32 / 47
32. 揺れ動く本心と建前
しおりを挟む
予定通り厩舎で馬を借りた。ルーカスの使用人であるということ、家族が急病であることを伝えると、ルーカスから……ではなく、ジョエル様から許可が降りた。その事実に胸を痛めながら、私は久しぶりに馬に乗って家に帰る。
学院時代に乗馬はしていた。あれから八年も経ってしまったが、私の体は乗馬の仕方をしっかりと覚えている。だが、私を取り巻く環境や、ルーカスとの関係も変わってしまったことを思い知る。
馬を走らせニ、三時間。そろそろ体が疲れてきた頃に、ようやく森が見えてきた。そして、森の外れにある小さな家が少しずつ近付く。立派なトラスター家にいたからこそ、自分の家がいつも以上にちっぽけに見える。そして、身分差をひしひしと感じる。ルーカスもジョエル様も身分なんて関係ないと言うが、関係ないはずがない。実際、トラスター公爵は、ルーカスと私の結婚に反対であるし、マリアナ様だってそう思っているだろう。マリアナ様だけでなく、その他全ての令嬢だって……そう思うと、頭が痛くなるのだった。
「お帰り、セシリア」
いつものようにお母様が出迎えてくれる。すっかり庶民になってしまったお母様は、ぐつぐつとシチューを煮ている。昔は料理とは無縁の生活を送っていただろうに、今の現状に何も思わないのだろうか。
お父様は部屋の奥で、マロンの体を洗っている。こうやってマロンを可愛がるお父様を見て、ルーカスを思い出してしまった。そして、例外なく胸がきゅんと鳴る。
「セシリア、お帰り。
明日、トラスター公爵令息のルーカス様に、花祭りに呼ばれているんだよな? 」
心配そうなお父様に、笑顔で答える。
「はい。でも、迎えに来られた時に断ります。
私がルーカス様と結婚だなんて、やっぱり無理ですから」
努めて平静を装ったはずだった。それでも、言葉にすれば胸が痛む。お父様はこんな私を見て、悲しそうな、それでいて申し訳なさそうな顔をする。お父様は悪いことをした訳でもないのだし、責任を感じなくてもいい。だから私は、なおも元気に振る舞った。
「私は、本当に好きな人と結婚したいのです」
そう言いながらも、ルーカスに惹かれていたのも事実だ。ルーカスなんて願い下げだったのに、今はいいところもたくさん知っている。そして何より、私だけを好きでいてくれる。ルーカスは八年も私を思い続けてくれて、今だって私だけを見てくれている。この後、他の女性に目移りする可能性はないとは言い切れないが……今までのルーカスの様子を見ると、私をずっと好きでいてくれる可能性は高いと思う。きっと、ルーカスと結婚出来れば、幸せな日々が待っているのだろう。
そんなことを考えてしまった私は、不意にお父様に尋ねていた。
「お父様は罪を被った時、どうして濡れ衣だと言わなかったのですか?
……どうして犯人はお父様ではないと、分かってもらえなかったのですか? 」
お父様は一瞬驚いた顔をして、そして俯く。その顔からは、悲しみや苦悩が伝わってくる。お父様はその事件について、掘り返して欲しくはないのだろう。だが、この事件が結婚の大きな足枷となってしまった今、聞かずにはいられなかった。
やがて、お父様はぽつりと呟いた。
「もちろん、私はしていないと主張した。だが、分かってくれる人がいるはずもなかった。
私自身は、もうどうでもいいんだ。でも、その件で、セシリアやマルコスに迷惑をかけるのが辛い……」
お父様は爵位を剥奪され、絶望しただろう。そして今は、未来の希望もなく随分投げやりになっている。だが、最後の最後まで、私たち子供の心配をしてくれていることに心を痛めた。出来ればお父様に、昔のような希望にあふれた顔をしていて欲しい。だが、事件について見当もつかない私は、何も出来ないのだ。だからといって、ルーカスと結婚する自信もない。
「セシリア。我が家は貧乏だ。
私たちは明日の花祭りに、セシリアに綺麗なドレスを着せて送り出したかった。でも、それすらも出来ない。
……本当に申し訳ない」
頭を垂れるお父様に、
「そんなの、お父様のせいじゃありません」
私は笑顔で告げた。
「それに言ったでしょう? 私は、ルーカスと結婚するつもりはありません」
平静を装うのに、語尾が震えていた。その事実に、お父様が気付かないようにと必死で祈る。爵位剥奪については、お父様は何も悪くない。だが、この言いようの無い絶望感や怒りを、どこに向ければいいのだろう。
学院時代に乗馬はしていた。あれから八年も経ってしまったが、私の体は乗馬の仕方をしっかりと覚えている。だが、私を取り巻く環境や、ルーカスとの関係も変わってしまったことを思い知る。
馬を走らせニ、三時間。そろそろ体が疲れてきた頃に、ようやく森が見えてきた。そして、森の外れにある小さな家が少しずつ近付く。立派なトラスター家にいたからこそ、自分の家がいつも以上にちっぽけに見える。そして、身分差をひしひしと感じる。ルーカスもジョエル様も身分なんて関係ないと言うが、関係ないはずがない。実際、トラスター公爵は、ルーカスと私の結婚に反対であるし、マリアナ様だってそう思っているだろう。マリアナ様だけでなく、その他全ての令嬢だって……そう思うと、頭が痛くなるのだった。
「お帰り、セシリア」
いつものようにお母様が出迎えてくれる。すっかり庶民になってしまったお母様は、ぐつぐつとシチューを煮ている。昔は料理とは無縁の生活を送っていただろうに、今の現状に何も思わないのだろうか。
お父様は部屋の奥で、マロンの体を洗っている。こうやってマロンを可愛がるお父様を見て、ルーカスを思い出してしまった。そして、例外なく胸がきゅんと鳴る。
「セシリア、お帰り。
明日、トラスター公爵令息のルーカス様に、花祭りに呼ばれているんだよな? 」
心配そうなお父様に、笑顔で答える。
「はい。でも、迎えに来られた時に断ります。
私がルーカス様と結婚だなんて、やっぱり無理ですから」
努めて平静を装ったはずだった。それでも、言葉にすれば胸が痛む。お父様はこんな私を見て、悲しそうな、それでいて申し訳なさそうな顔をする。お父様は悪いことをした訳でもないのだし、責任を感じなくてもいい。だから私は、なおも元気に振る舞った。
「私は、本当に好きな人と結婚したいのです」
そう言いながらも、ルーカスに惹かれていたのも事実だ。ルーカスなんて願い下げだったのに、今はいいところもたくさん知っている。そして何より、私だけを好きでいてくれる。ルーカスは八年も私を思い続けてくれて、今だって私だけを見てくれている。この後、他の女性に目移りする可能性はないとは言い切れないが……今までのルーカスの様子を見ると、私をずっと好きでいてくれる可能性は高いと思う。きっと、ルーカスと結婚出来れば、幸せな日々が待っているのだろう。
そんなことを考えてしまった私は、不意にお父様に尋ねていた。
「お父様は罪を被った時、どうして濡れ衣だと言わなかったのですか?
……どうして犯人はお父様ではないと、分かってもらえなかったのですか? 」
お父様は一瞬驚いた顔をして、そして俯く。その顔からは、悲しみや苦悩が伝わってくる。お父様はその事件について、掘り返して欲しくはないのだろう。だが、この事件が結婚の大きな足枷となってしまった今、聞かずにはいられなかった。
やがて、お父様はぽつりと呟いた。
「もちろん、私はしていないと主張した。だが、分かってくれる人がいるはずもなかった。
私自身は、もうどうでもいいんだ。でも、その件で、セシリアやマルコスに迷惑をかけるのが辛い……」
お父様は爵位を剥奪され、絶望しただろう。そして今は、未来の希望もなく随分投げやりになっている。だが、最後の最後まで、私たち子供の心配をしてくれていることに心を痛めた。出来ればお父様に、昔のような希望にあふれた顔をしていて欲しい。だが、事件について見当もつかない私は、何も出来ないのだ。だからといって、ルーカスと結婚する自信もない。
「セシリア。我が家は貧乏だ。
私たちは明日の花祭りに、セシリアに綺麗なドレスを着せて送り出したかった。でも、それすらも出来ない。
……本当に申し訳ない」
頭を垂れるお父様に、
「そんなの、お父様のせいじゃありません」
私は笑顔で告げた。
「それに言ったでしょう? 私は、ルーカスと結婚するつもりはありません」
平静を装うのに、語尾が震えていた。その事実に、お父様が気付かないようにと必死で祈る。爵位剥奪については、お父様は何も悪くない。だが、この言いようの無い絶望感や怒りを、どこに向ければいいのだろう。
11
あなたにおすすめの小説
転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。
ラム猫
恋愛
異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。
『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。
しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。
彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。
前世の記憶を取り戻した元クズ令嬢は毎日が楽しくてたまりません
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のソフィーナは、非常に我が儘で傲慢で、どしうようもないクズ令嬢だった。そんなソフィーナだったが、事故の影響で前世の記憶をとり戻す。
前世では体が弱く、やりたい事も何もできずに短い生涯を終えた彼女は、過去の自分の行いを恥、真面目に生きるとともに前世でできなかったと事を目いっぱい楽しもうと、新たな人生を歩み始めた。
外を出て美味しい空気を吸う、綺麗な花々を見る、些細な事でも幸せを感じるソフィーナは、険悪だった兄との関係もあっという間に改善させた。
もちろん、本人にはそんな自覚はない。ただ、今までの行いを詫びただけだ。そう、なぜか彼女には、人を魅了させる力を持っていたのだ。
そんな中、この国の王太子でもあるファラオ殿下の15歳のお誕生日パーティに参加する事になったソフィーナは…
どうしようもないクズだった令嬢が、前世の記憶を取り戻し、次々と周りを虜にしながら本当の幸せを掴むまでのお話しです。
カクヨムでも同時連載してます。
よろしくお願いします。
【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?
はくら(仮名)
恋愛
ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。
※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。
ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく
犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。
「絶対駄目ーー」
と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。
何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。
募集 婿入り希望者
対象外は、嫡男、後継者、王族
目指せハッピーエンド(?)!!
全23話で完結です。
この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。
断罪されてムカついたので、その場の勢いで騎士様にプロポーズかましたら、逃げれんようなった…
甘寧
恋愛
主人公リーゼは、婚約者であるロドルフ殿下に婚約破棄を告げられた。その傍らには、アリアナと言う子爵令嬢が勝ち誇った様にほくそ笑んでいた。
身に覚えのない罪を着せられ断罪され、頭に来たリーゼはロドルフの叔父にあたる騎士団長のウィルフレッドとその場の勢いだけで婚約してしまう。
だが、それはウィルフレッドもその場の勢いだと分かってのこと。すぐにでも婚約は撤回するつもりでいたのに、ウィルフレッドはそれを許してくれなくて…!?
利用した人物は、ドSで自分勝手で最低な団長様だったと後悔するリーゼだったが、傍から見れば過保護で執着心の強い団長様と言う印象。
周りは生暖かい目で二人を応援しているが、どうにも面白くないと思う者もいて…
神の子扱いされている優しい義兄に気を遣ってたら、なんか執着されていました
下菊みこと
恋愛
突然通り魔に殺されたと思ったら望んでもないのに記憶を持ったまま転生してしまう主人公。転生したは良いが見目が怪しいと実親に捨てられて、代わりにその怪しい見た目から宗教の教徒を名乗る人たちに拾ってもらう。
そこには自分と同い年で、神の子と崇められる兄がいた。
自分ははっきりと神の子なんかじゃないと拒否したので助かったが、兄は大人たちの期待に応えようと頑張っている。
そんな兄に気を遣っていたら、いつのまにやらかなり溺愛、執着されていたお話。
小説家になろう様でも投稿しています。
勝手ながら、タイトルとあらすじなんか違うなと思ってちょっと変えました。
公爵様のバッドエンドを回避したいだけだったのに、なぜか溺愛されています
六花心碧
恋愛
お気に入り小説の世界で名前すら出てこないモブキャラに転生してしまった!
『推しのバッドエンドを阻止したい』
そう思っただけなのに、悪女からは脅されるし、小説の展開はどんどん変わっていっちゃうし……。
推しキャラである公爵様の反逆を防いで、見事バッドエンドを回避できるのか……?!
ゆるくて、甘くて、ふわっとした溺愛ストーリーです➴⡱
◇2025.3 日間・週間1位いただきました!HOTランキングは最高3位いただきました!
皆様のおかげです、本当にありがとうございました(ˊᗜˋ*)
(外部URLで登録していたものを改めて登録しました! ◇他サイト様でも公開中です)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる