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第2章 地球活動編
第95話 僕が壊れる音
しおりを挟む地下三階の入り口の扉の前まで来た。扉は丁度円状にドロドロに溶解していた。
そして扉に隠れるように薄いが強固な十数枚の結界が張り巡らされていた。
大方、この扉はフェイク。物理的障害など僕ら魔術師にとってはないに等しい。勝負はあくまで魔術的攻防。即ち、魔術的結界をどれほど侵入者に知られずに展開し、自身の有利な状況に持っていくか。その点ではこの結界を張った奴は天才に属する者だ。
もっとも一度結界があると知ってしまえば全く怖くはない。
対応策は簡単。結界はより強固な結界に容易に塗り変えられるという性質を利用する。
どの道、今まで僕は結界についてのスキル・魔術を持たず、思金神に丸投げ状態だった。ここで開発しておくのも悪くない。
まずはこの発動中の結界の把握から。解析を開始する。
第9階梯の結界――【四界】。
結界内の情報収集及び隠密性にのみに特化した結界。
発動者は結界内の隅々まで落ちている髪の毛すらも認識できる。さらに12階梯以下のスキル・魔術による結界内への索敵の防止及び結界内外との通信手段の遮断。【神帝軍化】による情報通信が不能となったのはこの能力によると思われる。
とどのつまりこの【四界】は侵入者の行動を監視し、結界外との連絡を不能にする程度の力しかない。結界は本来、他者の侵入や脱出を不能にしたり、侵入者に一定以上のデメリットがなければ意味はない。その点でこの結界は欠陥品もいいところだ。
この結界を張った奴は多分天才。ならより高度な結界を張ることもできたはずだ。こんな盗撮のような結界を張る理由は?
……まあ考えても始まらないか。時間もない事だし、開発を開始しよう。
【万物創造魔術Ω】を発動し、数多の要素から【四界】を造り出す。
【四界】は9階梯スキル。10階梯以下のスキル・魔術なら、『《虚無》第11階梯以上のスキル・魔術は一度進化に用いられると、その進化したスキル・魔術が完全消滅するまで再現が不可能』という制限は適用されない。要するに10階梯以下のスキル、魔術は解析さえ済ませていれば何ら制限を受ける事なく創造可能ということを意味する。
【四界】と結界系の10階梯のスキル10個を融合進化させ、【絶界】を創造する。さらにそれに【終の黒魔術】、【終の青魔術Ω】、【終の呪術Ω】、【終の降霊術Ω】【終の赤魔術Ω】【終の召喚術Ω】、【お菓子魔術】を融合進化させる。結果できたのは次のスキル。
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【封神領域】
★説明: 発動者の許可なく結界内外の情報伝達が不能となる。結界に一度足を踏み入れた者は発動者の許可なく脱出は不可能。発動者と発動者が指定した者は結界内を瞬時に移動可能。
・《深淵魔道》:発動者は結界内ではノーリスクでレベル1~7までの【終の黒魔術Ω】、【終の青魔術Ω】、【終の呪術Ω】、【終の降霊術Ω】【終の赤魔術Ω】【終の召喚術Ω】、【お菓子魔術】を扱うことが可能。
・《門》:結界内のある場所と発動者が指定する地点との間に《門》を造る。ただし結界外の地点の指定は発動者が訪れて行わなければならない。
★LV1:(0%/100%)
★ランク:虚無
★階梯:11
★進化:現在進化は可能ではありません
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シンプルだが極めて強力な結界だ。発動者の結界内自由移動能力、侵入者の外部との情報遮断能力。さらに結界内に侵入したものへの封印能力もある。階梯による制限が存在しないことから侵入者はこの結界を消失しなければ効果を防ぐことはできない。
《深淵魔道》は単なるおまけだ。【お菓子魔術】は格別、僕の敵となりえる相手にはこの手の基礎魔術はまったく効果などないであろうから。
スキル【封神領域】を発動し、地下三階をすっぽり覆っている【四界】に置き換える。発動者にはばれただろうが、元々それを覚悟で創造している。構いやしない。
次はこの地下三階の位置情報の収集だ。
【四界】のような部屋の隅々まで認識できるような能力はなくなっている。これは【封神領域】が【四界】よりも劣るというよりは単にレベルが低いことにあると思われる。
もっとも、【封神領域】の結界内は自由に移動できることの恩恵として結界内の大まかな構造は認識できるようだ。
僕が今いる入口付近から右側の隅には教室二個分の区画がある。これが『所長室』だろう。
ウルさんからもたらされた情報ではここにマティアさんがいるはずであり、早急に移動すべきだ。
とは言え、ウルさんの『あとは……御自身の目でお確かめください』の言葉が妙に引っかかる。
さらに【封神領域】の移動実験もする必要があるだろう。『所長室』への移動を失敗して敵に捕縛されたのではしまらないから。
入口の左の区画は小部屋の集合体となっていた。その一部屋へ狙いを定めて転移する。
部屋内は薄暗く肌寒い倉庫のような場所だった。
丁度部屋の中心に移動したようだ。どうやら移動も成功らしい。後は『所長室』とやらへ移動するだけ。
白い息を吐き出し、部屋内を一望し移動しようとするが――。
「あ、あれ……」
指先が震え出し、それが全身に波及していく。
ウルさんの言葉や皆の表情から予想はしていた。可能性の一つとして認識はしていた。
でも僕は勘違いしていた。それは予想をすればこの悪夢のような光景に耐えられると思ってしまっていたこと。
だけど耐えられるはずなどなかったんだ。だってこの光景は僕にとっての――だったんだから。
――思考にノイズが混じり始める。
僕の目線の先には台の上に規則正しく並べられた子供達の頭部があった。
おそらく防衛本能だろう。頭に白い霧がかかり正常な思考が遮られるが、逆に視線は子供達の頭部に固定されて外すことができない。
「ぐ……うぅぅぅ……」
絶望的な現実を僕の理性が受け入れるにつれて口から瀕死の獣のような奇声が漏れる。
その頭部だけとなった子供達を映す光景が僕の心と魂を鋭利な刃物で滅多刺しにする。何度も、何度も、何度も――。
心が痛い――僕が壊れていく。
魂が痛い――僕が崩れていく。
次第に思考だけでなく視界にまでノイズが混じる。とっくの昔に息をしなくなった子供達の頭部が全く別の子供達の姿と重なる。
この感覚には覚えがあった。僕の意識が内部から正体不明の何かに食い破れる感覚。
一切の抵抗を許さず、僕の心はゆっくりと回帰していく。
そして僕は思い出す。この世で最も大切な存在と己の為さなければならない使命を!
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