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11. 彼の素直な気持ち
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しんと静まり返った室内に、ルーカスの低い声が響く。その声にはいつものような狂気はなく、少しだけ甘さと切なさがあった。相変わらず書類を見る彼の眼差しは、いつの間にか優しげに歪んでいる。
「セシリアと俺は、学院時代の同級生だ」
ルーカスは静かに告げる。
「セシリアは目立つタイプではなく、正直はじめは興味もなかった。
俺はもっと派手好きで、窓際で読書なんてしているセシリアに、惹かれるとは思ってもいなかった」
……でしょうね。私とルーカスは、タイプが全然違う。ルーカスは昔からクラスの中心にいて、目立つような人だった。もちろん、目立つといっても悪目立ちだが。
「だが、席が隣になった俺は、まんまとセシリアに堕ちた」
ルーカスは、なおも優しげで甘い声で続ける。
「ある日、食事にキノコが出た。俺はキノコが大の苦手で、あんなものは人間の食べ物ではないと思っている。キノコを見るだけで吐きそうになるほどだ。
だから俺は、大嫌いなキノコを避け、バレないようにセシリアの皿へと投げ入れた」
……はぁ!?
「するとセシリアは、美味しそうにそれを全部食った。
俺は感激した。こいつ、キノコをこんなにも美味しそうに食うのか、すげーと」
何それ……
どんな感動話が出るのかと思ったのに、それか。
私は心の中でため息をつく。
「またある日、俺は猛犬に襲われていた。その猛犬は俺に激しく吠えかかり、俺は噛み殺される恐怖に襲われた。
だが、セシリアはその猛犬を、俺から引き離してくれた」
その記憶は微かにある。だが、私の記憶の中の犬は、猛犬などではない。小さなマルチーズが、遊んで遊んでとルーカスに飛びついていたのだ。でも、ルーカスがあまりにも怖がっているのと、マルチーズが可愛すぎたため、私がマルチーズを抱っこしたのだ。
……なんという誇張ぶりだ。
「そしてまたある日、俺は興味もない令嬢に告白されていた。どうせ俺の家の爵位を狙って、幼い頃から取り押さえにかかっていたのだろう。そいつは、あまりにもしつこかった。
そろそろ嫌気がさした時、セシリアが教室に現れて助けてくれた。するとその令嬢は顔を真っ赤にして逃げていった」
きっと、偶然居合わせただけだ。私は助けるつもりなんてなかっただろうし、その記憶すらもない。確かにルーカスはその容姿と家柄からモテていることは知っていたし、それ故に近付きたくもなかったのだ。
「セシリアはこうやって度々俺を助けてくれた。
きっと、セシリアは俺のことが好きなんだろう」
その勘違いぶりに、思わず吹き出しそうになった。
ちょっと待ってよ。私がルーカスを好きだった……!? ないない!絶対にないから!
むしろ、ルーカスは苦手な部類だった。家柄はいいはずなのに、乱暴者で喧嘩ばかりして。時には女の子を泣かせたり、先生に暴言を吐いたり。私の最も苦手とする部類だったのだ。そして今も、それは変わりない。いや、非常識な暴君と知って、ますます関わりたくないと思ってしまう。
「クソチビよ、お前はどうしてそんな顔をしている? 」
そう言われて、はっと我に返る。私はきっとすごく複雑で、それでいて笑いそうな顔をしていたのだろう。慌てていつも通りの表情に戻す。
「お前が思っているよりも、セシリアはずっといい女だ。
セシリアの父親が爵位を剥奪され、急に彼女が学院からいなくなった時、俺はどん底に堕ちた。
俺は日々彼女に癒され、彼女から元気をもらって生きていたのだ。
……そんなセシリアを侮辱する奴は、例え使用人でも許さない」
その気持ちは嬉しいが、やはり複雑だ。だって私がセシリアだからだ。それでも、ルーカスが私のことをそうも想ってくれていたのは意外だった。そして、嬉しくも思ってしまうのだった。たとえその動機が勘違いや思い過ごしだったとしても。
「だから、舞踏会とかやめてくれ……」
ルーカスはすがるように言う。
「俺はただ、セシリアといたいだけなんだ……」
普段は気が荒くて攻撃的なルーカスが、セシリアを思ってこうも素直で弱々しくなる。その様子を見て、気持ちがぐらつかなかったと言ったら嘘になる。そして一瞬、ルーカスと結婚出来れば幸せになれると思ってしまった。
だけど、だ。私は平民だし、普段のルーカスの様子も散々だ。例えセシリアとの恋がはじめは上手くいったとしても、いずれボロが出て駄目になる可能性も大きい。そして、ルーカスは周りから後ろ指を指され、私だって悪口を言われ続けるだろう。二人の未来に幸せがないのは事実だ。舞踏会で、私よりもいいと思える人を見つけて欲しいと、心から思った。
「セシリアと俺は、学院時代の同級生だ」
ルーカスは静かに告げる。
「セシリアは目立つタイプではなく、正直はじめは興味もなかった。
俺はもっと派手好きで、窓際で読書なんてしているセシリアに、惹かれるとは思ってもいなかった」
……でしょうね。私とルーカスは、タイプが全然違う。ルーカスは昔からクラスの中心にいて、目立つような人だった。もちろん、目立つといっても悪目立ちだが。
「だが、席が隣になった俺は、まんまとセシリアに堕ちた」
ルーカスは、なおも優しげで甘い声で続ける。
「ある日、食事にキノコが出た。俺はキノコが大の苦手で、あんなものは人間の食べ物ではないと思っている。キノコを見るだけで吐きそうになるほどだ。
だから俺は、大嫌いなキノコを避け、バレないようにセシリアの皿へと投げ入れた」
……はぁ!?
「するとセシリアは、美味しそうにそれを全部食った。
俺は感激した。こいつ、キノコをこんなにも美味しそうに食うのか、すげーと」
何それ……
どんな感動話が出るのかと思ったのに、それか。
私は心の中でため息をつく。
「またある日、俺は猛犬に襲われていた。その猛犬は俺に激しく吠えかかり、俺は噛み殺される恐怖に襲われた。
だが、セシリアはその猛犬を、俺から引き離してくれた」
その記憶は微かにある。だが、私の記憶の中の犬は、猛犬などではない。小さなマルチーズが、遊んで遊んでとルーカスに飛びついていたのだ。でも、ルーカスがあまりにも怖がっているのと、マルチーズが可愛すぎたため、私がマルチーズを抱っこしたのだ。
……なんという誇張ぶりだ。
「そしてまたある日、俺は興味もない令嬢に告白されていた。どうせ俺の家の爵位を狙って、幼い頃から取り押さえにかかっていたのだろう。そいつは、あまりにもしつこかった。
そろそろ嫌気がさした時、セシリアが教室に現れて助けてくれた。するとその令嬢は顔を真っ赤にして逃げていった」
きっと、偶然居合わせただけだ。私は助けるつもりなんてなかっただろうし、その記憶すらもない。確かにルーカスはその容姿と家柄からモテていることは知っていたし、それ故に近付きたくもなかったのだ。
「セシリアはこうやって度々俺を助けてくれた。
きっと、セシリアは俺のことが好きなんだろう」
その勘違いぶりに、思わず吹き出しそうになった。
ちょっと待ってよ。私がルーカスを好きだった……!? ないない!絶対にないから!
むしろ、ルーカスは苦手な部類だった。家柄はいいはずなのに、乱暴者で喧嘩ばかりして。時には女の子を泣かせたり、先生に暴言を吐いたり。私の最も苦手とする部類だったのだ。そして今も、それは変わりない。いや、非常識な暴君と知って、ますます関わりたくないと思ってしまう。
「クソチビよ、お前はどうしてそんな顔をしている? 」
そう言われて、はっと我に返る。私はきっとすごく複雑で、それでいて笑いそうな顔をしていたのだろう。慌てていつも通りの表情に戻す。
「お前が思っているよりも、セシリアはずっといい女だ。
セシリアの父親が爵位を剥奪され、急に彼女が学院からいなくなった時、俺はどん底に堕ちた。
俺は日々彼女に癒され、彼女から元気をもらって生きていたのだ。
……そんなセシリアを侮辱する奴は、例え使用人でも許さない」
その気持ちは嬉しいが、やはり複雑だ。だって私がセシリアだからだ。それでも、ルーカスが私のことをそうも想ってくれていたのは意外だった。そして、嬉しくも思ってしまうのだった。たとえその動機が勘違いや思い過ごしだったとしても。
「だから、舞踏会とかやめてくれ……」
ルーカスはすがるように言う。
「俺はただ、セシリアといたいだけなんだ……」
普段は気が荒くて攻撃的なルーカスが、セシリアを思ってこうも素直で弱々しくなる。その様子を見て、気持ちがぐらつかなかったと言ったら嘘になる。そして一瞬、ルーカスと結婚出来れば幸せになれると思ってしまった。
だけど、だ。私は平民だし、普段のルーカスの様子も散々だ。例えセシリアとの恋がはじめは上手くいったとしても、いずれボロが出て駄目になる可能性も大きい。そして、ルーカスは周りから後ろ指を指され、私だって悪口を言われ続けるだろう。二人の未来に幸せがないのは事実だ。舞踏会で、私よりもいいと思える人を見つけて欲しいと、心から思った。
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