追放された貧乏令嬢ですが、特技を生かして幸せになります。〜前世のスキル《ピアノ》は冷酷将軍様の心にも響くようです〜

湊一桜

文字の大きさ
37 / 58
第二章

37. アンドレ様からの提案

しおりを挟む
 私はどのくらいピアノを弾き続けていたのだろう。ピアノを弾いていると飛ぶように時間が過ぎ、外が暗くなっていた。曲を弾き終えると、いつものように拍手が湧き起こる。この館の人々には感謝しかない。延々と続く私のリサイタルに付き合ってくれるのだから。そして、歯がゆいほどのお褒めの言葉をもらえるのかと思ったのだが……

「『月光 第三楽章』か。
 君は本当に何でも弾けるんだな」

 感心するように手を叩きながら歩み寄ったのは、なんとアンドレ様だったのだ。

「お、お帰りなさいませ」

 慌てて立ち上がりながらも動揺を隠せない私。

 (アンドレ様、いつから帰っておられたのでしょう。
 しかも、『月光』だって知っておられるなんて)

 だが、アンドレ様をつまらないピアノに付き合わせてしまったのも事実。帰って来られているのなら、出迎えもてなさなければならなかった。

「も、申し訳ありません。せっかく早く帰ってこられたのに、無駄な時間を遣わせてしまって」

 焦る私を見て、目を細めるアンドレ様。

「君と過ごす時間に、無駄な時間なんてない。
 いつも素晴らしい演奏を聴かせてくれて、ありがとう」

 その言葉に泣きそうになる。
 アンドレ様とマリアンネ様の関係に、酷く動揺していた。だが、アンドレ様はこうやって私に、まっすぐに声をかけてくださる。私は大切にされているし、これ以上のものを望んではいけない。

 だが……やはり不安になる。パトリック様も、私の知らないところで、テレーゼ様と愛を育んでいた。そして私は、それに気付かなかった。だからアンドレ様だって……

 (駄目です、一緒にしてはいけません!)

 不安を振り払うように、私は首をぶんぶんと横に振った。アンドレ様の元へ来てから行動には気をつけていたが、淑女としては相応しくない振る舞いだ。

 (いけない。嫌われてしまうかもしれないです)

 だが、考えれば考えるほど、思考は悪い方向へと向かっていく。まるで、泥沼にはまったかのように。

「リア」

 私の名を呼ぶアンドレ様の低い声で我に返る。慌てて顔を上げると、アンドレ様は心配そうな顔で私を見ている。

 (ほら、アンドレ様に迷惑をおかけして……)

「リア」

 アンドレ様は、再び静かに私を呼んだ。アンドレ様は、不審な行動をした私を蔑む訳でもなく、ただ心配そうに見つめながら聞いたのだ。

「俺は、人の気持ちを理解するのが苦手だ。
 だから、君がなぜそんなに悩んでいるのか、教えてくれないか?」


 私は愚かだ。アンドレ様とマリアンネ様の関係に一人で動揺し、アンドレ様を心配させているだなんて。
 それに、私に心を許してくださったとはいえ、他人と深く関わることを嫌うアンドレ様のことだ。私が二人の関係に嫉妬しているだなんて聞いたら、私が嫌われてしまうかもしれない。

 私は笑顔を作る。作り笑いになっていないようにと、必死で願いながら。そして答えた。

「いえ、何でもありません」

「そうか……」

 そう答えたアンドレ様は、どこか寂しげだった。
 結婚し、本当の夫婦を目指すと決めた私たちだが、まだ心の距離は遠いのかもしれない。だが、本当のことを話して嫌われるほうが、もっと怖い。



 アンドレ様はしばらく何かを考えるように宙を見ていた。そして、突然告げた。

「急にバリル王国へ向かう所用が出来た」

「承知しました」

 笑顔で答えながらも、心はずきんと痛む。この微妙な距離感と嫉妬を抱えたまま、アンドレ様と離れるのは辛い。だが、離れたくないと言えるはずもない。何しろ、アンドレ様は将軍という重要な役割を背負っているのだから。

 だが、アンドレ様は顔色一つ変えず、私に告げたのだ。

「もし良かったら、君にも同行してほしい」

「……え? 」

 思ってもいなかった言葉をかけられて嬉しい。だが、ちくりとする。アンドレ様が行かれるバリル王国は、私の故郷だからだ。私の故郷には、大好きなお父様お母様だけでなく、先日押しかけてきたパトリック様や、私を追放した国王だっている。私はきっとあの国で悪者になっている。そう、いわゆる悪役令嬢とかいうものだろう。

 私はどんな顔をしていたのだろう。アンドレ様は私を見て、ふっと笑った。その笑顔にいちいちドキドキする。

「大丈夫だ。君のことは俺が守るし、君の婚約者の件で、国王が謝罪をしたいらしい。
 リアの両親にも改めて挨拶に行かなくては」

 アンドレ様は、こんなにも私のことを考え、私を大切にしてくださっている。それなのに、つまらない嫉妬や不安を抱えている私を愚かに思う。

「ありがとうございます」

 笑顔で応えると、アンドレ様はほっとしたように頬を緩める。アンドレ様、こんなに優しい顔もするんだ。知らないアンドレ様の一面を見るたびに、どんどんアンドレ様に惹かれていく。もっともっとアンドレ様を知りたいと思ってしまう。人って贅沢な生き物だ。はじめはこの館に住ませていただくだけで幸せだったのに、到底思いもよらなかったものまで欲しいと思い始めている。

「君とは結婚からの始まりになってしまったが、こうやって少しずつ思い出を作っていきたいんだ」

「……はいっ!! 」

 嬉しくてアンドレ様に飛びつきたい気持ちだった。だが、もちろんそんなことが出来るはずもない。ほわほわして真っ赤な私を見て、アンドレ様も微かに頬を染めて笑った。

 不思議だ。アンドレ様とマリアンネ様のことで悩んでいたのに、暗い気持ちはいつの間にか薄れている。アンドレ様の態度から、『二人は何もない関係』だと思えてしまう。パトリック様のように、浮気している可能性だってあるはずなのに。いや、アンドレ様とパトリック様を一緒にしてはいけない。私はアンドレ様と本当の夫婦になるために、アンドレ様を信じなきゃいけないの。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「婚約破棄された聖女ですが、実は最強の『呪い解き』能力者でした〜追放された先で王太子が土下座してきました〜

鷹 綾
恋愛
公爵令嬢アリシア・ルナミアは、幼い頃から「癒しの聖女」として育てられ、オルティア王国の王太子ヴァレンティンの婚約者でした。 しかし、王太子は平民出身の才女フィオナを「真の聖女」と勘違いし、アリシアを「偽りの聖女」「無能」と罵倒して公衆の面前で婚約破棄。 王命により、彼女は辺境の荒廃したルミナス領へ追放されてしまいます。 絶望の淵で、アリシアは静かに真実を思い出す。 彼女の本当の能力は「呪い解き」——呪いを吸い取り、無効化する最強の力だったのです。 誰も信じてくれなかったその力を、追放された土地で発揮し始めます。 荒廃した領地を次々と浄化し、領民から「本物の聖女」として慕われるようになるアリシア。 一方、王都ではフィオナの「癒し」が効かず、魔物被害が急増。 王太子ヴァレンティンは、ついに自分の誤りを悟り、土下座して助けを求めにやってきます。 しかし、アリシアは冷たく拒否。 「私はもう、あなたの聖女ではありません」 そんな中、隣国レイヴン帝国の冷徹皇太子シルヴァン・レイヴンが現れ、幼馴染としてアリシアを激しく溺愛。 「俺がお前を守る。永遠に離さない」 勘違い王子の土下座、偽聖女の末路、国民の暴動…… 追放された聖女が逆転し、究極の溺愛を得る、痛快スカッと恋愛ファンタジー!

妹に全て奪われて死んだ私、二度目の人生では王位も恋も譲りません

タマ マコト
ファンタジー
第一王女セレスティアは、 妹に婚約者も王位継承権も奪われた祝宴の夜、 誰にも気づかれないまま毒殺された。 ――はずだった。 目を覚ますと、 すべてを失う直前の過去に戻っていた。 裏切りの順番も、嘘の言葉も、 自分がどう死ぬかさえ覚えたまま。 もう、譲らない。 「いい姉」も、「都合のいい王女」もやめる。 二度目の人生、 セレスティアは王位も恋も 自分の意思で掴み取ることを決める。

婚約破棄された氷の令嬢 ~偽りの聖女を暴き、炎の公爵エクウスに溺愛される~

ふわふわ
恋愛
侯爵令嬢アイシス・ヴァレンティンは、王太子レグナムの婚約者として厳しい妃教育に耐えてきた。しかし、王宮パーティーで突然婚約破棄を宣告される。理由は、レグナムの幼馴染で「聖女」と称されるエマが「アイシスにいじめられた」という濡れ衣。実際はすべてエマの策略だった。 絶望の底で、アイシスは前世の記憶を思い出す――この世界は乙女ゲームで、自分は「悪役令嬢」として破滅する運命だった。覚醒した氷魔法の力と前世知識を武器に、辺境のフロスト領へ追放されたアイシスは、自立の道を選ぶ。そこで出会ったのは、冷徹で「炎の公爵」と恐れられるエクウス・ドラゴン。彼はアイシスの魔法に興味を持ち、政略結婚を提案するが、実は一目惚れで彼女を溺愛し始める。 アイシスは氷魔法で領地を繁栄させ、騎士ルークスと魔導師セナの忠誠を得ながら、逆ハーレム的な甘い日常を過ごす。一方、王都ではエマの偽聖女の力が暴かれ、レグナムは後悔の涙を流す。最終決戦で、アイシスとエクウスの「氷炎魔法」が王国軍を撃破。偽りの聖女は転落し、王国は変わる。 **氷の令嬢は、炎の公爵に溺愛され、運命を逆転させる**。 婚約破棄の屈辱から始まる、爽快ザマアと胸キュン溺愛の物語。

婚約破棄された公爵令嬢エルカミーノの、神級魔法覚醒と溺愛逆ハーレム生活

ふわふわ
恋愛
公爵令嬢エルカミーノ・ヴァレンティーナは、王太子フィオリーノとの婚約を心から大切にし、完璧な王太子妃候補として日々を過ごしていた。 しかし、学園卒業パーティーの夜、突然の公開婚約破棄。 「転入生の聖女リヴォルタこそが真実の愛だ。お前は冷たい悪役令嬢だ」との言葉とともに、周囲の貴族たちも一斉に彼女を嘲笑う。 傷心と絶望の淵で、エルカミーノは自身の体内に眠っていた「神級の古代魔法」が覚醒するのを悟る。 封印されていた万能の力――治癒、攻撃、予知、魅了耐性すべてが神の領域に達するチート能力が、ついに解放された。 さらに、婚約破棄の余波で明らかになる衝撃の事実。 リヴォルタの「聖女の力」は偽物だった。 エルカミーノの領地は異常な豊作を迎え、王国の経済を支えるまでに。 フィオリーノとリヴォルタは、次々と失脚の淵へ追い込まれていく――。 一方、覚醒したエルカミーノの周りには、運命の攻略対象たちが次々と集結する。 - 幼馴染の冷徹騎士団長キャブオール(ヤンデレ溺愛) - 金髪強引隣国王子クーガ(ワイルド溺愛) - 黒髪ミステリアス魔導士グランタ(知性溺愛) - もふもふ獣人族王子コバルト(忠犬溺愛) 最初は「静かにスローライフを」と願っていたエルカミーノだったが、四人の熱烈な愛と守護に囲まれ、いつしか彼女自身も彼らを深く愛するようになる。 経済的・社会的・魔法的な「ざまぁ」を経て、 エルカミーノは新女王として即位。 異世界ルールで認められた複数婚姻により、四人と結ばれ、 愛に満ちた子宝にも恵まれる。 婚約破棄された悪役令嬢が、最強チート能力と四人の溺愛夫たちを得て、 王国を繁栄させながら永遠の幸せを手に入れる―― 爽快ざまぁ&極甘逆ハーレム・ファンタジー、完結!

【完結】政略婚約された令嬢ですが、記録と魔法で頑張って、現世と違って人生好転させます

なみゆき
ファンタジー
典子、アラフィフ独身女性。 結婚も恋愛も経験せず、気づけば父の介護と職場の理不尽に追われる日々。 兄姉からは、都合よく扱われ、父からは暴言を浴びせられ、職場では責任を押しつけられる。 人生のほとんどを“搾取される側”として生きてきた。 過労で倒れた彼女が目を覚ますと、そこは異世界。 7歳の伯爵令嬢セレナとして転生していた。 前世の記憶を持つ彼女は、今度こそ“誰かの犠牲”ではなく、“誰かの支え”として生きることを決意する。 魔法と貴族社会が息づくこの世界で、セレナは前世の知識を活かし、友人達と交流を深める。 そこに割り込む怪しい聖女ー語彙力もなく、ワンパターンの行動なのに攻略対象ぽい人たちは次々と籠絡されていく。 これはシナリオなのかバグなのか? その原因を突き止めるため、全ての証拠を記録し始めた。 【☆応援やブクマありがとうございます☆大変励みになりますm(_ _)m】

異世界転生公爵令嬢は、オタク知識で世界を救う。

ふわふわ
恋愛
過労死したオタク女子SE・桜井美咲は、アストラル王国の公爵令嬢エリアナとして転生。 前世知識フル装備でEDTA(重金属解毒)、ペニシリン、輸血、輪作・土壌改良、下水道整備、時計や文字の改良まで――「ラノベで読んだ」「ゲームで見た」を現実にして、疫病と貧困にあえぐ世界を丸ごとアップデートしていく。 婚約破棄→ザマァから始まり、医学革命・農業革命・衛生革命で「狂気のお嬢様」呼ばわりから一転“聖女様”に。 国家間の緊張が高まる中、平和のために隣国アリディアの第一王子レオナルド(5歳→6歳)と政略婚約→結婚へ。 無邪気で健気な“甘えん坊王子”に日々萌え悶えつつも、彼の未来の王としての成長を支え合う「清らかで温かい夫婦日常」と「社会を良くする小さな革命」を描く、爽快×癒しの異世界恋愛ザマァ物語。

『龍の生け贄婚』令嬢、夫に溺愛されながら、自分を捨てた家族にざまぁします

卯月八花
恋愛
公爵令嬢ルディーナは、親戚に家を乗っ取られ虐げられていた。 ある日、妹に魔物を統べる龍の皇帝グラルシオから結婚が申し込まれる。 泣いて嫌がる妹の身代わりとして、ルディーナはグラルシオに嫁ぐことになるが――。 「だからお前なのだ、ルディーナ。俺はお前が欲しかった」 グラルシオは実はルディーナの曾祖父が書いたミステリー小説の熱狂的なファンであり、直系の子孫でありながら虐げられる彼女を救い出すために、結婚という名目で呼び寄せたのだ。 敬愛する作家のひ孫に眼を輝かせるグラルシオ。 二人は、強欲な親戚に奪われたフォーコン公爵家を取り戻すため、奇妙な共犯関係を結んで反撃を開始する。 これは不遇な令嬢が最強の龍皇帝に溺愛され、捨てた家族に復讐を果たす大逆転サクセスストーリーです。 (ハッピーエンド確約/ざまぁ要素あり/他サイト様にも掲載中) もし面白いと思っていただけましたら、お気に入り登録・いいねなどしていただけましたら、作者の大変なモチベーション向上になりますので、ぜひお願いします!

婚約破棄された竜好き令嬢は黒竜様に溺愛される。残念ですが、守護竜を捨てたこの国は滅亡するようですよ

水無瀬
ファンタジー
竜が好きで、三度のご飯より竜研究に没頭していた侯爵令嬢の私は、婚約者の王太子から婚約破棄を突きつけられる。 それだけでなく、この国をずっと守護してきた黒竜様を捨てると言うの。 黒竜様のことをずっと研究してきた私も、見せしめとして処刑されてしまうらしいです。 叶うなら、死ぬ前に一度でいいから黒竜様に会ってみたかったな。 ですが、私は知らなかった。 黒竜様はずっと私のそばで、私を見守ってくれていたのだ。 残念ですが、守護竜を捨てたこの国は滅亡するようですよ?

処理中です...