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第1章 異世界武者修行編
第108話 仲間の信頼
しおりを挟む2082年8月31日(月曜日)21時45分 夏休み終了まで残り2日 エルフ国――ミュー首都――ファルス上空 白兎会議室
白兎の会議室には近衛師団の幹部達が全員集合している。帝国諸侯軍との会談後、僕の命を受け思金神が戦闘職を急遽招集したのだ。
帝国戦中サブマスターのステラが謹慎処分中であるため清十狼さんに再度出席してもらうことになった。
「おい、マスター、正気か?」
椅子から立ち上がり、バンッと机を両手の掌で勢いよく叩く清十狼さん。
この清十狼さんの態度を普段真っ先に窘めるはずのブラドさんも今回は沈黙するだけだ。ブラドさんだけではない。
皆、清十狼さん同様、僕の提示した作戦に強烈な反対の意思を示してきた。まあこんなものはとても作戦といえるものではない。彼らの反応も端から予想済みだ。
「うん。オルト帝国首都ハーリア陥落は僕一人で行う。
君らは思金神の指揮のもとハーリア周辺に待機し、逃亡を図る者を捕縛してね」
オルト帝国皇帝――ヴァレンス・ロンバ・オルトは危険だ。魔術を他者に与える力に、極めて強力な魔術道具を造り出す力。精神操作系の魔術やスキルを得意とすることが何より厄介だ。
そこで僕だ。僕はこのギルドで最も強い。そして伝説級の精神操作系の魔術道具など、精神操作系完全耐性スキルを持つ僕に効果があるはずもない。二次遭難を避けるためにも僕が処理するのが最も安全でかつ効率的なのだ。
さらに僕の現身たる思金神に帝都周辺の警戒に当たらせれば阿呆が逃亡を図った際に捕縛できるし、仲間に害が及ぶ危険性も限りなく零となる。
「悪いが今回のマスターの作戦だけは承服できねぇなぁ。思金神の旦那の報告が事実なら帝国の首都ハーリアは罠だらけだぜ?
それにどこの世界に戦争で長が一人で攻める組織がある? そんなに俺たちは信用できねぇのか?」
僕は皆を信頼している。一方でギルドのメンバーの実力も正確に把握している。その上での決定だ。仲間への信頼と仲間の実力に見合った作戦定立とは別問題。少なくとも僕はそう考えている。おそらくそのくらい清十狼さん達が知らぬはずもない。僕の作戦を反対する理由が他にあるのだろう。
「どうとっていただいても結構ですよ。もう決めたことです」
清十狼さんが再度口を開こうとするが、思金神がそれを遮った。此奴が信〇の野望計画以外でこうした会議で口を出すこと自体が珍しい。普段、気味の悪い笑みを張りつけながら僕らのやり取りを観察しているだけだし……。
「清十狼。控えなさい。マスターがお決めになったことです」
「し、しかし、思金神の旦那――」
「貴方達がこの戦いに参加できない理由、刈谷、貴方ならわかりますね?」
両腕を組んで固く瞼を閉じていた刈谷さんが思金神の言葉に口を開く。
「へい。そりゃぁ、自分らが弱いからでしょうなぁ」
「その通りです。貴方達は弱い。マスターと私一人がその気になるだけでこのギルドなど簡単に跡形もなく消滅できるほどに。今の貴方達はまだマスターの隣で戦う資格すらありません」
僕の隣で戦うことなどそんな大層なものでは断じてないが、思金神の言葉に偽りはない。僕か思金神なら十数分で《妖精の森》を完全壊滅できる。それほどの差がまだ僕らの間にはある。
「「「「…………」」」」
思金神の言葉にブラドさん達は顔を苦渋に歪める。対して刈谷さんは相変わらず能面のままだ。
「了解しやした。自分たちはこの戦争、後方支援をさせていただきやす」
「刈谷のおっさん!!」
声を張り上げる清十狼さんを一瞥すると刈谷さんは僕に向き直る。それは恐ろしく厳粛した顔だった。
「ただ条件がありやす」
刈谷さんの提示する条件は聞かなくても十分に予想がつく。
「わかってますよ。僕も無駄な殺生は嫌いです。できる限り犠牲は少なくします」
刈谷さんは首を大きく横に振る。椅子から立ち上がり僕に深く頭を下げる。
「いいえ、そんな事ではありやせん。マスター、どうか無事に戻ってきてくだせぇ」
ブラドさん達も刈谷さんに習い頭を下げてくる。
当初刈谷さん達の言葉の意味が理解できなかったが、徐々にその言葉が頭を反芻するにつれ不覚にも目頭が熱くなる。これだ。これこそが僕が彼らを戦闘に参加させない真の理由だ。
今や僕にとって彼らは大切な家族となっている。例え一時的と言え彼らが下種に精神支配されるなど僕には我慢できない。耐えられない。だからこそ僕が全て処理をする。
「僕は死にませんよ」
精一杯、力強く答えると刈谷さん達は瞳に安堵の色を滲ませる。
「お前ら行くぞ!!」
刈谷さんはブラドさん達を促し部屋を退出していく。
そうさ。僕はこんなところで死ぬわけにはいかない。まだ――。
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