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第2章 地球活動編
第43話 学生食堂(2)
しおりを挟む驚いたことにこの料理、かなりの美味さだった。無論、《森の食卓》で出される料理の味には程遠かったが、それでも以前食べた冬月市の三ツ星レストランよりはずっと美味かった。
観察してみてわかった。この1階――《掃きだめの食卓》とやらの料理はあのおばさん一人で作っている。十中八九、この料理を作ったおばさんはスキル持ちだ。
このキャストは狙ってやっているのだろうか。ならば実にセンスがある。
バカ高い2階、3階の学生食堂ではたいしたものが食べられず、真の美食は学生共が普段蔑んでいる者達が食べている。これほどの皮肉はあるまい。
一階食堂は誰にでも開かれている場所だ。奴らの自業自得という奴だろう。
普段碌なものを食べていないはずの新田さんは勿論のこと、嫌っというほど美味なものを食べているはずのセリアさんすらも夢中でスプーンやフォークを動かしていた。
あっという間に皿は空となり、今セルフサービスのお茶を飲んでいる。
「渋谷の《フォーチュンツリー》を知ってますか?」
突然、セリアさんの口から出た《フォーチュンツリー》の言葉に飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。
《フォーチュンツリー》は日本一と称しても過言ではない超お嬢様学校――雪凜女学園の生徒すら知っていた。そこにそれほど意外性はない。
だがそれも女性特有の広範囲にも及ぶ交流関係と情報収集能力の高さが原因なのだ。日本に留学して半年にすぎずまだ日本の友人がほとんどいないと思われるセリアさんの口から出る言葉としては違和感しか覚えない。
特にあくまで冬月市では販売されない庶民向けの衣服。しかも斎藤商事はまだ中小企業。テレビや広告等で大々的に宣伝できるものではない。新たに情報を仕入れるとしたら2ch等のインターネット上。いずれにしてもお高くとまった坊ちゃん、嬢ちゃんが庶民の情報の場に目を通すとは思えない。ましてやセレブ筆頭のセリアさんが2chに目を通すなどあまりイメージがつかない。
「知ってるよ。中学時代の友達が教えてくれたんだ。
複数の種類に変化する可愛い服なんでしょう?」
一昨日聞いた新田さん住居の学区は確か渋谷周辺。ならば渋谷を中心に活動を展開する《フォーチュンツリー》の噂を知っていてもおかしくはない。お嬢様学校に通う沙耶まで知っていたくらいだし。
「そうですわ。あの衣服を作ったデザイナーはまさに天才です。あのレベルの服を作れるのはイギリスに、いえ、世界に数える程しかいないでしょう」
セレブしか存在しないこの学園の中でもトップクラスに目が肥えているはずのセリアさんにここまで言わせるくらいだ。水咲さんのデザイナーとしての腕は相当なものなのだろう。
当初僕はこの水咲さんのデザイナーとしての人間種としては逸脱した腕は天から与えられたスキルによるものとばかり思っていた。
しかしこの手のスキルを持つ者は人間では稀有ではあるが5界にはゴロゴロいる。決して彼らにとって珍しいものではないのだ。
それが僕や思金神が召喚した超越者達をして水咲さんがデザインした衣服やアクセサリーは手にしただけで暫し声を失わせるほどのものだった。
つまりスキルも魔術と同じ。所持するだけではその完全なる力を引き出すことはできない。スキルを最大限発揮するためには長い年月による研磨と何よりも強烈な熱意が必要なのだ。
仮にアリスがレベル6の《終焉剣武Ω》を取得し剣で相対すれば剣技に対する激烈な愛がない僕にはアリスを剣技で破ることはできまい。
まあ僕が特化しているのは【万物創造魔術Ω】。即ち、スキル・魔術を開発し使用すること。そもそも一つを極めるオンリーワンではない。比較自体が無意味ではあろうが。
「今は予約しても手元に着くには数か月先になるみたいだよ」
新田さんの心底残念そうな声で僕の思考は妨げられる。
渋谷の《フォーチュンツリー》については昨日の会議でステラから報告がなされている。
【七色の衣服】の噂はネットを中心に日本中に広まり全国から予約が殺到するという事態にまで発展していたはずだ。
「それでですね。今度の土、日二人とも予定開いていますか?」
「う……うん」
予約しに行こうという誘いだと思ったのか新田さんの顔が僅かに曇る。新田さんは父――新田諸刃が逮捕されてから金銭的余裕がない。購入する余裕などあるはずがないのだ。
だがそれは鈍い僕でも気付くこと。聡いセリアさんが知らぬはずがない。だとすると……。
新田さんがひどく神妙な顔つきで口を開こうとするとセリアさんがそれを遮るように言葉を紡ぐ。
「兄さ、いえ、私の兄が《フォーチュンツリー》の代表取締役と既知の仲らしく今度アルバイトをさせていただけることになりました」
セリアさんの兄? 《フォーチュンツリー》の代表取締役?
思金神の奴、魔術組織の戦略級兵器――レオン・アーチボルドとまで接触しているのか。
そもそも僕は13覇王全てとドンパチやる気などなかった。敵はできる限り少ない方が良い。
それに思金神のことだ。イギリス最大の魔術組織の長であるセリアの父とも接近しているはずだ。
確かに《ソロモン》とパイプができるメリットは大きい。だがそれは同時にこの明神高校での初めての友人を僕らの汚い政治に利用することに等しい。
とは言えこのセリアさんの喜びよう。今更拒否もできまい。それを僕がすれば《ソロモン》との関係が悪化する。
何より彼女は僕や新田さんのために兄に頭を下げたのだと思われる。ならばその行為を無意味にはできない。
全く思金神の奴。どんどんやり方に遠慮がなくなっていく。今度とことんまで話し合う必要があろう。少なくとも今回のように僕の友人を利用することだけは絶対にして欲しくはないから。
「え? え? それって……?」
新田さんが恐る恐るセリアさんに尋ねる。
「ええ、勿論アルバイトの報酬は【七色の衣服】です。それも開発中の新バージョンらしいですわ」
「ほ、本当!!?」
新田さんが席を勢いよく立ち上がる。
彼女とは思えぬ食堂1階へ響き渡るような大きな声に周囲で食べていた学生達の視線が新田さんに集中する。
目立つことが苦手な新田さんは自身に向けられる数多の視線に頬がみるみる紅潮し、ストンと椅子に腰を下ろしてしまう。
「ではスズハもキョウヤも今度の土日、バイトはオッケーですわね?」
「うん!!」
新田さんが勢いよく頷き僕の顔を伺う。
さて参った。僕に必要なのは時間だ。今は《裁きの塔》に籠ってレベルとスキル・魔術の開発を行いたい。僅かな時間も無駄にはできないのだ。
そうはいっても、セリアさんと新田さんは明神高校で初めてできた大切な友人だ。ここで僕が断ればセリアさんの顔に泥を塗る結果にある。それに加えてソロモンとの関係。やはり彼女の誘いを断ることなどできようもない。
「僕も了解だ。ありがとう、セリアさん」
僕は下唇を横に引っ張りニッと笑顔を作る。
「い、いえ……」
セリアさんはなぜか顔を熟れすぎたトマトみたいな色にして俯いてしまう。
そんなセリアさんと僕を相互に見てなぜか新田さんはドヤ顔をしていた。
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