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第2章 地球活動編

第69話 膠着と絶望 藤原千鶴

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 偶然にも《ブライ》と将軍ジェネラルの戦闘スタイルは極めて類似していた。即ち、強靭な肉体のみによる肉弾戦。
 将軍ジェネラルの散弾銃のような拳打が《ブライ》を打殺せんと迫る。その一発、一発による衝撃波だけで壁や床に大きな亀裂が走る。
 その絶大な威力を秘めた拳を軽々と《ブライ》はその両手で弾き、その恐るべき脚力により激烈な蹴りを放つ。大砲のような衝撃音を響かせて将軍ジェネラルに直撃した蹴りは奴の右上腕により呆気なく防がれ、蹈鞴を踏ませる事すら叶わない。
 両者が拳を合わせるたびに空気がビリビリと震え、その威力の絶大さを物語る。

 千鶴ちずるは戦闘のプロではない。勿論、幼い頃から血の滲むような修練は受けてきた。だがそれも命の危険のない温室のような環境でのものに過ぎない。特に千鶴ちずるの両親は女の千鶴ちずるが修行をすること自体に懐疑的であったこともあり、命のやり取りを現に目にしたのは審議会の仕事についてからに過ぎない。
 だから、《ブライ》と将軍ジェネラルの強さを推し量ることなどできようもない。ただ圧倒的に強い。そうとしか判断できはしない。

 《ブライ》と将軍ジェネラルの実力は拮抗している。闇帝国ダークエンパイアの兵隊達も完璧に眼前の戦闘に目が奪われている。チャンスかもしれない。
 この度の千鶴ちずる達の唯一無二の作戦目的はあくまで拉致被害者の保護。闇帝国ダークエンパイアの吸血種の抹殺、捕縛にはない。
 ぶっちゃけた話、拉致被害者さえ無事地上に送り届ければ例え本突入部隊が全滅しようとも千鶴ちずる達の勝利なのだ。
 脇の《第一級魔道特殊急襲部隊――MSAT》達に視線を向ける。彼らはやはり数々の死地をくぐり抜けてきた真の意味での英雄達だ。おそらく《ブライ》と将軍ジェネラルという超越者達の戦闘に一瞬たりとも呆けてなどいなかったのだろう。皆身を屈めて千鶴ちずるの指示をただじっと待っていた。
 予め決めていた作戦は非常にシンプルだ。A班を半分に分ける。
 一方が市民を監視している闇帝国ダークエンパイアの兵隊達に急襲を仕掛け、もう一方がその隙に闇帝国ダークエンパイアの兵隊達と市民との間に割って入る。その後退路を確保しつつも地上へ向かう。
 敵の決め手となる残存戦力が将軍ジェネラルただ一人である以上、《狂王》達のいる48階まで登れば千鶴ちずる達の勝利だ。
 もっともこの作戦は市民の近くにいる吸血種には銃火器を使えないこと意味する。だから、少なからず市民と本作戦に参加するエージェントの命を危険に晒す。だから捜査本部の事前の作戦シミュレーションの場でも反対する意見は多かった。
 しかし、今奴らは二柱の超越者の戦いに目を奪われている。運が良ければ犠牲を零で拉致被害者を保護し得るかもしれない。
 右手の二本の指を下ろした時が作戦決行のとき。

(5……4……3……2……1……ゼロ!!!)

 二本の指がスット降下されると《第一級魔道特殊急襲部隊――MSAT》が市民と若干距離がある吸血種に対し銃撃を開始する。
 凡そ9名の『聖滅銃』による同時射撃により、忽ち吸血種達は一切の反撃をする事も許されず物言わぬ屍に変わる。
 混乱する吸血種の兵隊たちを尻目に千鶴ちずる達は拉致被害者に疾駆し、銃器と同様に青魔術により聖印が刻まれたナイフをその急所へ突き立て、一撃のものと無力化していく。

「君、大丈夫?」

 床に倒れている赤髪をサイドテールにした眉目秀麗な少女に駆け寄り、そっと抱き上げ安否を確認する。外傷らしきものは見当たらない。寧ろ――。

「あ、あんたらは魔術審議会か?」

 彼女の傍で少女を守るようにして座る角刈りの男性が千鶴ちずるに詰め寄る。
 男性の左腕は捻じれ骨が見えている。テーブルクロスを包帯代わりしているが、太ももからも多量の出血が見られる。
 どう控えめに見ても彼女以上に重症だ。寧ろ看病されるべきは本来彼の方だろう。それは重々承知しているのか、少女は奥歯を砕かんばかりに噛みしめていた。

「私は大丈夫。重傷者と子供達を!」

 現在戦闘でこの上なく混乱している。手話では隅々まで伝達するのは不可能だろう。
だから赤髪の少女に無言で頷くと全捜査員に向けて念話を送る。

《全捜査員は拉致被害者を連れてこの場を離脱。
 地上へ向かえ!》

  《第一級魔道特殊急襲部隊――MSAT》のメンバーは戦闘を継続しつつも拉致被害者達を抱きかかえて扉の前へ移動する。意外にも《崩壊王子》も魔術による援護攻撃に参加してくれていた。
 退路を築き、大きなパーティー会場の扉の前に到達する寸前で扉はギギギッとゆっくり開いていく。
 外に待機している《第一級魔道特殊急襲部隊――MSAT》の隊員だろうか。だが彼らは超一流のプロだ。命令違反を犯すような者達では決してない。とすれば――。

将軍ジェネラルぅ、手前、いつまでチンタラやってんだぁ?」

 扉の前には目つきの悪い白髪の少年がいた。歳の頃は千鶴ちずる弟と同じくらいかもしれない。
 部屋を一瞥する白髪の少年の闇色の目を見たとき、恐怖が電光のように体中を突き抜ける。それは死そのものを体現したかのようであったから。
 必死で口まで出かった悲鳴を飲み込み、その頭を冷静に保とうとする。だが、その囁かな抵抗も白髪の少年の右手に握られているものを認識し無駄に終わる。
 そう。白髪の少年の右手には《狂王》の頭部が握られていたのだ。


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