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第二章
36. 美人殿下の登場
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扉から入ってきたアンドレ様は、いつもの穏やかな顔で私を見る。そして告げた。
「今日は少し早く帰れそうだ。一緒に夕食を食べよう」
「はい」
笑顔で答えるが、心臓がドキドキして止まない。そんな嫌な予感は、見事に的中することになった。
「アンドレ、久しぶり」
私の隣にいたマリアンネ様が、嬉しそうに声をかける。アンドレ様は……普段、他人には興味がなく、無表情のアンドレ様は……
「殿下!」
嬉しそうに頬を緩め、彼女を見た。そのままつかつかと彼女のほうへ歩み寄る。
「殿下、お帰りになられていたのですか」
そして、丁寧に一礼した。
私は今まで、アンドレ様が他の女性に笑顔を向けたところを見たことがなかった。他の女性だけでなく、友人というフレデリク様でさえ。それなのに、私以外の女性にあんな顔をされると、酷く不安になる。
(これが嫉妬と言うのですか)
胸がズキッとする。
さらに、マリアンネ様とアンドレ様が並ぶと、まるで絵に描いたような美しさだ。お似合いのカップル、そんな言葉が思い浮かんでしまう。
「アンドレ、相変わらず堅いわね」
マリアンネ様はそう告げ、アンドレ様の胸をぽんぽんと叩く。そしてそのまま、
「ちょっと相談があるの」
アンドレ様の腕を掴んで、部屋の外へ出て行ってしまった。アンドレ様は一瞬振り返り、
「また後で、リア」
なんて言葉を残して去って行った。
拒否して欲しかった。だが、アンドレ様は、マリアンネ様のことを全て受け入れているようだった。むしろ、私よりも親しげにさえ思える。
ぽかーんと二人が去った扉を見ていると、
「誰にも心を開かないアンドレなのに、お姉様には懐いているんだから」
ルイーズ殿下がため息混じりに告げる。そして、分かっていたが、その言葉が私の胸をギュッと痛めつける。
私は暗い顔をしていたのだろう。
「……あっ!でも、アンドレはリア先生のことが、ちゃんと好きだからね?
りっ、リア先生とアンドレは、とてもお似合いだと思うわよ」
私は馬鹿だ。アンドレ様の妻として、こんな時に動揺していてはいけないのに。それなのに、まだ幼いルイーズ殿下にまで気を遣わせて、何をしているのだろう。
「殿下、私は気にしておりません」
笑顔を作る。
「アンドレ様を信じていますから」
必死にバレないように、平静を装った。
アンドレ様を信じないといけない。だが、前婚約者に浮気されていた事実が蘇り、震えが止まらないのだった。
私はいつの間にか贅沢になっていた。アンドレ様のあの優しい言葉、優しい瞳は私にだけ向けられるものだと思っていた。……そうであって欲しいと願うようになっていた。そもそも、貧乏男爵令嬢の私と、将軍であり次期公爵であるアンドレ様の結婚なんて、普通でないことくらい分かっているのに。
それから、平静を装うものの、ルイーズ殿下の指導をしながらも、心はマリアンネ様のことばかり考えていた。綺麗な女性だったなぁ。所作も丁寧で、王族の女性という言葉が相応しかった。アンドレ様ともお似合いだった。なんて、卑屈な考えばかりが浮かび上がる。そして、指導を終えると逃げるように宮廷を去ったのだった。
逃げるように館へ戻る途中、アンドレ様とマリアンネ様に鉢合わせしないかハラハラした。二人一緒にいるところを見ると、次こそ泣いてしまうかもしれない。そして、アンドレ様を困らせてしまうかもしれないと思ったからだ。だが、幸いにも二人に出くわすことはなく、見慣れた大きな館に駆け込んだ。
(こんな時は、ピアノです!)
私はまっすぐにピアノへ向かい、蓋を開ける。そして、剥き出しになった白と黒の鍵盤を、一心不乱に押し続けた。
前世でも、思い悩むことがあったらピアノを弾いて気を紛らわせた。ピアノを弾いている間は、辛いことを考えずに済んだ。この世界にも、ピアノがあって本当に良かった。
「今日は少し早く帰れそうだ。一緒に夕食を食べよう」
「はい」
笑顔で答えるが、心臓がドキドキして止まない。そんな嫌な予感は、見事に的中することになった。
「アンドレ、久しぶり」
私の隣にいたマリアンネ様が、嬉しそうに声をかける。アンドレ様は……普段、他人には興味がなく、無表情のアンドレ様は……
「殿下!」
嬉しそうに頬を緩め、彼女を見た。そのままつかつかと彼女のほうへ歩み寄る。
「殿下、お帰りになられていたのですか」
そして、丁寧に一礼した。
私は今まで、アンドレ様が他の女性に笑顔を向けたところを見たことがなかった。他の女性だけでなく、友人というフレデリク様でさえ。それなのに、私以外の女性にあんな顔をされると、酷く不安になる。
(これが嫉妬と言うのですか)
胸がズキッとする。
さらに、マリアンネ様とアンドレ様が並ぶと、まるで絵に描いたような美しさだ。お似合いのカップル、そんな言葉が思い浮かんでしまう。
「アンドレ、相変わらず堅いわね」
マリアンネ様はそう告げ、アンドレ様の胸をぽんぽんと叩く。そしてそのまま、
「ちょっと相談があるの」
アンドレ様の腕を掴んで、部屋の外へ出て行ってしまった。アンドレ様は一瞬振り返り、
「また後で、リア」
なんて言葉を残して去って行った。
拒否して欲しかった。だが、アンドレ様は、マリアンネ様のことを全て受け入れているようだった。むしろ、私よりも親しげにさえ思える。
ぽかーんと二人が去った扉を見ていると、
「誰にも心を開かないアンドレなのに、お姉様には懐いているんだから」
ルイーズ殿下がため息混じりに告げる。そして、分かっていたが、その言葉が私の胸をギュッと痛めつける。
私は暗い顔をしていたのだろう。
「……あっ!でも、アンドレはリア先生のことが、ちゃんと好きだからね?
りっ、リア先生とアンドレは、とてもお似合いだと思うわよ」
私は馬鹿だ。アンドレ様の妻として、こんな時に動揺していてはいけないのに。それなのに、まだ幼いルイーズ殿下にまで気を遣わせて、何をしているのだろう。
「殿下、私は気にしておりません」
笑顔を作る。
「アンドレ様を信じていますから」
必死にバレないように、平静を装った。
アンドレ様を信じないといけない。だが、前婚約者に浮気されていた事実が蘇り、震えが止まらないのだった。
私はいつの間にか贅沢になっていた。アンドレ様のあの優しい言葉、優しい瞳は私にだけ向けられるものだと思っていた。……そうであって欲しいと願うようになっていた。そもそも、貧乏男爵令嬢の私と、将軍であり次期公爵であるアンドレ様の結婚なんて、普通でないことくらい分かっているのに。
それから、平静を装うものの、ルイーズ殿下の指導をしながらも、心はマリアンネ様のことばかり考えていた。綺麗な女性だったなぁ。所作も丁寧で、王族の女性という言葉が相応しかった。アンドレ様ともお似合いだった。なんて、卑屈な考えばかりが浮かび上がる。そして、指導を終えると逃げるように宮廷を去ったのだった。
逃げるように館へ戻る途中、アンドレ様とマリアンネ様に鉢合わせしないかハラハラした。二人一緒にいるところを見ると、次こそ泣いてしまうかもしれない。そして、アンドレ様を困らせてしまうかもしれないと思ったからだ。だが、幸いにも二人に出くわすことはなく、見慣れた大きな館に駆け込んだ。
(こんな時は、ピアノです!)
私はまっすぐにピアノへ向かい、蓋を開ける。そして、剥き出しになった白と黒の鍵盤を、一心不乱に押し続けた。
前世でも、思い悩むことがあったらピアノを弾いて気を紛らわせた。ピアノを弾いている間は、辛いことを考えずに済んだ。この世界にも、ピアノがあって本当に良かった。
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