上 下
193 / 273
第2章 地球活動編

第79話 恐怖と後悔 ジャジャ

しおりを挟む
 
 
 観光客として日本の大都市東京を歩き回った結果、レアな能力を持つ一般人が多数認められた。この数は正直言って異常だ。将来この日本を狩りの中心としていくべきだろう。
 とは言え、この日本は13覇王ジャガーノートを擁する倖月家の支配領域。下手に表の者を拉致してその逆鱗に触れれば今のジャジャ達は塵も残さず滅ぼされる。今は力を溜めるしかない。

 レアだらけの家畜の群れの中の下見は今後家畜達の持つ能力が己のものになることを夢想させるものであり、大層心が踊った。

 海底都市に戻ると、敵に目下攻め込まれている最中だった。
 現在、多量のレアの集団を見て若干興奮気味だ。こんな状態のジャジャ達に喧嘩を売った愚か者共は仲良く食料となってもらうことにする。
 海底都市の雑魚共を殲滅しているとジャジャの身体にエムプサ、モルモーの順でその魂が入ってくるのが感触でわかった。どうやらあの能無し共は審議会の奴らに敗北したらしい。
 エムプサとモルモーの魂に含有している魔力とジャジャの有する莫大な魔力から二柱の身体を造り、魂をその身体に入れる。

 家畜共を殲滅しつつ海底都市の50階に到着し、此奴とあったのだ。
 紫がかった上下の衣服に黒色のマント、黒い手袋、黒色の仮面を着用している。
 このコスプレ野郎を視界にいれてエムプサの奴が下唇をペロリと舐める。その快楽に歪んだ顔からも考えている事など容易に予想がつく。エムプサは強者が這いつくばり泣き叫ぶ様が好物の変態野郎だ。地獄界から召喚した魔物共が一撃の下で屠られたことからエムプサにとってこの黒仮面は強者にカテゴライズされたのかもしれない。
 だが、コスプレ野郎がジャジャ達を『雑魚』扱いして逆上したエムプサは黒仮面の部下と思しき顔に傷がある男のワンパンで呆気なく悶絶する。
 エムプサにはジャジャが与えた自然支配系の能力――《闇霊化体》を有する。これが無力化された時点で、あの黒仮面もジャジャと同じく封術・封技のスキルでも有するのだろう。

 その後、モルモーは奴のいかれた本質を覗き見ただけで戦意を完全に喪失し蹲り震える小動物に成り下がる。
 歴戦の勇者であり、普段子憎たらしい程冷静沈着な将軍ジェネラルさえも泡を吹いて気絶してしまう。
 ジャジャの吸血種の本能が小さな警笛を鳴らし始める。その本能のままに己の暴虐の魔力を解放していく。白色の魔力により視界が真夏の炎天下のようにグニャリと歪み、足元の床はドロドロに溶けていく。
 解析の結果、奴のレベルは355。魔術の才能や特殊スキルも持たない事ことが判明している。この戦闘に特化した状態になり、ジャジャに慢心が消失した以上、ジャジャに負けはない。
 その筈だった。少なくともこの瞬間までは――。

《ライト》とかいう黒仮面の男は俯くとジャジャの敗北を宣言する。
 その瞬間、世界はジャジャにとって考え得る残酷な世界へと変容する。
 
 ジャジャの眼前には紅の衣に身を纏った一匹の得体のしれない化け物がいる。実際に変わる場面シーンを見ていたのだ。此奴が《ライト》なのは間違いない。
 だが、どうしても確信が持てない。これは本気になったとかそんなレベルの変貌ではない。組織、細胞、精神等、生物として存在そのものが全くの別ものに変質した。
 同時にジャジャの吸血種としての本能が全力でこの場から逃げろと煩いくらい叫んでいる。此奴には決して勝てないと叫んでいる。こんなことは生まれて初めてだった。

「お前、誰だ?」

 湧き上がる疑問のままに質問を投げかける。
 ミシッと何かが軋む音を認識した直後、ジャジャの身体は上空へあった。続いて生じる後頭部への凄まじい衝撃。一瞬視界が暗転し、身体中を激痛が駆け巡る。
 頭部に生じた気が狂わんばかりの痛みもその数秒後嘘のように消失し、代わりにジャジャの周囲には白色の半円球の膜が生じていた。
 この白色の膜はジャジャが一定のダメージを負うことを条件に発動する自動反撃の効果を有する特殊結界系スキル。この結界内に足を踏み入れた者はジャジャが認める者以外粒子状まで分解される。そんな凶悪スキル。
 《ライト》をこの結界内に誘い込めればそれで勝負はジャジャの勝利で終わる。だから暫く身体を微動だにしていないまま隙を伺っていた。

 先刻の《ライト》の攻撃はジャジャの意識を刈り取るには至らなかった。意識を有する限り、この自動反撃結界は効果を有する。ならばジャジャに負けはない。

(たっくよう。良く考えりゃあ、俺が負けるわけねぇか……)

 そうなのだ。今のジャジャは限りなく不死に近い。仮に心臓を破壊されようと、脳を潰されようと、身体をバラバラにされようと魂がある限り十数秒で蘇る。そんな正真正銘の不死の化身。仮にもたかが人間になど遅れをとるはずなどない。
 どういう魔法を使ったかは不明だが、ジャジャに本来ならば瀕死と言っても過言ではないダメージを与えたのだ。少なくとも一瞬、一瞬の身体能力は《ライト》の方が上。
 だが、だからどうした? いくら強力なパワーを持とうがジャジャにとっては足止め程度の効果しかない。
 ジャジャは左手の掌を床に着け、右手を後方へ振り絞り、とっておきのスキルを発動する。
 《瞬剛》。発動者の筋力と俊敏性を数秒間のみ1.5倍するスキル。1日3回という使用制限があるが、先ほどのライトの動きで凡その強さの目安はついた。このスキルならば確実にライトを屠ることができる。
 ジャジャの両脚と右腕に有りっ丈の力が集まって行く。

「だがよ。お前の力はもうわかった。
 お前に勝ち目などねぇよ!!」

 たまりにたまった力を一気に解放し、ライトとの距離を一足飛びに喰らいつくす。
 妙に周囲の景色がゆっくり流れ、一本の槍と化したジャジャの右拳はライトの頭部を爆砕せんと迫る。
 右拳がライトの鼻先スレスレに到達した途端、ジャジャの視界はいくつもにひび割れ、赤く染まる。そして以降意識はプツンッと途切れた。

 混濁した意識が徐々に戻っていく。
 何者かに心臓を鷲掴みにされたようなそんな気色悪い感覚。心臓を抑えて咳き込みながらもどうにかやり過ごす。
 鉛のように重い体に鞭打ち、頭を持ち上げると紅と漆黒の衣を纏った怪物がジャジャを見下ろしていた。
 仮面越しに覗く、節足動物のような無感情な視線とその右手に握られている透明の真っ赤な刀剣を認識しようやくジャジャは自身の初めての死を本能で理解した。
 元々、《ライト》とジャジャの俊敏性に隔絶した差はないはず。寧ろレベル的にもジャジャの方が上だし、《瞬剛》で筋力と俊敏性が1.5倍まで上昇している。ジャジャより早く動けるはずがないのだ。
 しかも、しかもだ。《瞬剛》は発動者の動体視力を普段の数倍から十数倍まで引き上げる。
 激闘の末ジャジャが《ライト》に殺されるならばまだ話しはわかる。一ミクロンの抵抗も許されず殺されるなどどうして想像できよう。
 現在ジャジャが置かれている状況を認識するにつれ、不安が次第に増長し脈拍が速まるのを感じる。

「お、お前――」

 《ライト》はジャジャの頭部をムンズと掴むと壁、床、天井を高速で移動し、その身体を叩きつける。ジャジャの身体は瞬く間にグシャグシャの肉の塊まで潰され、意識は消失していく。

 再度の死戻り後、やはり、怪物がジャジャを見下ろしていた。
 先ほどの《ライト》の行為はおそらく奴にとって攻撃にすらカテゴライズされてはいまい。ただ、ジャジャの身体を掴んで振り回しただけ。それすら指一本反応できなかった。
 辛うじてジャジャが認識できたことは一切の抵抗すら許されず叩きつけられ身体が崩壊していく感覚とその際に《ライト》の仮面から覗く赤黒色の眼球だけ。

 《ライト》の何の感情が含まれていない目を見てジャジャは魂の底から理解する。自身が既に敗北しているという事実に――。
 
 それからジャジャは《ライト》から逃げようと躍起になった。百を超えるスキルを駆使して《ライト》から逃れるチャンスを伺った。
 ――自動反撃の効果を有する特殊結界系スキルは無効化される。
 ――空間転移系のスキルはその発動がキャンセルされる。
 ――自然支配系のスキルは反対属性の魔術やスキルにより、無効化される。
 ――高速移動系のスキルは《ライト》の途轍もないスピードを超えられない。
 ――目くらましに発動した火、水、風、雷属性のスキルは全て同属性の魔術により相殺される。
 ジャジャの持つ有りっ丈のスキルは発動の度に《ライト》に完膚なきまでに無効化、無意味化される。そしてその度に数えきれないほどの死を味わった。
 ジャジャはようやく骨身にしみて理解したのだ。
 笑ってしまうほどの自身の井の中の蛙っぷりを!
 死という真なる絶望を!
 そして、世には決して敵対してはならない真なる怪物がいるという事実を!!


 ジャジャは今、だだっ広パーティー会場の隅で蹲っている。
 どうせどこに逃げても無駄。もう《ライト》から逃亡する気力はこれっぽっちも残っちゃいない。
 ただ――胸を突き上げてくる気持ちで闇雲に涙が溢れてくる。
 ただ――歯が金物のように五月蠅いくらいガチガチなっている。

 ジャジャは何処で間違えたのだろう? 
 なぜ、自分の思うがままにならないことがあるともっと早く気付かなかったのだろう?
 今ならわかる。ルイズの奴はとっくの昔に気付いていたんだ。力のみを追い求めた先に待つのは破滅だけという当たり前の事実に!! 上には上がいるという当然なる真理に!!
 そしてそれは絶対的強者である《ライト》も多分知っている。
 なぜなら、ジャジャとこれほどの力の差があっても《ライト》に慢心は微塵も感じられないから。ジャジャを殺し尽くさんと紅の刀剣を手に欠片の油断もなく近づいてくるから。
 今更だ……今気づいてももう手遅れ。ジャジャは《怪物ライト》の逆鱗にふれてしまった。命乞いすら逆効果。本能でそれは直感している。

「そこまでです!!」

 ジャジャの視界が遮られる。それは無力なはずの審議会の女の背中。
 《ライト》は審議会の女を一瞥もせずにジャジャに近づくとその心臓に剣を突き立てる。今のジャジャは不死。心臓を潰されたくらいでは仮初の死すらも与えられはしない。もたらせられるものは発狂しそうなほどの激痛。
 ここで無様にのたうち回れたらどれほど幸せだっただろう。
 しかしその気力すら今のジャジャには残されてはいない。《ライト》は感情が何ら籠っていない目でジャジャを見降ろしながら、右手に握る紅の剣を振りかぶる。
 あれが振り下ろされれば再びジャジャの命は断ち切られる。そして、また・・生き地獄が始まる。
 彼奴と視線を合わせるだけで無限に近い井戸へ落ちるような激しい恐怖が襲ってくる。
 もう嫌だ。闘い? 冗談じゃない! 二度と御免だ! 誰でもいい。あの怪物からジャジャを――。
 
 突如、視界が暗転し、温かで柔らかな温もりに包まれる。それが、審議会の女に抱きしめられていると認識するまで暫しの時間を要した。
 まるで母に抱きしめられた幼児のように体中の血液が逆流するほどの恐怖は奇妙な安堵感に置換されていく。
 
 審議会の女は《ライト》からのジャジャの引き渡しを拒み、本戦争の終結を宣言する。
 女の言葉に涙と鼻水で顔を歪めながらも、何度も頷く。
 これが藤原千鶴ふじわらちずるとの初めての情けない出会いだった。

************************************************
お読みいただきありがとうございます。
次は組織編です。楽しんでいただければ嬉しいです!!
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

攻略対象5の俺が攻略対象1の婚約者になってました

BL / 完結 24h.ポイント:1,221pt お気に入り:2,625

ダンマス(異端者)

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:28pt お気に入り:439

王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:26,360pt お気に入り:7,099

【完結】転生後も愛し愛される

恋愛 / 完結 24h.ポイント:740pt お気に入り:859

俺に7人の伴侶が出来るまで

BL / 連載中 24h.ポイント:1,945pt お気に入り:1,007

異世界転生雑学無双譚 〜転生したのにスキルとか貰えなかったのですが〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,172pt お気に入り:33

俺を裏切り大切な人を奪った勇者達に復讐するため、俺は魔王の力を取り戻す

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:5,212pt お気に入り:92

処理中です...