悪役令息とは結婚したくないので、男装して恋愛工作に励みます

湊一桜

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32. 揺れ動く本心と建前

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 予定通り厩舎で馬を借りた。ルーカスの使用人であるということ、家族が急病であることを伝えると、ルーカスから……ではなく、ジョエル様から許可が降りた。その事実に胸を痛めながら、私は久しぶりに馬に乗って家に帰る。

 学院時代に乗馬はしていた。あれから八年も経ってしまったが、私の体は乗馬の仕方をしっかりと覚えている。だが、私を取り巻く環境や、ルーカスとの関係も変わってしまったことを思い知る。



 馬を走らせニ、三時間。そろそろ体が疲れてきた頃に、ようやく森が見えてきた。そして、森の外れにある小さな家が少しずつ近付く。立派なトラスター家にいたからこそ、自分の家がいつも以上にちっぽけに見える。そして、身分差をひしひしと感じる。ルーカスもジョエル様も身分なんて関係ないと言うが、関係ないはずがない。実際、トラスター公爵は、ルーカスと私の結婚に反対であるし、マリアナ様だってそう思っているだろう。マリアナ様だけでなく、その他全ての令嬢だって……そう思うと、頭が痛くなるのだった。

「お帰り、セシリア」

 いつものようにお母様が出迎えてくれる。すっかり庶民になってしまったお母様は、ぐつぐつとシチューを煮ている。昔は料理とは無縁の生活を送っていただろうに、今の現状に何も思わないのだろうか。

 お父様は部屋の奥で、マロンの体を洗っている。こうやってマロンを可愛がるお父様を見て、ルーカスを思い出してしまった。そして、例外なく胸がきゅんと鳴る。

「セシリア、お帰り。
 明日、トラスター公爵令息のルーカス様に、花祭りに呼ばれているんだよな? 」

 心配そうなお父様に、笑顔で答える。

「はい。でも、迎えに来られた時に断ります。
 私がルーカス様と結婚だなんて、やっぱり無理ですから」

 努めて平静を装ったはずだった。それでも、言葉にすれば胸が痛む。お父様はこんな私を見て、悲しそうな、それでいて申し訳なさそうな顔をする。お父様は悪いことをした訳でもないのだし、責任を感じなくてもいい。だから私は、なおも元気に振る舞った。

「私は、本当に好きな人と結婚したいのです」

 そう言いながらも、ルーカスに惹かれていたのも事実だ。ルーカスなんて願い下げだったのに、今はいいところもたくさん知っている。そして何より、私だけを好きでいてくれる。ルーカスは八年も私を思い続けてくれて、今だって私だけを見てくれている。この後、他の女性に目移りする可能性はないとは言い切れないが……今までのルーカスの様子を見ると、私をずっと好きでいてくれる可能性は高いと思う。きっと、ルーカスと結婚出来れば、幸せな日々が待っているのだろう。

 そんなことを考えてしまった私は、不意にお父様に尋ねていた。

「お父様は罪を被った時、どうして濡れ衣だと言わなかったのですか?
 ……どうして犯人はお父様ではないと、分かってもらえなかったのですか? 」

 お父様は一瞬驚いた顔をして、そして俯く。その顔からは、悲しみや苦悩が伝わってくる。お父様はその事件について、掘り返して欲しくはないのだろう。だが、この事件が結婚の大きな足枷となってしまった今、聞かずにはいられなかった。

 やがて、お父様はぽつりと呟いた。

「もちろん、私はしていないと主張した。だが、分かってくれる人がいるはずもなかった。
 私自身は、もうどうでもいいんだ。でも、その件で、セシリアやマルコスに迷惑をかけるのが辛い……」

 お父様は爵位を剥奪され、絶望しただろう。そして今は、未来の希望もなく随分投げやりになっている。だが、最後の最後まで、私たち子供の心配をしてくれていることに心を痛めた。出来ればお父様に、昔のような希望にあふれた顔をしていて欲しい。だが、事件について見当もつかない私は、何も出来ないのだ。だからといって、ルーカスと結婚する自信もない。

「セシリア。我が家は貧乏だ。
 私たちは明日の花祭りに、セシリアに綺麗なドレスを着せて送り出したかった。でも、それすらも出来ない。
 ……本当に申し訳ない」

 頭を垂れるお父様に、

「そんなの、お父様のせいじゃありません」

私は笑顔で告げた。

「それに言ったでしょう? 私は、ルーカスと結婚するつもりはありません」

 平静を装うのに、語尾が震えていた。その事実に、お父様が気付かないようにと必死で祈る。爵位剥奪については、お父様は何も悪くない。だが、この言いようの無い絶望感や怒りを、どこに向ければいいのだろう。


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