
「痛ぇ!! 」
ルーカスは、股間を押さえてギャグみたいに飛び上がる。そして私は、ルーカスの体が離れた隙に、ルーカスを押し退け部屋を飛び出していた。
後ろを振り返り、ルーカスが追ってきていないことを何度も確認した。そして、ルーカスが追ってこないことにホッとするとともに、胸がズキズキと痛んだ。私がいなくなっても、ルーカスは痛くも痒くもないんだ。
ルーカスが最悪な人だということは、よく分かった。そして、どういうわけか私が好きで、求婚しているらしい。私はもちろん、ルーカスと結婚なんてしたくない。この館に潜入して、結婚したくないという気持ちはますます強くなった。出来ることなら、この使用人の仕事も辞めて、全てなかったことにしたい。だが、お兄様に紹介してもらった仕事だ。お兄様の顔を立てるためにも、もう少し続けなければならないだろう。でも、私はルーカスを攻撃してしまった。ルーカスは、酷く怒っているに違いない。
廊下をうろついている私は、
「君、どうしたの? 」
不意に呼びかけられた。振り返るとそこには、ルーカスによく似ているが、ルーカスよりもずっと優しそうな男性が立っていたのだ。
「ここは俺の部屋だ。勝手にものを触るな」
「も、申し訳ございません」
頭を下げながら、やっぱりこの人無理だと思う。私が汗を流して整理整頓したのに、この言い様だ。私がセシリアに戻った際には、ボロボロに貶してやろうかとさえ思った。
「だが、綺麗になった」
その言葉に、はっと顔を上げた。ルーカスはやはり意地悪な顔をしたまま、整理整頓された本棚を睨んでいる。
「お前のクソ不味い紅茶も、まあまあだった」
クソ不味いのか、まあまあなのか、はっきりしてよ!
「お前があのクソ不味い紅茶でも淹れてくれれば、セシリアだって喜ぶだろう」
その言葉に、背筋がゾゾーっとした。悪いけど、私、それは出来ない。だって、私がセシリアなのだから。万が一、セシリアがこの館に来ることになったら、セリオは姿を眩まさないといけない。
「せ……セシリア様が、す、好きなのですね……」
初めて自分から言葉を発したが、その言葉は酷く震えていた。どうか、バレませんようにと必死に祈る。
ルーカスは、表情を和らげて宙を見る。先ほどまでの意地悪な表情とは違う。私の話をする時、ルーカスはこんなにも優しげで温かい顔になる。だが、私がきゅんとするはずもない。
「あぁ……俺はずっとセシリアを思っている。
早くセシリアに会いたい。そして、セシリアを花祭りに招待しようと思う」
ちょ……ちょっと待って。私の思考がついていかないのだが。ルーカスは、花祭りにセシリアを招待したいと言っている。セシリアが花祭りに行くのならば、セリオは休みをいただかなければならない。そして、ルーカスはなぜ私をそんなに思っているのだろうか。身に覚えのない私は、ルーカスの勘違いとしか思えない。
「俺はセシリアと花の道を歩き、パレードを共に見物したい。そのため、必死になって花祭りの準備をしている」
ルーカスが花祭りの仕事に真面目に取り組んでいるのは、私を招待するからと言うのだろうか。何という不純な動機だろう。そして耐えきれず、思わず聞いてしまった。
「ルーカス様は、なぜ……せ、セシリア様を好かれているのですか? 」
ルーカスは眉をひそめて私を睨む。そのイラついた瞳を見ると、思わず怯えて飛び上がりそうになってしまう私。そしてまさか、ルーカスは私がセシリアだと気付いたのではないかという不安が押し寄せる。
だが、ルーカスを甘く見ていた私がいけなかった。
「おい、クソチビ」
ルーカスは不満そうに私を呼ぶ。思わず背筋を伸ばした私に、彼は口角を歪めて吐いたのだ。
「お前は恋したことがないんだな。ひ弱だな」
彼はさらに、私を馬鹿にし続ける。
「お前は虚弱体質だから、自分に自信もないのか?
……チ◯コ付いてんのか? 」
罵られ、私は顔を真っ赤にする。ルーカスは最後に下品な言葉を吐いたが、私に付いているはずもない。だって、私は女だから。だが、この事実がルーカスにバレてはいけない。
ルーカスは馬鹿にするように私を見て、一歩また一歩と歩み寄る。その綺麗な顔と、嘲笑うような視線にどぎまぎしながら。そしてルーカスは、何の前触れもなく、がばっと私の手首を掴んだのだ。必死に手を引こうとするが、男の力で押さえつけられてびくともしない。そのまま、ルーカスに床に押し付けられた。
見る人が見れば、今の私はかなり際どい場面に直面していると言えるだろう。大人の男に馬乗りになられ、両手首を床に押さえつけられているのだから。このままことに及ぶと見えるかもしれないが、そんなはずはない。だって、今の私はセリオだから。そんなこと分かっているはずなのに、胸がドキドキする。もちろん甘いドキドキではなく、不吉なドキドキだ。
ルーカスは私の上に跨ったまま、勝ち誇ったように私を見下ろす。そして、意地悪く口元を歪めたまま、私に告げた。
「クソチビ。お前、女みたいだから、お前のチ◯コを見てやる。
写真でも撮って、ばら撒いてやろうか? 」
最悪だ……最低だ……使用人の下半身を露出させ、その写真を撮るだなんて、悪質にも程がある。そして、もちろんそんなもの、私にはついていない。
追い詰められたネズミは、襲いかかる猫を攻撃するかもしれない。そしてまさしく追い詰められた私は、ルーカスを攻撃した。その股間を力いっぱい蹴り飛ばしたのだ。
「痛ぇ!! 」
ルーカスは、股間を押さえてギャグみたいに飛び上がる。そして私は、ルーカスの体が離れた隙に、ルーカスを押し退け部屋を飛び出していた。
後ろを振り返り、ルーカスが追ってきていないことを何度も確認した。そして、ルーカスが追ってこないことにホッとするとともに、胸がズキズキと痛んだ。私がいなくなっても、ルーカスは痛くも痒くもないんだ。
ルーカスが最悪な人だということは、よく分かった。そして、どういうわけか私が好きで、求婚しているらしい。私はもちろん、ルーカスと結婚なんてしたくない。この館に潜入して、結婚したくないという気持ちはますます強くなった。出来ることなら、この使用人の仕事も辞めて、全てなかったことにしたい。だが、お兄様に紹介してもらった仕事だ。お兄様の顔を立てるためにも、もう少し続けなければならないだろう。でも、私はルーカスを攻撃してしまった。ルーカスは、酷く怒っているに違いない。
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