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第2章 地球活動編

第82話 惨めで恰好悪い道 ドルパ

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 結局、《オスクリタ》皇堂にいた軍属の約三分の二が残り、残り三分の一がドルパ、ギネス中佐と共にこの闇帝国ダークエンパイアの首都――《オスクリタ》に住む国民を保護し逃がす任務につくことになった。
 任務の内容は非常にシンプル。国民救助隊の部隊を2つに分ける。ドルパ達が《オスクリタ》の西を、ギネス中佐達が東側の国民の救助を請け負う。
 メインストリートを悠然と進んで来るあの存在自体が反則な巨人はウド達に請け負ってもらうことにする。無論、奴らがあの巨人に勝てるとは微塵も考えちゃいない。奴らは所詮、国民を逃がすまでの囮。
 これは戦争。ならば敵の最も優先すべき目的は闇帝国ダークエンパイア皇帝――ヒーム・ヴァンピールの打倒。加えて敵は教会ではない。ならば無力な国民に手を出す意義などない。十二分に目的を達成できる可能性がある。
 

 ドルパ達救出チームは《オスクリタ》の西側のストリートへ侵入する。
 西側は一般国民の移住区。何時もは市民で溢れているはずのストリートには全身を黒一色で染めた軍服の者達で埋め尽くされていた。
 黒色の軍服共の右袖には大木と妖精のマークが刺繍されている。

此奴こいつらが《妖精の森スピリットフォーレスト》……)

 黒服共から吐き出される薄暗い闇色の魔力に周囲の景色が歪み建物がミシミシと悲鳴を上げている。
 違い過ぎる。あまりに差があり過ぎる。
 ドルパもルイズ様救出のために恥辱に耐え、あの糞皇帝から進化という力を得た。そのドルパでさえ黒服共一人にすら勝てるビジョンが全く描けない。
 ギネス中佐クラスでなければこの化け物共と戦いなど成立しない。

「一つ尋ねる。君は国民の救助に来たのか? それとも我らと戦いに来たのか?」

 幼さが消えない銀髪の少女の目を視界に入れ、ドルパの心は未だ嘗てない程波打った。
 そのドルパの心の奥底を覗き込むかのような瞳の色をしていたからだろうか?
 それともドルパを哀れむようなたっぷりと憐憫を含んだ瞳をしていたからだろうか?
 他者を労わるような暖かさを含んだ瞳がルイズ様にどことなく似ていたからだろうか?
 それはドルパにも判然としないが、この少女の問には決して偽りは述べてはならない。少女は敵なのにどこかそう確信してしまっていた。

「どちらもだ」
 
 ドルパは戦闘狂ではない。こんな化け物集団と戦いたいとは夢にも思わない。
 しかし周囲の住居内には無辜の国民がいるのだ。仮にドルパが逃げれば奴らの攻撃は国民に向くかもしれない。この戦闘だけは逃げるわけにはいかないのだ。
 ドルパはさっきルイズ様に誓ってしまった。最後まで決してあきらめない。一人でも多くの国民を逃がすと誓ってしまった。一秒でも長く此奴こいつらをここに足止めする。それがドルパに残された最後の意地だ。
 
 ドルパの言葉に銀髪の少女は口角を上げる。その隙間から吸血種特有の長い犬歯が覗く。

(っ!!? こいつ等は吸血種……なのか? 
 確かに情報局から上がって来た情報では血の吐息ブラットブレスは消滅し、他の組織に吸収されたとある。
 ……いや、もはや奴らが何者かなどどうでもいい。私は意地を通すのみ――)

 死神が間近に迫っているのに妙に頭はクリアで、この数年で最も気持ちは落ち着ている。 
 右手に持つ魔銃に有りっ丈の魔力を籠める。同時に腰からナイフを引き抜き左手で握り、身を屈める。
 傍に控えていた赤髪の女性が一礼すると銀髪の少女から離れる。周囲の男達も軽く会釈すると銀髪の女性から距離をとる。
 直ぐに、ドルパと銀髪の少女の付近には広い空間ができていた。

「大佐……」

 副官の老将――ザビが当惑と憂愁で満たされた表情で呟く。

「ザビ大尉。君は退いて、残存兵力をまとめて民の避難誘導を頼む。
 私の指揮権を君に移譲する」

「貴方は?」

「決まっている。
 私は此奴こいつらを一柱ひとりでも多く、できる限り長くここに足止めする」

 少しの間、ザビ大尉は顎に手を当てて思考していたが、無言で頷くと右手を上げる。
 流石は普段ザビ大尉が鍛えてきた部隊。阿吽の呼吸で救助部隊は魔銃を構えつつもゆっくりと後退していく。
 よし、どういう訳かザビ大尉達に対する追撃はない。舐めているのだろうが、実に都合が良い。
恥や外聞? はっ!! そんなのは溝に捨ててやる。ドルパの使命を全うするまで!

「リヒト、マスターは私のこの選択を咎めるだろうか?」

 銀髪の少女は振り返らず口を開く。

「いえ、マスターならこう仰るはずです。心と魂が命ずるままに行動しろと」

 赤髪の女性が首を左右に振ってそれに答える。

「そうか――」

 突如、銀髪の少女の全身から尋常ではない漆黒の魔力オーラが濁流のように流れ出す。

(クソッ!! 化け物め!!)

 身体が押し潰される程の夜空から落ちて来る闇色の魔力に膝はしきりに震えて立っている事すら叶わない。

(情けない! さっきの誓いはどうした!?)

 下唇を嚙み切り、惨めに振動する膝に渇を入れ、左手に握るナイフの柄に力を入れる。
 あの銀髪の少女バケモノだけでもドルパには荷が重い。時間稼ぎがせいぜいだろう。でも、一撃で死ななければそれでいい。生き汚く命を繋げばそれでよい。
 時間さえ稼げば、あの知将ザビのことだ。この危機的状況を打破する策を考え、実行に移すはず。
 ほんの一瞬の間、銀髪の少女の姿がぶれ、漆黒の剣がドルパの頭蓋を両断せんと数mmまで迫っていた。

(おわっ!!)

 地面を転がり間一髪で斬撃を逃れるも、拳の形をした闇色の塊に殴打される。
 視界が地面と夜空を何度か往復し壁に背中から叩きつけられる。息ができず、肺に空気を入れようとする。
 背後に強烈な悪寒がする。咄嗟に地面を転がるのとその地面を巨大な黒い塊が叩きつけられるのは同時だった。
 爆風で壮絶に吹き飛ばされ何度も固い石の地面に叩きつけられる。
 
「この程度か? 君は国民を守りたかったのではなかったのか? それでは何も守れないし、何も成し遂げられやしない」

「うる……さい」

 そんな懇切丁寧に言われなくても自身の力のなさなど十分すぎる程理解している。

「勘違いするなよ。未熟な君の力の事を言っているんじゃない」

 力以外に何がある? 銀髪の少女とドルパとの力の差こそ、今倒れている理由だろうが!
 悲鳴を上げる膝に命じてやっとの事で立ち上がるが、銀髪の少女の右拳がドルパの鳩尾深く食い込んでいた。
 刈り取られそうになる意識を無理矢理引き戻す。
 無謀とかそういうレベルではない。蟻が像に決して勝てないのと同じ。絶望が繰り返し嘔吐のように襲ってくる。

「期待はずれだな」

 何とでもいえ。敗北すら知らぬ絶対的強者にドルパの気持ちなどわかってたまるものか!

「……」

 立ち上がろうとしないドルパに大きなため息を吐く銀髪の少女。

「大層なことを口にしていたが、君の信念とはその程度か。どうせ大した信念でもあるまいが……」

「き、貴様、ルイズ様の思いを!!」

「ルイズ様……そうか、君自身のものではないのか。ならば余計、合点がいく。所詮、他者から借りた紛い物などその程度だろう」

 ドルパなどいくら罵られようと構わない。だが、ルイズ様の気持ちだけは絶対に侮辱はさせない。絶対に!

「訂正しろぉ!!」

「君は自分自身で何も考えようとしない。なぜならその方が楽だから」

 銀髪の少女はドルパに構わず話し続ける。ドルパにとって耳を塞ぎたくなる話を。

「黙……れ」

「あの人なら選択は誤らない。あの人なら常に正しい。その先に待つのは君のあるじの破滅だけだよ」

「黙れぇ!!」

 ただ無我夢中にドルパは床を蹴っていた。渾身の力を込めた右拳も乾いた音を立てて止められる。
 再度の空中遊泳。民家の壁に叩きつけられる。
 気が付くと銀髪の少女がドルパの傍まで来ていた。
 ドルパの拒絶の言葉は銀髪の少女に胸倉を掴まれる事により遮られる。

「今の君の選択は間違ってはいない。だが君自身で探した解では断じてない。他者を理由づけにした答えになど価値などないよ。それが自分の気持ちを犠牲にしたものなら尚更だ。もっと素直になりなよ。君が今最もしたい事は何だい?」

「私が今最もしたい事?」

 ドルパが今最もしたいこと? そんなのは決まっている。だが今更そんなこと許されるものか!! 誰よりルイズ様自身がお許しにならない!!
 
「まだうじうじ考えているつもりかい? これだけは断言してやる。君は今岐路にいる。
 道は二つ。一つがここで他者の理想に溺れてかっこよく生涯を終える道。
 もう一つが惨めでかっこ悪いが足掻いて、足掻いて、足掻いて君が最も大切なものを手に入れる道だ」

「……」

 ルイズ様が幽閉されてからずっと誤魔化してきた、いや、考えないようにしてきたことがある。
 そもそもドルパがルイズ様に付き従おうとしたのは別にその理想にあったわけではない。ただあの方の笑顔が見たかった。それだけだった。そんな最低な自分に嫌気がさして善人ぽく振る舞っていただけだ。善人だと信じ込もうとしただけだ。
 そうだ。ドルパが欲したのは――。

「離せ……離せよ!!」

 今の正直な気持ちに気付いた今、もう抑える必要もない。
 急に銀髪の少女が手を離し、ドサッと地面に尻もちをつく。
 ふん! 軍人の本懐? 知ったことか! あの方と会えず滅びる理想など糞くらえだ!! 卑怯者と好きに罵ればいい。仮にそれがルイズ様でも構わない。ただ、この選択だけは後悔だけはしないと断言できる。
 銀髪の少女を振り返らず、足を動かす。向かう先は決まっている。おそらくそこはここ以上に危険な場所。
 即ち――死地。
 構いやしない。今度こそ絶対にやり遂げて見せる!


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