悪役令息とは結婚したくないので、男装して恋愛工作に励みます

湊一桜

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31. 彼の弟にバレてしまった

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 この大切な時に実家に帰りたいと言った私に、案の定ルーカスは怒った。

「おい、クソチビ!てめぇ、正気か!? 」

 いくら私でも分かる。使用人は私情を挟まず、主人に尽くさなければならないと。だが、一人二役を演じるには、どこかでセリオは消えなければならない。こんな私の計画を後押ししてくれたのは、予想外の人物だった。

「兄上、セリオさんはご家族の危機なんです。
 万が一ご家族が死んでしまったら、セリオさんは一生それを悔やんで生きることになりませんか? 」

 明るい声でそう告げて、ゆっくり私たちのほうへと歩み寄るのは……ルーカスと同じようなブロンドの髪に、碧眼。だが、ルーカスよりも随分優しくて穏やかな顔をした、

「ジョエル様……」

だったのだ。

 思わぬジョエル様の登場にホッとし、ジョエル様が私の味方をしてくれることにさらに安堵した。そして、ルーカスだって根っからの悪人ではない。ジョエル様の登場がなかったとしても、いつかは折れてくれるとは思っていた。

「仕方ねぇな」

 チッと舌打ちをして、ぶっきらぼうに告げるルーカス。そんなルーカスに、

「ありがとうございます」

と深々と頭を下げていた。

「クソチビ。花祭りのことはいいから、家族を大切にしろよ!」

 ルーカスはそんなことを付け加える。そういうの、反則だ。悪人なら、ずっと悪人でいて欲しい。こういう小さな優しささえ、私の胸を温かくする。これ以上、ルーカスに惹かれたくないと思っているのに。



 ルーカスから離れて厩舎へ向かう。厩舎で馬を借りて、家まで帰ろうと思っているのだ。それなのに、なぜかジョエル様も私の後を追ってくる。なに? 何か話があるの!? 

 ジョエル様は足早に私の隣まで来ると、耳元で小声で囁いた。

「危なかったですね」

 ……え!?

「このままじゃ、計画が狂うところでしたね」

 私は立ち止まって、ジョエル様を見上げていた。信じられないほど、鼓動がバクバクと音を立てていた。聞かなかったことにしたい。だけど、聞いてしまった。ジョエル様はまさか、私がセシリアだと気付いているのだろうか。

「……おっしゃる意味が分かりませんが」

 平静を装うが、私の声は酷く震えている。

 ジョエル様は私がセシリアだと確かめて、何をする気なのだろうか。取り引きか何かをする気なのだろうか。……きっとそうだ。ジョエル様も、ルーカスがセシリアなんかと結婚することを反対しているに違いない。

 ジョエル様はふっと笑いながら告げる。

「僕、警戒されていますね?
 でも、僕なら何かお力になれるかもしれません」

 私はまじまじとジョエル様を見つめていた。

 何か下心があるのだろうか。ただ単にルーカスの恋を叶わせたいと思っているのだろうか。それとも、私を陥れようとしているのだろうか。人のいいジョエル様に限って、それはないと信じたい……

「どうしてそんなことをされているのですか、セシリア嬢」

 ジョエル様は優しげだが、逃がさないとでも言うように私に聞く。だから私はとうとう告げていた。

「私はもう平民の身です。
 ……ルーカスには、もっと相応しい女性がいると思いまして……」

 そう言いながらも、胸がズキズキ痛む。ルーカスと結婚しないことを一番望んでいたのは私なのに、口にすると心が辛い。私はいつの間にか、ルーカスに執着しているようだ。

 ジョエル様はふっと笑った。そしてそっと告げる。

「そうですね」

 その肯定の言葉が、さらに私の胸を抉る。

 私は、ジョエル様にどんな言葉を望んでいたのだろうか。きっと、否定され、励まされることを望んでいたのだ。

 だが、ジョエル様は、続けて思いがけない言葉を吐いたのだ。

「それならば、貴女は僕と結婚すればいいことです」

 その瞬間、

「えっ!? 」

私は大声を出していた。

 ちょっと待って。頭が追いつかない。
 ジョエル様は何を言っているのだろうか。

 嘘だよね。あ、からかっているんだ。そう思うのに、ジョエル様はいつまで経っても冗談だとは言わない。ただ、憂いを帯びた瞳で私を見下ろすのみだ。

「あ、あの……ジョエル様……」

 私の声は震えていた。それだけではない、体も少し震えている。ジョエル様は冗談を言っているのは分かっているが、冗談を本気のように言ってしまうからだ。

「ルーカスが駄目なのですから、じょ、ジョエル様が駄目だということも分かりますよね……」

 ジョエル様は甘い瞳で私を見て、一歩また一歩と迫ってくる。だから私は、一歩また一歩と後退りする。

「言っている意味が分かりません。
 兄上が言う通り、身分のことなど気にされなくてもいいのです」

「で、ですが……」

 気にするに決まっている。身分を気にしなくてもいいのなら、私はとっくにルーカスと……

「だ、駄目なものは駄目なのです!! 」

 私はそう言い放って、全力で走り去っていた。走りながらも、心臓はバクバクと音を立てている。背中を冷や汗がつーっと伝った。

 ジョエル様は、私がセシリアだと気付いていた。そして、ルーカスに代わって結婚しようなんて言い始めた。それが本気ではないと分かっているが……私は、どうなってしまうのだろう。

 
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