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第2章 地球活動編

第139話 奮戦(2) 毒狼 二節 聖者襲撃編

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 和泉家殲滅部隊――《死泉しせん》隊長――《毒狼》は和泉家当主の命により、部隊員総員に雨女河村への侵攻を開始するよう指示すると、車から降り、街道を疾駆する。

 この村の神楽の巫女には密告の呪いがかけられている。この呪いが巫女の和泉家への反逆の意思を察知し、それを常置している待機部隊の有する宝玉へ伝達するのである。
 この度、神楽の巫女による村民達への扇動行為の事実が宝玉に映しだされる。さらに審議会と倖月家へスパイとして潜入させていた遊馬壬と滝真白の裏切りの事実も蜂瘡姫ほうそうきから報告を受けた。
 この雨女河村は和泉家の力の象徴の一つであると同時に、審議会と五界のルールに抵触する最重要指定地域。仮にこの村で行われている行為が審議会に知られれば日本中が今話題になっている倖月家の不祥事など一瞬で吹き飛ばすほどの大混乱となる。
 無論狡猾な和泉家首脳部のことだ。バレた後の対策も十分に練ってはおろうが、それでも少なくない打撃を受けるのは予想するに容易い。さらに五界、特に天界に知られた場合には確実に天軍がでばってくる。そうなれば和泉家は最悪破滅する。
 故に、和泉家は雨女河村の村役員、神楽の巫女、遊馬壬と滝真白、扇動に参加した全村民の抹殺を指示した。
 作戦遂行における唯一の条件は『謀反を起すと疑われる者すべて抹殺せよ』だ。この作戦の意義は単純明快。この村の秘密の秘匿と、村民達の今後の一切の抵抗を奪うこと。
そして、その狩りには蜂瘡姫ほうそうきの勢力も参加することになるだろう。蜂瘡姫ほうそうきは疑似神格を有する怪物。その序列50位に相当する力は小国さえ亡ぼすことが可能だ。
 この村にあのバケモノがいる以上、既に勝負などついている。だからあとは、楽しい、楽しい、狩りの時間だ。目の前で子供を殺され泣き叫ぶ母親。恋人の女を殺され、憎しみに燃える青年。孫を殺され、項垂れる老人。全て、狩りを楽しむための重要なスパイス。この現代の窮屈な地球で人間狩りなどできるのはこの場所だけだ。これこそが《毒狼》がこの仕事を受ける決定的な理由。獲物の数が限られている以上、欲望を満たせる数は限られている。素早く動かなければならない。

 暫く疾駆しているが、別のルートから侵入している部下達から不自然なくらい念話が届かない。いくら狩りに夢中だとしても定時連絡くらいあってしかるべきだ。試しに和泉家に設置されている作戦本部との連絡をとろうとするが、うんともすんとも言わない。情報遮断の結界か何かか?
 しかしこの村を覆う結界を張ることはこの村の村民達では不可能だ。とすると、神楽の巫女がいっていた『あの人』がやったのか? 
 『あの人』は審議会に潜入していた遊馬壬達が連れて来た存在。なら、審議会のエージェントだろう。とは言え、蜂瘡姫ほうそうきから、村に潜入したエージェントは神具により束縛している旨、報告を受けている。あれは蜂瘡姫ほうそうきクラスでも魔術等を完全に封じ、身体能力を幾分低下させる効果がある神具。それはあり得まい。だとすると、遊馬壬達が持ち込んだ情報遮断の魔術道具マジックアイテムが原因か。

(舐めた真似を!)

 情報伝達手段の阻害は、戦闘の最も基本であり、是非とも防止しなければならない戦闘屋にとっての生命線。その基本を戦闘経験も碌にない若造に潰された。その事実にはらわたの煮え返るような怒りを覚える。
 身の程をわきまえない小僧はただでは済まさない。遊馬壬の前で滝真白の身体を蹂躙した後、少しずつ細切れのブロック状まで解体してやる。
 遊馬壬の絶望に項垂れるみっともない姿を夢想し舌なめずりをしながらも疾走すると、十数メートル先に左右の木々が開けるのが見える。木製の古風な立て札には『雨女河村』とある。どうやら村に到着しようだ。
 部隊員の三分の二に後方で待機するよう命じ、油断なく村に踏み入れる。

 立ち止まり、眉を顰めつつも周囲を見渡す。

(どういうことだ? 奴ら破れかぶれの特攻でもかけてきたか?)

 眼前に広がるのは《毒狼》達を取り囲む百を超える村人達。村人達は皆、様々な煌びやかな装飾がなされた刀剣やナイフを持ち、鎧やローブ、籠手等の武具を装着している。
 ――右手に長剣を持ったエプロン姿の恰幅のよい主婦。
 ――白色の長靴に『魚』の印字がなされた真っ黒のエプロンの上に防弾チョキを着たスキンヘッドの中年の男。
 ――セーラー服の上に鎧を着用した女子高生。
 ――フルメイルに制帽を被る村駐在の警察官。
 ――そして村民の中心に位置する白服の上から黒色のローブを着用した三人の老婆。
 目を見ればわかる。此奴らはいずれも明らかに戦闘などしたこともないど素人。その素人が、大層な武具を装備する様は、できの悪い喜劇をみているようで滑稽極まりない。
 そんな思わず噴き出してしまいそうな村民達は、感情の籠ってない顔で《毒狼》を眺めていた。

「馬鹿が、自分から出てきやがった」

 《毒狼》が嘲笑しつつも銃口を老婆に銃口を向けると、それを契機に《死泉しせん》の他の部隊員達も一斉に村民に対し魔銃の銃口を向ける。
 戦闘のいろはも知らぬ村民など銃口を向けられれば怖気きった顔つきで震えるのが通常の反応だ。しかし誰も表情一つ変えず一斉に掌を《毒狼》達に向けて来る。
 《毒狼》は曲がりなりにもプロだ。この20年近く血肉の踊る戦場の第一線で戦っている。掌を一斉に突き出す老婆達の異様な姿を視界に入れた途端、その傭兵としての本能が全力でヤバイと痛いくらいに自己主張してきた。
 己の身体をレベル3の青魔術――《天者の羽衣》で覆う。同時にレベル3の白魔術――《筋力増幅》、《耐久力増幅》を用い、その筋力に任せて全力で後方へ跳躍し、退避する。
 
超強奪メガプランダー

 直後、半径50メートルはあるかのような数百もの魔法陣が上空に浮かび、それらが次々に落下していく。

(あ、あの魔法陣は超強奪メガプランダーか!?)

 あの魔法陣はレベル4の白魔術――超強奪メガプランダー。レベル4の魔術は戦略級の魔術であり、通常複数の最高位魔術師達の《共鳴魔術》により発動される代物だ。単独でも不可能ではないが、同化者や特別な才能があるもののみに限られ、その数は極めて少ない。あの空に浮かんだ途方もない数の魔法陣から察するに一人、一人が単独でしかも無詠唱で発動させたのだろう。村人一人、一人が超強奪メガプランダーを発動する? 冗談にしてはあまりに悪質すぎる!
 欲望が一瞬で吹き飛び頭が急速に冷却した今、最悪ともいえる事実に気付いてしまった。

(彼奴の剣と鎧、隣の彼奴もだ、あいつも……あいつも! あいつらが身に纏う武具。あれは全部神具か? はは……ざけんじゃねぇ! やってられるかよ!)

 神具を完全装備し、あの規模のレベル4の白魔術を単独で放つなど、もはやレベルがどうこうの問題じゃない。あんな怪物連中と正面衝突するなど、ただの身の程知らずを飛び越えて狂人に近い。
 六十メートル遠方から悠然と歩いてくる村民達は遥か昔に映画館で見たハリウッド映画にでてくる自動機械のようで、頬が自然に引き攣るのがわかる。

「皆の者、わかっておるな?」

 中心の老婆は肩越しに振り返り、大声を張り上げる。

「当たり前や。恭弥様の命令や、殺しはせぇへんでぇ」

 防弾チョッキを着たスキンヘッドの中年の男が右手に持つ二メートルを超す大剣を天に掲げる。

「そうじゃ。一定のダメージを与えれば、恭弥様が奴等を捕縛してくださる。
 儂らがあんな奴らのために手を汚す必要などないのじゃ」

「大婆様、号令を!」

 隣のニット帽を被った黒髪の青年が、静かに隣の老婆に流す。ニット帽の青年の背後にいる茶髪の坊主の青年が身を屈める。
 奴等のその姿に背筋に冷たいものが走り、《毒狼》は後方へ全力で疾走する。
 待機している三分の二の部下達に通り過ぎる際に、この化け物の巣窟からの退却を命じると、仲間など目もくれず全力疾走を開始する。

「開戦じゃ!!」

 老婆の掛け声を合図に、地鳴りのような雄叫びが上がり、地獄の追いかけっこは開始される。

                ◆
                ◆
                ◆


 《死泉しせん》の部隊員達は魔銃やレベル2の黒魔術爆炎エクスプローション雷撃サンダーボルトを放ちながら後退する。

(あの屑野郎ぉ、俺達を見捨てて逃げやがった!)

 副隊長の《毒雀》は悪態を吐き捨て、再度のレベル3の青魔術――《天者の羽衣》を近くの部隊員達に重ね掛けする。

(これも何時までもつか……)

 今、拷問趣味の隊長の《毒狼》が絶好の狩場からいち早く逃亡した理由を身に染みて実感していた。雪崩のごとく押し寄せる化け物のような村民達。奴らはレベル4までの魔術を自由自在に扱い、神具すらも標準装備しているのだ。十二分に脅威には違いない。
 しかし、奴らは所詮素人。攻撃を一切捨てて、防御にのみ集中しさえすれば、どうにか生き残れはする。
 真に障害となるのはこの戦場に住まう三匹の悪魔。
 まずは奴らの盾。

「おわぁあぁぁ!!」「死ねぇ!!」

 悲鳴や掠れた声を上げつつも村民あくま達に向けて魔銃を連射する《死泉しせん》の部隊員達。魔弾の一斉射撃だ。本来なら一介の村民など大穴どころか、肉片まで分解されてしかるべきだ。それが村民達の前に常にふわふわと移動する無数の黒色の板が出現し、魔弾を悉く遮ってしまう。

「かっかっか、まさか、村民に傷一つつけられると考えていまいな? 
 儂の《戴天たいてん》は恭弥様から授かった特別製。その守護力は賜った宝具のなかでもピカ一じゃ。貴様らの貧弱な攻撃などビクともせんわい」

 曲がった腰で、後ろに手を組み、前進してくる老婆。魔銃だけじゃない。レベル3の黒魔術、青魔術すらも、あの黒板に阻まれて分解され塵と消える。
 
 次が鉾。そして今、《毒雀》が防戦一方となっている理由でもあった。
 即ち、空を高速飛空しつつレベル3の黒魔術光弾ライトブリットによる絨毯爆撃をしかけてくる生物ばばあ
 ひひひという薄気味悪い声が光の柱により地面を容赦なく抉る音に紛れて頭上から聞こえてくる。
 《毒雀》でも視認しえるのがやっとの超高速で空を舞い踊り、ピンポイントで《死泉しせん》の腕が、足が、腹部が撃ち抜かれ、そのたびに跡形もなく姿が消失する。
 この尋常ではない光の弾幕だ。おそらく、少しでも《天者の羽衣》を解除すれば、次の瞬間待つのは確実な死のみ。

「あの空飛ぶばばあには構うな! どのみちお前らでは当たらん。
 今は退路を切り開くことに専念しろ」

 《毒雀》の指示もおそらく部隊員達の耳には入ってはいまい。退路に向けて狂ったように銃を乱射し、魔術を放っている。
 そう。退路にはあの怪物のような老婆が立ちふさがっていたのだから。
 退路にたたずむ老婆は雨あられと降り注ぐ魔弾や魔術をすれすれで躱しながらも、無造作に近くの部隊員に近づくと、右拳を放つ。老婆から繰り出された右拳は大気を薙ぎ、部隊員の腹部に突き刺さる。部隊員はダンプカーにでも轢かれたように途轍もない速度でぶっ飛び樹木に叩きつけられる。
老婆が凄まじい速度で地を疾駆し、部隊員の顔面付近に跳躍すると左顔面に右肘が叩き込まれる。鼻がメキュと嫌な音を上げながら陥没し、その直後に真下から顎を蹴り上げられ数メートル上空へ体を持ち上げられる。
 無駄だ。少しでも戦闘センスがあるものなら、あの老婆と自身との絶望的なまでの戦闘技術の差を思い知る。あれは数十年の年月欠かさず、己の拳を研磨したものの動き。いわゆる武の道を究めた達人というやつだ。仮に身体能力で優っていたとしても触れることすら叶うまい。

「ば、化け物が――」

 《毒雀》の近くでみっともなく喚く部隊員が横っ跳びに吹っ飛び樹木に叩きつけられる。
 目と鼻の先にいる老婆の姿を視界に入れ、全身から急速に血の気が引くのを感じる。

「チェックメイトじゃ」

 その老婆の冷たい声とともに顔面に生じた衝撃。視界は一瞬で天と地を見失い、背中に引き裂かれんばかりの激痛が走り、《毒雀》の意識はあっさりと失われた。


                ◆
                ◆
                ◆

 《死泉しせん》隊長、《毒狼》は執拗な村民達の追撃を逃れながらも懸命に地を疾走する。
 先ほどまで死ぬほど苦しかったはずの心臓は最後の自己主張すらやめ、何も感じない。脚も動いているのが不思議なくらいだ。背後から迫る怪物村民から逃れるために機械的に足を浮かしているに過ぎない。
 そしてバス停まで到着した。いやまた・・辿り着いてしまった。
 言い表しようがない絶望に胸をさいなまれ、両膝を地面につく。
 そうだ。これで何度目だろう? 何度となく《毒狼》はこの村から出ようとした。街道から、樹木が織りなす森林地帯から、崖を下り降りたことすらあった。しかし、決まってこのバス停に到着してしまう。
 考えられるのは結界だ。しかも雨女河村全体を覆う、とびっきり強力な結界。
 《毒狼》がこの村から逃げるにはこの結界を張っている『あの人』とやらを打倒しなければならない。少なくとも、『あの人』を発見し、術を解かせなくてはならない。

(できるわけねぇだろっ!)

 地面に右拳をたたきつける。
 和泉家から村人達の強さは聞かされている。事実が多少異なることはよくあることだ。しかし仮に村民が端からこれほどの力を有していれば、蜂瘡姫ほうそうきに勝てぬまでも逃亡は可能だったはず。この村から今まで逃げなかった以上、奴らはつい先刻まで無力な羊にすぎなかった。変えたのは十中八九、『あの人』だ。

(無理だ! 絶対に無理にきまってらぁ!)

 無力な人間を数時間で世界序列の上位にまで引き上げるような怪物に蜂瘡姫ほうそうきごときが勝てる道理がない。和泉家は正真正銘の怪物の逆鱗に触れた。間もなく、この戦争、和泉家の完全敗北で幕は下りる。
 だとすると『あの人』とは誰だ? 世界序列の最上位者なのは間違いない。そして遊馬壬が連れてきた以上、審議会の関係者――《殲滅戦域》だろう。この魔道の摂理そのものを捻じ曲げる非常識さ。序列百番内とかそんな問題ではない。それこそトップクラスの魔術師。
 しかし、トップクラスは例外なく名が売れている。こんな他者にたった数時間で世界序列の上位の力を与えるような非常識な存在なら毒狼が知っていてしかるべきだ。

(ま、まさか噂の13番目の――)

「いたぞ」

 《毒狼》の想像しうる最大の悪夢にぶち当たった直後、若い男の声が背後から聞こえる。
 戦慄が電光のように頭に閃く。振り返りたくはない。振り返った先にあるのは《毒狼》にとっても絶望そのもののはずだから。
 ゆっくり肩越しに振り返り、百を優に超える村民達に取り囲まれている事実を認識し、悲鳴を上げる。
 涙と鼻水を垂れ流しつつも、逃げようとするが限界を超えて酷使した足は《毒狼》の意思に従うことを拒絶する。

「く、来るな……」

 這いつくばりながらも、必死に言葉を紡ぐ。涙で視界は塞がれる。

「くるんじゃねぇ! 化け物共ぉぉ!!」

 《毒狼》の言葉はむなしく、村民達の前進は止まらない。

「哀れ……今まで、好き勝手放題してきた罰じゃ。因果応報ってもんじゃろ」

 その言葉を最後に老婆の姿が消失し、《毒狼》の眼前へと出現する。

「ひっ――」

 悲鳴すら最後まで紡ぐことを許されない。
 鳩尾に生じる激烈な衝撃。周囲の景色がかすみ、自身の体が遙か上空に持ち上げられたと理解した途端、背中に人の気配が生じる。

「これが最後じゃ。この40年間にも及ぶ儂らの恨み辛み、思いしれ!」

 背中に生じる衝撃とともに、《毒狼》は高速で地面に落下していく。
地面が迫る光景を最後に、《毒狼》の精神の糸はぷっつりと切れて、意識は闇の中に落ちていく。



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