恋情を乞う

乙人

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圓氏

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 花嫁衣裳に身を包んだエン氏は、人形の様に整った顔をしていた。
 白粉をはたかれ、紅を引いた顔は、死人の様に真っ青だった。
 侍女達はウキウキと浮かれているのに、圓氏だけが沈んでいた。
(此処に来たかったわけじゃない。)
 彼女の顔は、まさに、そう語っていた。

 永寧公主は圓氏を訪ねた。
 礼儀正しい、美しい娘だと思った。だが、旲瑓の言っていた、死んだような女、は本当だったことが分かり、がっくりと肩を落としていた。
(この娘が私の義妹か。もう少し明るく笑えないのか。)
 一言で言うと、目が死んでいた。口は笑っているのに。微笑んでいるのだろうか、それでも、冷たい、ひややかな印象を抱えた。
「新しい場所に来て、心配でしょう。慣れるまでは、ゆったりと過ごしてほしいと思っております。」
 永寧公主は圓氏を労った。
「有難う御座います。」
 必要以上に言葉を口にしない娘だ。印象はあまり良くなかったが、此処で生きていく身なら、返って良いのかもしれない。
 自分のたった一つの失言で、人生までを狂わせてしまう。そんな身分の娘だ。
 全ての言動には裏があり、そのままの意味でとってしまってはならないものもある。窮屈な身分だと永寧公主はずっと思っていた。

「さっき、圓氏を見て来たけれど、死にそうな顔してたわよ。」
「やはり。私も先程行ったのだが、会う気も失せたよ。政略結婚とは言え、少しは歓迎されると思ってた。」
 旲瑓は長椅子に寝転がって愚痴を零していた。
「二人目の妃は自由に選んでいいのでしょう?」
「あぁ…………。だが、下手な者を選ぶと、政治がどうやらこうやらで、面倒臭いんだ。」
 圓氏を迎えたのも、政治的な部分が大きかった。
「だったら、下界で見つければ良いのじゃない?一番無難だと思うわ。」

 その夜、永寧公主は面白くも、何だか嫌な夢を見た。
 旲瑓の隣に、紅い衣を召した、碧眼の女が居た。黒玉の髪は三本の金の簪が挿されていた。『榮貴妃』と呼ばれるその女は、どこか永寧公主に似ていた。
 同時に、圓氏も出てきた。『賢妃』と呼ばれた圓氏は、やはり今と同じ死人の顔をしていた。一番最初のお妃様は、後から来た『榮貴妃』に負けてしまったようである。
 その榮貴妃には、娘が一人いるようだ。名を、霛塋レイエイ公主と呼ばれていた。紅い目や、少し茶色がかった髪は、旲瑓によく似ていた。
 嗚呼、これが未来なのだろうか。永寧公主はそう思った。
 しかし、その夢には、永寧公主は出てこなかった。何故なのか………

 圓氏は外をぼんやりと眺めながら茶を飲んでいた。

牀前看月光

凝是地上霜

挙頭望山月

低頭思故郷

 毎日故郷を思い出しては泣いていた。何が好きでこうなったのか、父を恨んでいた。
 圓氏の隣には、大商人が住んでいた。圓氏はそこの息子の幼馴染だった。
 いつの間にやら友情は恋情に変化し、少年が恋しくなった。
 互いに金持ちとはいえ、少年とはあまりにも身分に開きがあった。
 二人で駆け落ちしようと家を出たが、すぐに連れ戻され、少年は切り捨てられた。
『何をするのよ、爸爸!』
 泣きじゃくりながらそう言うと、父は笑った。
『お前は妃になるのに、恋に現を抜かすのは、莫迦らしいだろう?』
 冷酷な人だった。人と呼んではいけないのかもしれない。

 あの日から、巷で噂が流れた。
 白い幽霊が毎日、夜に現れると。
『何処にいるの?』
 毎夜毎夜、こっそりと屋敷を抜け出し、少年が斬り殺されたあたりを徘徊していた。もしかしたら、ゆうれいになった彼に逢えるのでは、と。
 しかし、現れることはなかった。
 そのまま圓氏は入内した。彼を弔いたかった圓氏は、常に白い衣裳を着ていた。
 記憶の奥底に眠っていた、憤りをまた思い出した。こんな所にいたいわけではない、少年の斬り殺された、往来に行きたいのだ。
 圓氏は宮の上で、独り、月を眺めていた。
 冷たい冷たい、光が差した。
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