悪役令息とは結婚したくないので、男装して恋愛工作に励みます

湊一桜

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35. 突然の宣戦布告

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 ルーカスは私の手を取って、花祭りのメイン会場まで連れていってくれた。メイン会場となる花畑は、数日前と同じように満開の花で溢れている。だが、数日前とは違って、多くの人で賑わっていた。満開の花に見惚れる人に、久しぶりに会う友人と話に花を咲かせる人々。皆が笑顔で、明るい表情をしている。ルーカスが主体となって準備した花祭りを、こんなにも多くの人が楽しんでいるなんてすごい、と感激してしまった。


 数日前に来ていることを悟られないように、

「わぁ!すごく綺麗な花畑ね」

私はありったけの笑顔で、驚いたように言う。

「そうだろう。セシリアに見てもらいたくて、俺は準備したんだ」

 ルーカスは静かに言う。以前の予行練習の時と同じようなルーカスの言葉だが、あの時とは全然違う。ルーカスの声や表情はもっと優しげで、もっと嬉しそうだ。こんなルーカスに、ドキドキが止まらない。だから私は、ルーカスに呑まれないように必死に抵抗する。

「私を呼んだのも、下心があるんじゃないの? 」

 ルーカスは、私がルーカスを認めさえすれば、祭りを抜け出して朝から晩まで抱き潰すと言っていた。……冗談じゃない。確かに私はルーカスに惹かれているが、下心ありありなのは困る。結婚だって出来ないのに、関係を持てるはずがない。

 ルーカスは少し頬を染めて私を見た。そんな様子がいちいちツボにはまる。そして胸をきゅんと甘く鳴らせる。
 そしてルーカスは、静かに告げた。

「下心がないと言ったら、嘘かもしれない。
 でも俺は、セシリアの喜ぶ顔が見たいんだ」

 ……え?

「セシリアが隣で笑ってくれる。それだけで、俺は幸せなんだと思えるんだ」

「……やめてよ」

 そんなことを言うのは、やめて欲しい。出まかせだったとしても、ますますルーカスに惹かれてしまうから。そして、その罠にまんまと引っかかってしまいそうだから。冷静に冷静にと言っている今でさえ、胸が暑くて苦しい。まるで、何かの病気みたいだ。

「セシリア……」

 低く甘い声で名前を呼ばれる。この声で呼ばれるだけで、体をぞぞーっと甘い痺れが走る。

「愛してるよ、セシリア」

 惜しげもなく告げられるその言葉が、心地よいと思ってしまう。そしてルーカスに愛を告げられると、安心してしまう自分がいた。

「今ここで、キスしたい」

「だ、駄目よ。こんなにも人がいっぱいいるの……」

 断ったつもりだった。だが、ルーカスは私の返事を聞く間もなく、唇を重ねる。抵抗しようとするも、ルーカスの甘くて優しいキスに、体の力が入らなくなってしまう。立っているのもやっとだ。

 無抵抗の私を堪能するように、ルーカスは唇を貪った。アイスクリームでも舐めるように、そっと優しく口の中を舐める。ルーカスの熱い体温を感じ、私の体もアイスクリームのように溶けてしまいそう。

 長いキスのあと、そっと唇を離したルーカスは、ぞっとするような甘くて色っぽい声で告げた。

「ごちそうさま」

 その妖艶な声は、どこから出てくるのだろう。セリオといたルーカスは、いつも乱暴で荒々しかったから、このギャップにやられてしまう。そして愚かな私は、唇を手で押さえて真っ赤になることしか出来ないのだ。

「本当は、お前を抱きたい。でも、俺が好きなのはセシリアだと、皆に分からせないといけない。
 お前は美しくいい女だから、他の男に取られないようにしなければ……」

「誰も、目もくれないわよ」

 その前に、ルーカスが笑い者になってしまうのではないか。次期公爵のくせに、平民の、犯罪者の娘に惚れているだなんて。



 私は浮かない顔をしていたのだろう。そして、悪いことばかり考えて歩いていたのだろう。いつの間にか、来賓席に到着していることなんて、全然気づかなかった。そして不意に聞こえたルーカスの、

「ジョエル」

その人物を呼ぶ声に飛び上がった。

 じょ、ジョエル様!? ルーカスは、一番呼んで欲しくない人を呼ぶだなんて。ジョエル様は、私がセリオだということを知っている。私はどんな顔をして会えばいいのだろうか……

 思わず俯いてしまった私を、

「俺の妻になる、セシリア・ロレンソだ」

ルーカスはジョエル様に紹介する。私はどぎまぎして、ジョエル様を見ることすら出来なかった。ただひたすら頬を染めて俯く。
 こんな私に、ジョエル様はいつもの明るく穏やかな声で告げる。

「はじめまして、弟のジョエルと申します。
 話は聞いております。以後、お見知り置きを」

 思わず顔を上げると、ジョエル様の優しげな瞳と視線がぶつかった。それで慌ててまた下を向く。私は拗らせっぱなしなのに、ジョエル様はいつも通り優しくスマートだ。それに、私がセリオだと知っていながらも、完璧な芝居だ。ジョエル様が完璧すぎるから、逆に惨めになる……

 俯く私を前に、

「おい、ジョエル。間違ってもセシリアに色目を使うな」

イラついたようにルーカスが言う。今までのルーカスが甘すぎたから、久しぶりに見た平常運転のルーカスにホッとする。
 だが、ルーカスは色々間違っている。ジョエル様が私に色目を使うはずなんてないし……そもそも、私はルーカスと結婚しない。結婚出来ない。それなのに、ジョエル様はやはりスマートに答えるのだった。

「嫌ですね、色目なんて使うはずがありません。セシリア様が幸せになれるのなら、僕はそれでいいのです。
 ですが……」

 ジョエル様は、笑顔のまま続けた。

「兄上がセシリア様を大切に扱えず悲しませるのなら、僕がいただくかもしれませんよ? 」

 ……え!? ジョエル様、何を言っているの!? 

 私はジョエル様を凝視している。冗談だと言って欲しい。それなのに、ジョエル様は表情一つ変えず、にこにこ笑ったままだった。

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