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9. 彼の弟に惚れてしまいそう
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ルーカスと同じブロンドの髪に碧眼の瞳。だが、ルーカスよりも優しげで少し下がった目尻の彼は、私に優しく告げる。
「君は新しい使用人? この館で迷ったの? 」
私はぐっと黙る。たった今、ルーカスの股間を蹴って部屋を飛び出したなんて言うと、優しそうな彼すら怒るかもしれない。いや、私は不敬ものだと言って、捕えられるかもしれない。
黙っている私に、彼は優しい声で告げる。
「僕は、トラスター家の次男、ジョエル。
君は兄上の新しい使用人だよね? 」
ジョエル様はそう告げ、私の前に身を屈めて目線を合わせる。ルーカスと同じく彼も美男だが、ルーカスよりもずっとずっと優しそうだ。
ジョエル様に聞かれ、思わず頷いてしまった。そして、この優しそうな男性に聞かれると、思わず吐き出してしまった。
「私はルーカス様の使用人ですが、ルーカス様に手を挙げてしまいまして……」
こんな私を見て、ジョエル様はふふっと笑った。そして、笑顔のまま告げる。
「そうでしょう? 兄上の使用人は皆、そうやって兄上に愛想を尽かして去っていくんだ。
兄上も悪い人ではないんだけどね、何しろ荒っぽいから……」
いや、兄上は悪い人だと私は思っている。デリカシーがなく、人のことを貶し続ける、嫌な男だ。
「君は兄上に謝りたい? それとも、もう使用人を辞める? 」
ジョエル様は私に視線を合わせたまま、申し訳なさそうに告げる。だが、今回の私の就職は、私のお兄様の手も借りているのだ。すぐに離職だなんて、お兄様にも迷惑がかかるため、出来る限り避けたい。
「謝りたいです……」
私は消えそうな声で告げる。確かにルーカスに手を出してしまったことは、謝らなければならない。だが、ルーカスにも謝ってほしい。そんなこと、無理に決まっているだろうが。
「そう。続けるなんて、君はなかなか度胸があるね」
ジョエル様はおかしそうに笑いながら言う。
「僕も、これ以上兄上の評判を落としたくない。だから、君が続けてくれるのは大歓迎だよ。
辛かったら、いつでも話を聞くから」
ジョエル様はルーカスと兄弟なのに、どうして兄弟間でこんなにも違うのだろう。ルーカスが酷いだけに、ジョエル様に惚れてしまいそうだ。ジョエル様なら婚約者を大切にするだろうし、使用人を酷く扱うことも無さそうだ。ルーカスがジョエル様だったら良かったのにと、心から思った。
「兄上も大好きなセシリア嬢と結婚して、早く落ち着けばいいのに」
いや、それは困る。セシリアと結婚だなんて、私は耐えられない。そして、ふと思った。ジョエル様を説得したら、私との縁談はないものに出来るかもしれない。
「あの……その件なのですが……」
私は上目遣いでジョエル様を見る。ジョエル様は、相変わらず優しい顔で私に微笑みかけている。それはまさしく天使の笑顔だ。そんなジョエル様に、私は告げていた。
「せ、セシリア嬢は、平民です。おそらく、ルーカス様と釣り合わないかと存じます。
他にも、もっと適した令嬢がいるでしょう」
「確かに皆はそう言う。でも、兄上はセシリア嬢以外、考えられないみたいなんだ」
ジョエル様はあまり乗り気では無さそうだ。だが、周囲の人はこの縁談に反対しているようで、心底ホッとする。
「舞踏会なんて開いてみてはいかがですか? 」
私は提案していた。舞踏会で、ダンスが上手くて煌びやかな令嬢を見つけてもらおう。そうすれば、私の仕事も終わりだ。
ジョエル様はしばらく考えていた。そして、そうだねと頷く。
「今までどんな令嬢にも靡かなかった兄上だ。舞踏会を開いたところで、いい相手が見つかるとも思えない。
ただ、僕もそろそろ相手を見つけなければならないからね」
ジョエル様の相手なら、私がなります!なんて言いたくなるほどだった。だが、ジョエル様も公爵令息だ。身分不相応に決まっている。私は黙って裏方にでも徹しよう。
ジョエル様は、私をルーカスの部屋まで連れて行ってくれた。部屋を開けると、ルーカスは何事もなかったようにデスクに座って仕事をしている。私がいようがいなかろうが、関係ないのだろう。そんなルーカスに、ジョエル様は厳しく言ってくれる。
「兄上。使用人にキツく当たるのは、やめていただけますか?
使用人が頻繁に変わると、兄上の評判も落ちます」
ルーカスは、ジョエル様を思いっきり睨む。その目つきは、使用人の私を見る瞳と同じ、獰猛な野獣のようだ。そして、あからさまにイラついたように話す。
「評判とか、関係ない。俺は俺の好きなようにやる」
あぁ……これはダメだわ。ルーカスは自己中すぎて、周りを見たり空気を読むことなんて出来ないのだろう。ジョエル様を見習って欲しい。
だが、ジョエル様もさすがルーカスの弟だ。長年暴力的な兄と付き合っているため、ルーカスへの対応も心得ているようだ。
「兄上、セリオさんの提案で、近々舞踏会を開くことにしました。
僕も婚約者を探すから、兄上も男を磨いてください」
「お前、余計なことを言いやがって」
なんとルーカスの怒りは、ジョエル様ではなくて私に飛び火する。怒りのこもった瞳で睨まれ、先ほど押し倒された時の恐怖が蘇る。そして怯える私を、ジョエル様が守ってくれる。
「セリオさんを痛めつけるのなら、僕が許しませんよ?
だいいち、自分がいい暮らしを出来るのも、使用人の皆さんのおかげです。感謝を忘れないようにと、日々父上に言われているでしょう」
ルーカスが兄だというのに、これじゃあジョエル様が兄のようだ。ますます情け無くなる。公爵家だって、ジョエル様が継いだほうが安泰だ。
ジョエル様は最後に、
「これ以上セリオさんを虐げたら、許しませんよ」
なんて言い残して出ていった。ジョエル様だって仕事で忙しいのだろう。それなのに、こんなにも私を守ってくれて感謝の気持ちでいっぱいだ。このままでは私、ジョエル様を好きになってしまいそうだ。
「君は新しい使用人? この館で迷ったの? 」
私はぐっと黙る。たった今、ルーカスの股間を蹴って部屋を飛び出したなんて言うと、優しそうな彼すら怒るかもしれない。いや、私は不敬ものだと言って、捕えられるかもしれない。
黙っている私に、彼は優しい声で告げる。
「僕は、トラスター家の次男、ジョエル。
君は兄上の新しい使用人だよね? 」
ジョエル様はそう告げ、私の前に身を屈めて目線を合わせる。ルーカスと同じく彼も美男だが、ルーカスよりもずっとずっと優しそうだ。
ジョエル様に聞かれ、思わず頷いてしまった。そして、この優しそうな男性に聞かれると、思わず吐き出してしまった。
「私はルーカス様の使用人ですが、ルーカス様に手を挙げてしまいまして……」
こんな私を見て、ジョエル様はふふっと笑った。そして、笑顔のまま告げる。
「そうでしょう? 兄上の使用人は皆、そうやって兄上に愛想を尽かして去っていくんだ。
兄上も悪い人ではないんだけどね、何しろ荒っぽいから……」
いや、兄上は悪い人だと私は思っている。デリカシーがなく、人のことを貶し続ける、嫌な男だ。
「君は兄上に謝りたい? それとも、もう使用人を辞める? 」
ジョエル様は私に視線を合わせたまま、申し訳なさそうに告げる。だが、今回の私の就職は、私のお兄様の手も借りているのだ。すぐに離職だなんて、お兄様にも迷惑がかかるため、出来る限り避けたい。
「謝りたいです……」
私は消えそうな声で告げる。確かにルーカスに手を出してしまったことは、謝らなければならない。だが、ルーカスにも謝ってほしい。そんなこと、無理に決まっているだろうが。
「そう。続けるなんて、君はなかなか度胸があるね」
ジョエル様はおかしそうに笑いながら言う。
「僕も、これ以上兄上の評判を落としたくない。だから、君が続けてくれるのは大歓迎だよ。
辛かったら、いつでも話を聞くから」
ジョエル様はルーカスと兄弟なのに、どうして兄弟間でこんなにも違うのだろう。ルーカスが酷いだけに、ジョエル様に惚れてしまいそうだ。ジョエル様なら婚約者を大切にするだろうし、使用人を酷く扱うことも無さそうだ。ルーカスがジョエル様だったら良かったのにと、心から思った。
「兄上も大好きなセシリア嬢と結婚して、早く落ち着けばいいのに」
いや、それは困る。セシリアと結婚だなんて、私は耐えられない。そして、ふと思った。ジョエル様を説得したら、私との縁談はないものに出来るかもしれない。
「あの……その件なのですが……」
私は上目遣いでジョエル様を見る。ジョエル様は、相変わらず優しい顔で私に微笑みかけている。それはまさしく天使の笑顔だ。そんなジョエル様に、私は告げていた。
「せ、セシリア嬢は、平民です。おそらく、ルーカス様と釣り合わないかと存じます。
他にも、もっと適した令嬢がいるでしょう」
「確かに皆はそう言う。でも、兄上はセシリア嬢以外、考えられないみたいなんだ」
ジョエル様はあまり乗り気では無さそうだ。だが、周囲の人はこの縁談に反対しているようで、心底ホッとする。
「舞踏会なんて開いてみてはいかがですか? 」
私は提案していた。舞踏会で、ダンスが上手くて煌びやかな令嬢を見つけてもらおう。そうすれば、私の仕事も終わりだ。
ジョエル様はしばらく考えていた。そして、そうだねと頷く。
「今までどんな令嬢にも靡かなかった兄上だ。舞踏会を開いたところで、いい相手が見つかるとも思えない。
ただ、僕もそろそろ相手を見つけなければならないからね」
ジョエル様の相手なら、私がなります!なんて言いたくなるほどだった。だが、ジョエル様も公爵令息だ。身分不相応に決まっている。私は黙って裏方にでも徹しよう。
ジョエル様は、私をルーカスの部屋まで連れて行ってくれた。部屋を開けると、ルーカスは何事もなかったようにデスクに座って仕事をしている。私がいようがいなかろうが、関係ないのだろう。そんなルーカスに、ジョエル様は厳しく言ってくれる。
「兄上。使用人にキツく当たるのは、やめていただけますか?
使用人が頻繁に変わると、兄上の評判も落ちます」
ルーカスは、ジョエル様を思いっきり睨む。その目つきは、使用人の私を見る瞳と同じ、獰猛な野獣のようだ。そして、あからさまにイラついたように話す。
「評判とか、関係ない。俺は俺の好きなようにやる」
あぁ……これはダメだわ。ルーカスは自己中すぎて、周りを見たり空気を読むことなんて出来ないのだろう。ジョエル様を見習って欲しい。
だが、ジョエル様もさすがルーカスの弟だ。長年暴力的な兄と付き合っているため、ルーカスへの対応も心得ているようだ。
「兄上、セリオさんの提案で、近々舞踏会を開くことにしました。
僕も婚約者を探すから、兄上も男を磨いてください」
「お前、余計なことを言いやがって」
なんとルーカスの怒りは、ジョエル様ではなくて私に飛び火する。怒りのこもった瞳で睨まれ、先ほど押し倒された時の恐怖が蘇る。そして怯える私を、ジョエル様が守ってくれる。
「セリオさんを痛めつけるのなら、僕が許しませんよ?
だいいち、自分がいい暮らしを出来るのも、使用人の皆さんのおかげです。感謝を忘れないようにと、日々父上に言われているでしょう」
ルーカスが兄だというのに、これじゃあジョエル様が兄のようだ。ますます情け無くなる。公爵家だって、ジョエル様が継いだほうが安泰だ。
ジョエル様は最後に、
「これ以上セリオさんを虐げたら、許しませんよ」
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