上 下
408 / 577
第四章

168『アシードの冒険者たち』

しおりを挟む
「ダマスクさん、こちらの方々は例の隊商の……方々です」

 “ 生き残り ”と言いかけて、アンナリーナはとっさに口を噤んで、同じ呼び方を繰り返した。

「隊商の商人の方、バルトリさんと護衛の冒険者さんたち……」

 アンナリーナが紹介を続ける前にマルセルが大声を上げた。

「サリトナー、ジル、メイル、イアン! おまえらあの依頼を受けていたのか!」

 マルセルの声は驚愕から喜び、そして悲哀へと変わっていく。
 最後は座り込んで顔を覆ってしまった。
 これは、アンナリーナは知らなかったのだが、助けた冒険者たちは皆それぞれのパーティに所属していた。
 それは、通常6人ほどで編成されるパーティが最低4つ、たった一人を残して壊滅してしまった事を意味する。
 乗り合い馬車の護衛をしていたマルセルもジルたちも、同じアシードのギルドに所属していて顔見知りだった。

「助かったのは……おまえらだけか?」

 マルセルの声が震えている。

「ああ」

「なんて事だ……」



 マルセルの様子を見ていたバルトリがダマスクに声をかけた。

「ダマスクさん、私は中央本町バシェスタで店を構える、ヒチェロバー商会のバルトリと申します」

 アンナリーナは知り得ないが、バルトリはアシードでも有数の商家の主人であるらしい。

「ヒチェロバーの……
 会頭が自ら王都に向かうとは、かなり大きな商売だったようですね」

「他の商人の遺体は見つかっていないが……消息は知れない。
 少し間を置いて身代金の請求があるのだろうが、今はなんとも」

 アンナリーナとテオドール以外の男たちがシンとする。
 この間に、店の従業員に言って席を設けてもらい、やっと皆が腰を下ろすことになった。

「これは提案なのだが、あなたたちの馬車を貸し切る事は出来ないだろうか?」

「貸し切りですか……
 乗り合い馬車の運行自体は休止していますが、その形を取るとすれば。
 少し待っていてもらえますか?
 ちょっと聞いてきますので」

 ダマスクとともにワライアが立ち上がる。そして2人揃って急ぎ足で店を出て行った。


 駅では少し揉めたようだが護衛の冒険者の数が決め手となり、無事許可が下りたようだ。
 借り手がヒチェロバー商会だというのも大きかった。
 アンナリーナたちは明日ギルドに行って依頼を受注する事になる。

「出発は3日後の朝一番。
 各自、準備は怠らないでくれ。
 今回もひと月以上の旅になる」



「頭いてぇ」

 翌朝、まずはギルドに向かって歩くアンナリーナとテオドールだが、テオドールがこめかみに手を寄せて呻いている。

「もう、安物のエールは駄目だな。
 二日酔いが酷くてたまらん」

 アンナリーナの出す異世界のビールを飲み始めてから質の良いアルコールに身体が慣れてしまったのだろう。
 昨夜もそれほど深酒をしたわけでもないのに頭痛が酷い。

「そろそろ痛み止めが効いてくるでしょ。ギルドに行ったらシャキッとしてよ?」

 この後ふたりは一度、近辺の森に入ることにしている。
 その目的はもちろん【イノーブタ】だ。

「お昼からはホーロー鍋のお店と串焼きのお店に行きたいから、さっさと狩るよ!」

 アンナリーナは上機嫌だ。

「探索してみたら、何ヶ所かに群れているようだね。
 手前からどんどん狩って行こうか」

 イノーブタは、見た目はブタに近く、剛毛は生えていない。
 牙も小さいが、その体長は猪の2倍近くありその体格でかなり俊敏に動く。
 攻撃力が低いのを群れることで補っているようだ。
 他の魔獣の捕食対象だが、繁殖力が高く、ジワジワと数を増やしていたようだ。

「食べ応えがありそう」

 風下の、木立の陰に隠れて、アンナリーナたちは獲物を狙っていた。
 今回は数頭を血抜きで屠って、あとはテオドールの斧が唸る事になる。

「あんまりぐちゃぐちゃにしないでね~」

 この群れは12頭いて、そのうち5頭はまだ子供と言って差し支えない大きさだ。
 アンナリーナは慎重に選びながら、イノーブタを狩っていった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

異世界のんびり散歩旅

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:2,230pt お気に入り:745

初恋の王女殿下が帰って来たからと、離婚を告げられました。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:42,117pt お気に入り:6,942

転移無双・猫又と歩む冒険者生活

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:92pt お気に入り:169

処理中です...