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第十四話
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「すぐる。ごめんね、ごめんね」
めぐるは僕の腕の中で泣きながら謝っていた。
それはいろんな意味の「ごめんね」なのだろうけど、僕にとってはどうでもよかった。
今、この腕の中に彼女がいる。
甘いバラの香りに包まれた、大好きな彼女がいる。
「めぐる、よかった、会いたかった」
ぎゅっと抱きしめると、彼女も僕の身体をぎゅうっと抱きしめてきた。
本当に。
本当に、このまま消えるだなんてウソのようだ。
彼女は確かにいる。
温もりを感じる。
「めぐる、本当に消えちゃうの?」
僕は抱きしめながら尋ねた。
「うん、もうじき、私は……死ぬ」
「どうして。どうしてだよ……」
「ごめんね。本当に、ごめんね。私たち会うべきじゃなかった」
「何言ってるんだよ。僕はこの2週間、すごく楽しかった。すごく幸せだった。でも……、切ないよ」
「ありがとう。私も、すごく幸せでした」
腕の中で彼女が泣いてるとわかった。
号泣してると思った。
でも、どんなに泣いてもいい。
僕の腕の中から離れなければ。
頭をなでなでしてやると、彼女は本音をぽつりと漏らした。
「でも……死にたくないよお……」
「めぐる……」
「死んじゃったら……未来のあなたとも会えない。二度と会えない……。死にたく……ないよお……」
そうだ。
それが本当に悲しかった理由だ。
誰だって死にたくはない。
彼女だって、死にたくはないんだ。
神様が叶えてくれた最後のお願い。
けれども、それは死ぬことが確定していることを示している。
今の僕と別れる、それは死んで天に召されるということ。
あと、数分たらずで彼女は……死ぬ。
「めぐる、神様に会えないかな?」
僕はひとつの提案をしてみた。
「神様に?」
「うん。めぐるを死なせないでってお願いしてみる」
「でも、それは……」
「神様なら、なんとかしてくれるはずさ。だって、そうだろ? 過去にまで君を連れてこられたんだから。なんでもできるはずだ」
「……」
めぐるはしばらく沈黙していた。
何やら思案にふけっているようだった。
そして、ふっと身体を離す。
「ありがとう、すぐる。やっぱりすぐるは優しいね」
「めぐる?」
「でも、いいの。そんなことしたら、歴史が狂っちゃう。死ぬはずだった私が生き延びて、逆にあなたが死んでしまうかもしれない」
「そんなこと……」
「これ、マニュアル」
そう言って、彼女はいつも持ち歩いていた可愛らしいバッグから一冊の本を取り出した。
そういえば、初めて見た時も初めてのデートの時も持っていた。
小説ではないのか?
「生きている人が見たら普通の本に見えるけど、実はこれ、私のような魂がこの世界で過ごすためのマニュアルなの。これに反したら、即失格ですぐにでも死んでしまう恐ろしいものよ」
「そんな……」
「そこには、こう書いてある。『生き延びるための小細工をしてはならない』。つまり、私は交通事故で死んじゃうんだけど、それを未然に防ぐために私を轢く車の持ち主に危害を加えたり車を破壊したりしてはならないってこと」
あ、その手があったかと今になって気が付いたけど、でもそれをしたら違反になるという。
違反すなわち即死亡ということだ。
その事実を知って、僕は身体が震える。
「だから……ね。ありがとう。その気持ちだけでじゅうぶん」
彼女は幾分か落ち着いた顔をしていた。
覚悟を決めたのか、スッキリとした表情をしている。
「最期にこの公園の桜をあなたと見られて、よかった」
「……葉桜だけどね」
「それでも」
すっと寄り添ってくるめぐるに、胸がきゅっと痛くなる。
しばらくその桜を眺めていると、彼女はパッと飛び退き、とびきりの明るい声で言った。
「秋山すぐる!」
「は、はい!」
大人びたかけ声に、思わず背筋を伸ばして返事をする。
「これからあなたにいくつかお願いをします! 絶対、実行してください!」
「はい!」
「ひとつ、就職活動を真面目にやってください! あなたは良い所に就職できます」
「ほんとに?」
「本当です。ふたつめ!」
「は、はい!」
「まだあたなのことを知らない私とそのうち出会います! 必ずあなたから声をかけてください! 実は私も、一目惚れでした」
「え、そうなの?」
「みっつめ!」
「あ、はい!」
「私が死んだあと……素敵な人を見つけてください。幸せになって、ください……」
「めぐる」
彼女の言葉は、彼女が消えたと同時に消え去る記憶だけど、僕は頭にではなく心に刻もうと誓った。
この言葉、神様が忘れさせようとしても、絶対に忘れるもんか。
そう思った。
「時間だ」
めぐるの言葉と同時に、彼女は淡い光に包まれていった。
「めぐる……」
「すぐる。追いかけてきてくれてありがとう。黙って一人で逝こうとしてたけど……見送られるっていうのも、いいね」
「ばか」
グスン、とまた彼女の目に涙がたまっている。
僕も泣きたい気持ちでいっぱいだった。
けど、懸命に涙をこらえる。
彼女が心置きなく旅立てるように。笑顔で見送りたいと思った。
「すぐる……。未来の私は消えるけど、今の私には会えるから。少しの間、お別れだね」
「ああ、そうだね。少しの間、お別れだ」
への字の眉になるめぐる。
僕は今すぐにでも手を伸ばして抱きしめたかった。
けれども、彼女の身体はスウッと天に昇っていく。
「めぐる」
「すぐる。また……また、会おうね」
「うん。また……、会おうね」
お互いに手を振って僕らは別れを言い合った。
「また会おうね」と手を振る彼女は、泣いていた。
そして……光と共に、その姿は消えた。
めぐるは僕の腕の中で泣きながら謝っていた。
それはいろんな意味の「ごめんね」なのだろうけど、僕にとってはどうでもよかった。
今、この腕の中に彼女がいる。
甘いバラの香りに包まれた、大好きな彼女がいる。
「めぐる、よかった、会いたかった」
ぎゅっと抱きしめると、彼女も僕の身体をぎゅうっと抱きしめてきた。
本当に。
本当に、このまま消えるだなんてウソのようだ。
彼女は確かにいる。
温もりを感じる。
「めぐる、本当に消えちゃうの?」
僕は抱きしめながら尋ねた。
「うん、もうじき、私は……死ぬ」
「どうして。どうしてだよ……」
「ごめんね。本当に、ごめんね。私たち会うべきじゃなかった」
「何言ってるんだよ。僕はこの2週間、すごく楽しかった。すごく幸せだった。でも……、切ないよ」
「ありがとう。私も、すごく幸せでした」
腕の中で彼女が泣いてるとわかった。
号泣してると思った。
でも、どんなに泣いてもいい。
僕の腕の中から離れなければ。
頭をなでなでしてやると、彼女は本音をぽつりと漏らした。
「でも……死にたくないよお……」
「めぐる……」
「死んじゃったら……未来のあなたとも会えない。二度と会えない……。死にたく……ないよお……」
そうだ。
それが本当に悲しかった理由だ。
誰だって死にたくはない。
彼女だって、死にたくはないんだ。
神様が叶えてくれた最後のお願い。
けれども、それは死ぬことが確定していることを示している。
今の僕と別れる、それは死んで天に召されるということ。
あと、数分たらずで彼女は……死ぬ。
「めぐる、神様に会えないかな?」
僕はひとつの提案をしてみた。
「神様に?」
「うん。めぐるを死なせないでってお願いしてみる」
「でも、それは……」
「神様なら、なんとかしてくれるはずさ。だって、そうだろ? 過去にまで君を連れてこられたんだから。なんでもできるはずだ」
「……」
めぐるはしばらく沈黙していた。
何やら思案にふけっているようだった。
そして、ふっと身体を離す。
「ありがとう、すぐる。やっぱりすぐるは優しいね」
「めぐる?」
「でも、いいの。そんなことしたら、歴史が狂っちゃう。死ぬはずだった私が生き延びて、逆にあなたが死んでしまうかもしれない」
「そんなこと……」
「これ、マニュアル」
そう言って、彼女はいつも持ち歩いていた可愛らしいバッグから一冊の本を取り出した。
そういえば、初めて見た時も初めてのデートの時も持っていた。
小説ではないのか?
「生きている人が見たら普通の本に見えるけど、実はこれ、私のような魂がこの世界で過ごすためのマニュアルなの。これに反したら、即失格ですぐにでも死んでしまう恐ろしいものよ」
「そんな……」
「そこには、こう書いてある。『生き延びるための小細工をしてはならない』。つまり、私は交通事故で死んじゃうんだけど、それを未然に防ぐために私を轢く車の持ち主に危害を加えたり車を破壊したりしてはならないってこと」
あ、その手があったかと今になって気が付いたけど、でもそれをしたら違反になるという。
違反すなわち即死亡ということだ。
その事実を知って、僕は身体が震える。
「だから……ね。ありがとう。その気持ちだけでじゅうぶん」
彼女は幾分か落ち着いた顔をしていた。
覚悟を決めたのか、スッキリとした表情をしている。
「最期にこの公園の桜をあなたと見られて、よかった」
「……葉桜だけどね」
「それでも」
すっと寄り添ってくるめぐるに、胸がきゅっと痛くなる。
しばらくその桜を眺めていると、彼女はパッと飛び退き、とびきりの明るい声で言った。
「秋山すぐる!」
「は、はい!」
大人びたかけ声に、思わず背筋を伸ばして返事をする。
「これからあなたにいくつかお願いをします! 絶対、実行してください!」
「はい!」
「ひとつ、就職活動を真面目にやってください! あなたは良い所に就職できます」
「ほんとに?」
「本当です。ふたつめ!」
「は、はい!」
「まだあたなのことを知らない私とそのうち出会います! 必ずあなたから声をかけてください! 実は私も、一目惚れでした」
「え、そうなの?」
「みっつめ!」
「あ、はい!」
「私が死んだあと……素敵な人を見つけてください。幸せになって、ください……」
「めぐる」
彼女の言葉は、彼女が消えたと同時に消え去る記憶だけど、僕は頭にではなく心に刻もうと誓った。
この言葉、神様が忘れさせようとしても、絶対に忘れるもんか。
そう思った。
「時間だ」
めぐるの言葉と同時に、彼女は淡い光に包まれていった。
「めぐる……」
「すぐる。追いかけてきてくれてありがとう。黙って一人で逝こうとしてたけど……見送られるっていうのも、いいね」
「ばか」
グスン、とまた彼女の目に涙がたまっている。
僕も泣きたい気持ちでいっぱいだった。
けど、懸命に涙をこらえる。
彼女が心置きなく旅立てるように。笑顔で見送りたいと思った。
「すぐる……。未来の私は消えるけど、今の私には会えるから。少しの間、お別れだね」
「ああ、そうだね。少しの間、お別れだ」
への字の眉になるめぐる。
僕は今すぐにでも手を伸ばして抱きしめたかった。
けれども、彼女の身体はスウッと天に昇っていく。
「めぐる」
「すぐる。また……また、会おうね」
「うん。また……、会おうね」
お互いに手を振って僕らは別れを言い合った。
「また会おうね」と手を振る彼女は、泣いていた。
そして……光と共に、その姿は消えた。
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