悪役令息とは結婚したくないので、男装して恋愛工作に励みます

湊一桜

文字の大きさ
36 / 47

36. 弟は、何を企んでいるのだろうか

しおりを挟む
「じょ、ジョエル様。冗談にもほどがあります!」

 慌てて言った私に、

「僕は冗談なんて言っていませんよ」

ジョエル様はにこにこ笑いながら返す。そこで、はっと気付いた。ジョエル様はにこにこしているが、目は笑っていないのだ。まさか、本気で言っているのではないよね……

「このままだと、兄上は貴女を泣かせるのではないかと、僕は心配しています」

 いや、もう十分泣かされたけど……

「大丈夫です。私は強いので」

 笑顔で答えていた。

 ジョエル様は、セリオにキツく当たるルーカスに釘を刺しているのだろうか。きっとそうだよね、と自分に言い聞かせる。いずれにせよ、私はルーカスともジョエル様とも結婚は出来ない。

 ルーカスは、私とジョエル様の顔を交互に見た。そして、怪訝な表情で聞く。

「お前たち、知り合いか? 」

 きっと、初対面にしては馴れ馴れしくしすぎたのだろう。はっと我に返り、

「いえ……」

慌てて否定した。

 だが、ジョエル様はにこにこしたまま告げる。

「僕は、あなたのことをよく知っています」

 私は飛び上がりそうになる。ジョエル様は空気を読んで、私のことを知らないふりをしてくれるのかと思ったが……そうでもないのだろうか。まさか、ここで私がセリオだと暴露するのだろうか。震える私に、相変わらず笑顔でジョエル様は言う。

「あなたのことは、兄上から耳が痛くなるほど聞いていました。僕は兄上がまたうつつを抜かしていると思っていたのですが……
 あなたは、僕の想像以上に逞しくて、そしていい女性でした」

「あ……ありがとうございます……」

 苦し紛れに答えるのが精一杯だった。そして、気まずすぎてジョエル様と目を合わせられない私は、頬を染めて俯く。こんな私は、ルーカスの刺すような視線を感じていた。ルーカス、絶対に私とジョエル様を不審に思っているだろう。

「……もういい」

 ルーカスは低い声で吐き捨てて、私の手をぎゅっと握る。不意に手に触れられるものだから、私は思わずビクッと飛び上がってしまう。動揺する私にはお構いなしに、ルーカスは荒々しく告げた。

「俺はセシリアと席に戻る。くれぐれもセシリアには手を出すな!」

 そしてそのまま、ルーカスはジョエル様が何気なく手に持っている小瓶を見つめた。

「……それはなんだ? 」

「惚れ薬ですよ」

 ジョエル様はにこにこと笑いながら桃色の小瓶を振った。背中にゾゾーッと寒気が走る。まさか、ジョエル様はそれを私に……なわけ、ないよね。ジョエル様もきっと、私のことをからかっているだけだろうという結論に至る。

 だが、ルーカスは気になって仕方がないらしい。

「ジョエル、まさかお前……」

 彼は私の手をぎゅっと握ったまま、怒りを込めてジョエル様を睨んでいる。ルーカスのあまりの殺意に、私は思わず怯んでしまった。だが、ジョエル様は強いらしい。いつもの笑顔を崩さずに告げた。

「僕はこんなものを使うのは嫌なんですけどね。
 ……とあるご令嬢に頼まれまして」

 余裕のジョエル様を、ルーカスはさらに殺気を込めて睨んだ。そして私はそんな二人の様子を見ながら、必死に考えている。
 誰がなんのために、ジョエル様に惚れ薬なんて頼んだのだろう。私とルーカスに関わりがないことを祈るばかりだ。


 ルーカスはきっとジョエル様を睨み、ぐいっと私の手を引く。予想外の力で引かれたため、私はバランスを崩してよろめいた。このまま無様に地面に倒れ込むと思ったのに、ルーカスがそっと抱き止めてくれる。不意にルーカスに抱きしめられる形となり、ルーカスは耳元でそっと囁いた。

「悪い、セシリア」

 息が耳にかかり、ゾゾーッと体を震えが走る。

「お前のことは、何としても俺が守るから」

 その言葉が素直に嬉しいと思ってしまった。そして何より、胸がドキドキきゅんきゅんとうるさい。
 ルーカスは私を抱き止めたまま、荒々しくジョエル様に言い放った。

「それをセシリアに飲ませたら、俺は兄弟の縁を切るからな!」

 冗談でしょ? と思うのに、ルーカスは全く笑っていない。だが、動揺しているのはどうやら私だけのようだ。ジョエル様は相変わらず優しい笑顔で答えたのだ。

「いえ、彼女には飲ませません」

 でも、それってまさか……いや、私の思い過ごしであって欲しい。
 ルーカスに対する恋心を知ってしまってから、この気持ちはどんどん深まるばかりだ。ルーカスとの恋には障害がたくさんあり、幸せになれる保証もない。ルーカスにはもっと素敵な令嬢が相応しいことも分かっている。だが、万が一ルーカスが別の女性に惚れてしまったら……私は立ち直れないかもしれない。

「行きますよ、セシリアお嬢様」

 ルーカスはわざとらしく甘い声でそう告げ、私の手をルーカスの腕へと回させる。そして、慣れないドレスを着ている私の歩幅に合わせ、ゆっくりと歩き始めた。
 いつもの自己中の振る舞いと、この紳士的な対応のギャップにくらくらする。ルーカスの本質は、凶暴で自己中だ。だが、私だけには違うのだ。私にだけ優しくて、甘くて、そしてまっすぐだ。この特別扱いが、いつの間にか嬉しく心地よいものとなっていた……
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。

雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。 その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。 *相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。

ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく

犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。 「絶対駄目ーー」 と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。 何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。 募集 婿入り希望者 対象外は、嫡男、後継者、王族 目指せハッピーエンド(?)!! 全23話で完結です。 この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。

断罪されてムカついたので、その場の勢いで騎士様にプロポーズかましたら、逃げれんようなった…

甘寧
恋愛
主人公リーゼは、婚約者であるロドルフ殿下に婚約破棄を告げられた。その傍らには、アリアナと言う子爵令嬢が勝ち誇った様にほくそ笑んでいた。 身に覚えのない罪を着せられ断罪され、頭に来たリーゼはロドルフの叔父にあたる騎士団長のウィルフレッドとその場の勢いだけで婚約してしまう。 だが、それはウィルフレッドもその場の勢いだと分かってのこと。すぐにでも婚約は撤回するつもりでいたのに、ウィルフレッドはそれを許してくれなくて…!? 利用した人物は、ドSで自分勝手で最低な団長様だったと後悔するリーゼだったが、傍から見れば過保護で執着心の強い団長様と言う印象。 周りは生暖かい目で二人を応援しているが、どうにも面白くないと思う者もいて…

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

枯れ専モブ令嬢のはずが…どうしてこうなった!

宵森みなと
恋愛
気づけば異世界。しかもモブ美少女な伯爵令嬢に転生していたわたくし。 静かに余生——いえ、学園生活を送る予定でしたのに、魔法暴発事件で隠していた全属性持ちがバレてしまい、なぜか王子に目をつけられ、魔法師団から訓練指導、さらには騎士団長にも出会ってしまうという急展開。 ……団長様方、どうしてそんなに推せるお顔をしていらっしゃるのですか? 枯れ専なわたくしの理性がもちません——と思いつつ、学園生活を謳歌しつつ魔法の訓練や騎士団での治療の手助けと 忙しい日々。残念ながらお子様には興味がありませんとヒロイン(自称)の取り巻きへの塩対応に、怒らせると意外に強烈パンチの言葉を話すモブ令嬢(自称) これは、恋と使命のはざまで悩む“ちんまり美少女令嬢”が、騎士団と王都を巻き込みながら心を育てていく、 ――枯れ専ヒロインのほんわか異世界成長ラブファンタジーです。

公爵様のバッドエンドを回避したいだけだったのに、なぜか溺愛されています

六花心碧
恋愛
お気に入り小説の世界で名前すら出てこないモブキャラに転生してしまった! 『推しのバッドエンドを阻止したい』 そう思っただけなのに、悪女からは脅されるし、小説の展開はどんどん変わっていっちゃうし……。 推しキャラである公爵様の反逆を防いで、見事バッドエンドを回避できるのか……?! ゆるくて、甘くて、ふわっとした溺愛ストーリーです➴⡱ ◇2025.3 日間・週間1位いただきました!HOTランキングは最高3位いただきました!  皆様のおかげです、本当にありがとうございました(ˊᗜˋ*) (外部URLで登録していたものを改めて登録しました! ◇他サイト様でも公開中です)

処理中です...