悪役令息とは結婚したくないので、男装して恋愛工作に励みます

湊一桜

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10. 不覚にも、少しぐらついてしまった

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 ジョエル様が去ったあと、ルーカスは思いっきり大きなため息をついた。そしてまた、私を睨む。

「クソチビ……余計なことばかりしやがって!! 」

 ルーカスは何に怒っているのだろうか。私が股間を蹴り上げたことだろうか。それとも、ジョエル様に助けを求めたことだろうか。はたまた、舞踏会を開くことを提案したことだろうか。いずれにしても、ルーカスが気に入らないと思っていることは確かだ。

「そもそも、舞踏会ってなんだ? どうして俺が、興味もない令嬢と踊らなければならないんだ」

 ルーカスはため息混じりに告げる。だから私は、思わず言ってしまった。

「もしかしてルーカス様、破壊的にダンスがお下手なんですね」

 そして、慌てて口を塞ぐ。こんな私を、ルーカスは思いっきり睨んだ。そして、失言をした私についに暴力でも振るうのかと思ったが……

「は? 馬鹿かお前」

 ルーカスはあきれたように吐き出す。

「俺は学院時代、ダンスでもトップの成績だった」

 その言葉に、思わず吹き出してしまった。

 なに?ダンスでトップの成績!?
 ルーカスって踊れるの!?

 そんな私に、

「は? クソチビの分際で笑うな」

なんて豪語する。やっぱり大嫌いだと改めて思う。だが、ルーカスは何を思ったのか、またあり得ないことを言い始めたのだ。

「セシリアが相手なら、喜んで踊るのにな」

 やめてよ、そういうの。ルーカスなんて大嫌いだが、どう答えていいのか対応に困る。

「悔しいけど、ジョエルの言うことも正しいからな。
 今の俺じゃ、セシリアに嫌われるかもしれない。もっと男を磨くべきなんだろう」

 何を言っているのだろう。今までのように、ジョエル様に叱られた件も、怒り飛ばしたらいいのに。そうすれば、私だってルーカスを嫌な人と思い続けることが出来る。だが、ここへきて急にいい人発言だ。そう言う予想外の言動は、やめて欲しい。悪役は悪役らしくするべきだ。そして、ルーカスがどう変わろうが、私が惚れるはずがないのに。

 ただ、ルーカスが意外すぎる発言をするから、思わず言ってしまった。

「あの……蹴ってしまって、申し訳ありませんでした」

 ルーカスは一瞬、ぽかーんと私を見る。そしてその顔は、次第に意地悪く歪む。

「謝って許されるものでもないだろう。
 お前は、を蹴ったんだ。普通なら、この館から放り出してやる」

 だよね……やっぱり、情け容赦ないや。
 いい人だと思った私が間違いだった。

「でも、お前はセシリアの兄である、マルコスの知人なんだろう? 
 セシリアについての情報を洗いざらい話せば、今回のことは許してやる」

 ……は? どうしてそうなる!? 
 私はセシリアのことは何でも知っているが、情報は取捨選択しなければならないだろう。そうだ、ルーカスに、私のことを嫌いになってもらうなんてどうだろう。だから私は告げていた。

「私は、セシリアさんに会ったことはありません。ですが、噂には聞きます。
 父親は犯罪者。自分は性格が良くないのに、優しい男が好き。それに、男よりも犬が好きのようです。
 セシリアさんを振り向かせるのは難しいですし、ルーカス様にはもっといい女性がいるかと思います」

 ルーカスは怒りのこもった目で私を見る。その目で見られただけで、刺し殺されてしまいそうだ。そしてそのまま、強い語気で言う。

「セシリアの父親は、犯罪者ではない!」

 ……え!?

「周りが信じてやらないと、彼女はどうやって生きるんだ!? 」

 私は俯いた。気を許すと泣いてしまいそうだ。
 ルーカスは、自分がセシリアを振り向かせるのは難しいと言われたことよりも、セシリアを侮辱したことに腹を立てている。どうしてそんなに優しいことを言うのだろう。本当に、キャラに合わないことは言わないでいて欲しい。
 
「今後、セシリアのことを悪く言うのを、一切禁止する」

 ルーカスはそう告げ、書類に目を落とす。そして、ぼそっと吐き出した。

「確かに、セシリアが俺を好きになるのは難しいかもしれない。俺は最低な男だから。

 でも、惚れた女を守り通すくらいの覚悟はある。
 俺が近くにいてやって、あいつを理不尽な攻撃から守ってやりたい」

 ルーカスが私に求婚したのも、私を守るためだと言うのだろうか。私は薄々気付き始めていた。ルーカスは最低な男だが、セシリアに対してはすごく優しく正義感溢れていることに。セシリアと結婚すれば、必ずルーカスの評判も落ちるだろう。だが、それすら気にせず、必死にセシリアを守ることを考えている。……なんて健気なのだろう。

 こんなルーカスの存在が、少しずつ私の心の安心になり始めているのも事実だった。

「なあ、クソチビ」

 ルーカスは書類を手に持って目を通しながら、私に言う。

「俺がどうしてセシリアに惚れたのか、教えてやろうか? 」

 私は思わず頷いていた。
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