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余韻
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助けて、助けて、誰か、助けて。
まだ、死にたくないの。無駄な人生を、無駄な人生のままで終わらせたくないのよ。
温かい物が、頬を伝った。
日が差して、帳に影を作った。
それと同時に、現実に引き戻される。何の娯楽もない、心休まることもない、そんな、現実に。
永寧は泣いた。
随分と涙脆くなってしまった。歳なのだろうか。この離宮に来て、ただ、あれから三年も経ってしまったのかと懐かしく思った。
(可愛かったなぁ。)
誰か、と言えば、言わずもがな、我が君旲瑓。あの子が成人した日を思い出した。
旲瑓は十五で成人した。まだ幼く、可愛らしさが残っていた。
前にこの離宮に来たのは、三年前。旲瑓が成人した日だった。
(丁度、この部屋だったかな?)
余韻に浸りたくて、ごろんと寝台に寝転がった。
(大変だったわ。)
この国の男御子は、十五に成人する。そして、盛大に加冠の儀を行い、そして、その夜に、もう一つ、儀式的な物を行う。
倭国の宗室でも行われているらしい、添い臥しと呼ばれる。
そして、その相手は、宗室女性から選ばれる。条件はただ一つ、その男御子より歳上だということ。殆どの場合、未亡人となった大長公主や長公主、郡主が主で、ごくたまに行き遅れが選ばれる。
そのとき、選ばれたのは永寧大長公主だった。
旲瑓は顔を真っ赤に染めて恥ずかしがっていた。今ではそれを可愛いと思う。
(初心だからねぇ。)
今では遠く昔の様だ。
ガタン。
戸が開いた。
「誰だ!!」
剣を抜いて、構えた。
「ま、待てよ!」
生き残った右腕で、剣を振り下ろそうとした。だが、其処に居るのは刺客ではなかった。
「あらまぁ。旲瑓。」
ほほほ、と笑い、誤魔化し、剣を鞘にしまった。
「如何したの?」
旲瑓は永寧の寝台に腰をかけ、向かい合った。
「この離宮は、久し振りだね。」
ただ、そう、話し始めた。
「そうね。」
「左半身は大丈夫なのかい。先も右腕で構えていたし。」
「さぁね………。此処に来てから、随分と動いていないから、腕も鈍ってしまったわ。鞘から剣を抜く速さも遅くなった。斬り殺されてもおかしくないわね、これじゃあ。」
苦笑している永寧大長公主。笑える話じゃないのだが。
永寧大長公主は苦労人だ。旲瑓は思う。
でなければ、生まれながらにして身を偽り、十になる前から、それを背負い続けた。
龗珞燁。これが、永寧大長公主の諱だ。だが、それを口に出来る者は限られている。それだけ高貴な御仁なのだ。だが、それは、太后とその周りによって汚された。最も悪しきことなのに。
この国の公主や郡主は憐れな人生を送っている者が多いが、群を抜いて永寧大長公主が不幸体質だ。
「珞燁。」
何となく、そう呼んだ。
「………どうかしたの?」
この名を呼んでも良いのは、本来、兄である妟纛や母の淑妃、旲瑓だろうと思う。だが、汚された名を好き好んで永寧大長公主は使わない。
旲瑓は特別だ。だから、そう、呼んでみた。それを、永寧大長公主はなんと思うか。
夜も更けて、空には月が浮かんでいる。
「月が綺麗ね。」
永寧大長公主が杯を片手に、優雅に言った。
千年先の、とある国では、異国の言葉を、そう訳した。この国の言葉では、我爱你。
何故そんな回りくどいことを言ったのかは、理解出来た。窮屈な身分だからだ。好いた人を好きと言えない、そんな、身分だからだ。
「本当に、そうだね…………」
余韻を残す様に、呟いた。
「月が欲しい。」
永寧大長公主は言った。
旲瑓は杯の酒の水面に、月を映した。陰りのある、月だった。それを、永寧大長公主は美しいと言った。
渡された杯に、永寧大長公主は口をつける。それを飲み干して、顔を上げた永寧大長公主は、ほんのり酒に酔って、顔を赤く染めていた。それが、あまりにも色っぽく、ドキリとしてしまった。
「終夜、愛すのは、誰ぞ。」
「貴方を殺してしまいたいわ、旲瑓。」
艶のある唇から発せられたのは、堂々とした殺人予告だったが、それは別の意味を含んでいて、いっそう愛しくなる。
「私もだよ、珞燁小姐。」
昔に戻った様な、束の間の幸せを味わった。
まだ、死にたくないの。無駄な人生を、無駄な人生のままで終わらせたくないのよ。
温かい物が、頬を伝った。
日が差して、帳に影を作った。
それと同時に、現実に引き戻される。何の娯楽もない、心休まることもない、そんな、現実に。
永寧は泣いた。
随分と涙脆くなってしまった。歳なのだろうか。この離宮に来て、ただ、あれから三年も経ってしまったのかと懐かしく思った。
(可愛かったなぁ。)
誰か、と言えば、言わずもがな、我が君旲瑓。あの子が成人した日を思い出した。
旲瑓は十五で成人した。まだ幼く、可愛らしさが残っていた。
前にこの離宮に来たのは、三年前。旲瑓が成人した日だった。
(丁度、この部屋だったかな?)
余韻に浸りたくて、ごろんと寝台に寝転がった。
(大変だったわ。)
この国の男御子は、十五に成人する。そして、盛大に加冠の儀を行い、そして、その夜に、もう一つ、儀式的な物を行う。
倭国の宗室でも行われているらしい、添い臥しと呼ばれる。
そして、その相手は、宗室女性から選ばれる。条件はただ一つ、その男御子より歳上だということ。殆どの場合、未亡人となった大長公主や長公主、郡主が主で、ごくたまに行き遅れが選ばれる。
そのとき、選ばれたのは永寧大長公主だった。
旲瑓は顔を真っ赤に染めて恥ずかしがっていた。今ではそれを可愛いと思う。
(初心だからねぇ。)
今では遠く昔の様だ。
ガタン。
戸が開いた。
「誰だ!!」
剣を抜いて、構えた。
「ま、待てよ!」
生き残った右腕で、剣を振り下ろそうとした。だが、其処に居るのは刺客ではなかった。
「あらまぁ。旲瑓。」
ほほほ、と笑い、誤魔化し、剣を鞘にしまった。
「如何したの?」
旲瑓は永寧の寝台に腰をかけ、向かい合った。
「この離宮は、久し振りだね。」
ただ、そう、話し始めた。
「そうね。」
「左半身は大丈夫なのかい。先も右腕で構えていたし。」
「さぁね………。此処に来てから、随分と動いていないから、腕も鈍ってしまったわ。鞘から剣を抜く速さも遅くなった。斬り殺されてもおかしくないわね、これじゃあ。」
苦笑している永寧大長公主。笑える話じゃないのだが。
永寧大長公主は苦労人だ。旲瑓は思う。
でなければ、生まれながらにして身を偽り、十になる前から、それを背負い続けた。
龗珞燁。これが、永寧大長公主の諱だ。だが、それを口に出来る者は限られている。それだけ高貴な御仁なのだ。だが、それは、太后とその周りによって汚された。最も悪しきことなのに。
この国の公主や郡主は憐れな人生を送っている者が多いが、群を抜いて永寧大長公主が不幸体質だ。
「珞燁。」
何となく、そう呼んだ。
「………どうかしたの?」
この名を呼んでも良いのは、本来、兄である妟纛や母の淑妃、旲瑓だろうと思う。だが、汚された名を好き好んで永寧大長公主は使わない。
旲瑓は特別だ。だから、そう、呼んでみた。それを、永寧大長公主はなんと思うか。
夜も更けて、空には月が浮かんでいる。
「月が綺麗ね。」
永寧大長公主が杯を片手に、優雅に言った。
千年先の、とある国では、異国の言葉を、そう訳した。この国の言葉では、我爱你。
何故そんな回りくどいことを言ったのかは、理解出来た。窮屈な身分だからだ。好いた人を好きと言えない、そんな、身分だからだ。
「本当に、そうだね…………」
余韻を残す様に、呟いた。
「月が欲しい。」
永寧大長公主は言った。
旲瑓は杯の酒の水面に、月を映した。陰りのある、月だった。それを、永寧大長公主は美しいと言った。
渡された杯に、永寧大長公主は口をつける。それを飲み干して、顔を上げた永寧大長公主は、ほんのり酒に酔って、顔を赤く染めていた。それが、あまりにも色っぽく、ドキリとしてしまった。
「終夜、愛すのは、誰ぞ。」
「貴方を殺してしまいたいわ、旲瑓。」
艶のある唇から発せられたのは、堂々とした殺人予告だったが、それは別の意味を含んでいて、いっそう愛しくなる。
「私もだよ、珞燁小姐。」
昔に戻った様な、束の間の幸せを味わった。
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